号外速報(1月11日 17:40)
2022年1月号 DEEP [号外速報]
カザフスタン最大の都市、アルマトイでの暴動鎮圧の光景を、住民がビルの屋上から隠れてスマホで撮影。カザフスタン軍のものと思われる自動小銃の絶え間ない銃撃音に混じって、時折、爆発音が聞こえ、閃光が見える。撮影者の横で、赤ん坊が泣いている。(2022年1月6日 @MongolianAlanのツイッターより)
年明け早々、中央アジア・カザフスタンで反政府デモが広がり騒乱に発展した。
大統領カシムジョマルト・トカエフはロシアが主体となる軍事同盟組織CSTO(集団安全保障条約機構)に支援を求め、デモ隊を「外国で訓練されたテロ集団」と断じて鎮圧した。政府発表では、死者は164人、拘束者は5千人を超える。
騒乱の背景では、カザフスタン国内の権力闘争と、旧ソ連諸国の再支配を狙うロシアの思惑がうごめいている。
今回の騒乱に関連してある動画がネット上で注目されている。
2021年12月、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンがソ連崩壊から30年の節目にかつてソ連構成国だった各国の首脳らを集めてロシアで開いた会議での場面が映し出されている。
会場を離れるプーチンはソ連末期から2019年まで約30年にわたりカザフスタン元首として君臨した81歳の「国父」ヌルスルタン・ナザルバエフではなく、その後継大統領であるトカエフと車に乗り込んだ。両者はこのころから通じていたのではないか。そんな憶測を呼ぶほど、プーチンはトカエフに素早く連携した。
きっかけは燃料価格の大幅引き上げに反発した西部の都市の抗議運動だった。最大都市アルマトイなど各地に飛び火し、長期強権支配や汚職に対する反政府デモのうねりとなった。トカエフは非常事態を宣言し、国家安全保障会議の議長として権力を保持していたナザルバエフを解任して自らが議長に就任。1月5日夜にはロシア軍主導のCSTOに介入を要請し、すぐに部隊派遣が発表された。カザフスタンに展開した2500人規模の特殊部隊が政府機関やインフラ施設の警護にあたっているという。
ロシアとカザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、タジキスタン、キルギスの旧ソ連6カ国で構成するCSTOが部隊を加盟国に投入したのは1999年の創設以来、初めてのことだ。2010年に政変が起きたキルギスや、2020年にアゼルバイジャンと軍事衝突したアルメニアもCSTOに支援を求めたことがあるが、プーチンはいずれも承認しておらず、今回の対応は異例だった。
トカエフが主権を損ないかねない外国軍の介入を早い段階で求めたのは自国の治安機関を信用していなかったからとの見方がある。
2019年にナザルバエフはトカエフに権力を移譲したものの、政治の中枢はナザルバエフ一族による支配が続いていた。トカエフは5日にナザルバエフの側近だった国家保安委員会委員長カリム・マシモフやナザルバエフの甥の副委員長を解任し、その後にカリモフを国家反逆罪で拘束している。権力争いが絡んでいること間違いないだろう。
当局は断続的にインターネットを切断するなど情報統制を敷いているが、アルマトイのデモ参加者らがソーシャルメディアにデモの様子を書き込んでいる。平和的だったデモに過激な勢力が乱入して商店略奪や放火などの暴動に走り、騒乱に発展したとの証言が目立つ。アルマトイは「ナザルバエフの街」と呼ばれるほど、一族が政治経済の活動を牛耳っているとされ、トカエフに圧力を掛けるために過激な一団が動員されたとの憶測が飛び交っている。
トカエフはナザルバエフ一族を抑えるために、プーチンの後ろ盾を取り付け、権力を取り戻そうとした。そんな見方が有力になっている。CSTOの介入後にトカエフは治安部隊に「無警告発砲」を許可するなど強権を発動、1月7日の国民に向けた演説でトカエフはまずプーチンに「特別な感謝」を表明している。
ナザルバエフは事件後に公に姿を見せておらず、出国したとの説や重病説も流れている。
プーチンの介入にはカザフスタンの安定重視以上の思惑がある。
ロシアと7500キロにおよぶ国境を接するカザフスタンは、資源豊富でロシア系が人口の二割近くを占めており、プーチンは同国を中央アジア諸国のなかでも要衝と位置付けている。
政権に近い国際政治学者ヒョードル・ルキアノフは1月6日に発表した論文で、ロシア軍の存在が権力者を保証し、カザフスタンの今後の権力闘争の行方にかかわらず、ロシアの影響力行使に有利な状況になったと、部隊派遣を評価した。カザフスタンのようにロシアにとって利害の大きい国にはロシア軍駐留を検討すべきだとも主張している。
外交筋によると、プーチン政権は部隊派遣の決定について中国にも事前に知らせなかった。一帯一路構想により中央アジアで存在感を増す中国に対して、ロシアは迅速なカザフスタンへの軍の展開により安全保障面での優位性を見せつけたわけだ。
プーチンは1月10日にCSTOのオンライン首脳会議を開き、カザフスタンの騒乱には外国勢力による干渉があったなどと強調したうえで、CSTOの結束を誇示した。
ロシア政府に近い関係者はカザフスタン情勢の今後について「ベラルーシと重ねてみるべきだ」と解説する。
ベラルーシ大統領アレクサンドル・ルカシェンコは、2020年の大統領選での不正に抗議の声をあげた市民を徹底的に弾圧し、欧米から制裁を受けた。それまではヨーロッパとロシアを天秤にかける外交で、ロシアの支援を引き出しつつ独裁体制を敷いてきたが、プーチンの庇護に依存せざるを得ない状況になった。ロシアとの政治的な統合やロシア軍駐留を含む軍事協力の要求に抗しきれなくなっている。
ナザルバエフ体制下でカザフスタンもこれまでは資源輸出をテコに多方面外交を展開し、ロシアとの均衡を図り、独立性を確保してきた。特に中国との間で石油パイプラインを開通させ、アメリカやヨーロッパからも投資を集めた。権力を固めるためにプーチンにすがったトカエフもルカシェンコと同様にロシア追随を迫られ、外交の自由度は狭まる可能性がある。
プーチンは2014年、こんなことを語っている。
「カザフ人は歴史的に独立した国家の地位を築いたことはなかった。ナザルバエフが作り上げたのだ」--。ナザルバエフがいなくなればロシアの配下に戻るということだろうか。
ソ連崩壊後に独立した諸国へのプーチンのこうした考え方は一貫している。
ロシアから離れてヨーロッパへの統合を目指すウクライナについては「ロシアと同じ民」「ロシアとのパートナーシップによってのみ主権を実現できる」などと主張する。
プーチンは現在、10万人規模の軍部隊をウクライナとの国境付近に集結させており、大規模な侵攻に踏み切る構えさえ見せている。
ベラルーシ、カザフスタン、そして次はウクライナか。旧ソ連圏の再支配を目論むプーチンの野望に拍車が掛かっている。