三耕探究⑥ 日本の危機!脱炭素より脱「無責任の体系」/参議院議員/大塚耕平

利害関係者の竦み合い、物事が遅々として進まない日本社会の体質こそが、カーボンニュートラル実現の最大の障害

2022年1月号 BUSINESS [三耕探究⑥]
by 大塚耕平(参議院議員)

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COP26で演説する岸田文雄首相

グラスゴーで開催されたCOP26は、報告書の中で石炭火力に関する表現が「段階的廃止」から「段階的削減」に修正され、物議を醸した。カーボンニュートラル(以下CN)は「言うは易し、行うは難し」である。

COP26直前に閣議決定された第6次エネルギー基本計画(以下6次エネ基)も「書くは易し、行うは難し」――。2030年に2013年比46%のCO2削減を目指し、再生可能エネルギー(以下再エネ)比率の目標を36~38%と従来比10%ポイント以上引き上げた。原子力の目標は20~22%に据え置いたが、達成には原発全36基(建設中3基を含む)のうち約30基の稼働が必要だ。

「コストが高くても再エネに移行する」決意で臨むのも一案だが、企業や家計の負担増には反対論が出るだろう。

日本のCO2排出量(2018年)は、電力部門4.5億t、非電力部門6.1億t、合計10.6億t。電力部門のエネルギー構成は、天然ガス37.1%、石炭31.9%、石油等6.8%、原子力6.2%、再エネ18%。非電力部門の内訳は、産業3.0億t、運輸2.0億t、民生1.1億t。各分野の努力が必要だ。以下、日本のCN対応の現状と課題を俯瞰する。

EUが提唱する「LCAの呪縛」

非電力部門の焦点はEV(電気自動車)及び水素等によるFCV(燃料電池車)である。

EV価格の半分を占めるのはバッテリーだ。2011年創業のCATL(寧徳時代新能源科技)は14年から出荷を始め、17年にパナソニックを抜いて世界最大のバッテリーメーカーになった。わずか3年である。

リチウムイオン電池の性能(発電量、航続距離等)向上は限界に近付いており、次世代電池として期待されているのが全固体電池だ。 全固体電池実用化は、トヨタが2020年代前半、VWは2025年、日産は28年を目標として掲げている。ところが21年1月、今や中国のテスラと言われるNIO(上海蔚来汽車)が22年中の全固体電池EV発売を発表。各国自動車メーカーに激震が走った。

NIOと並んで注目すべき米国QS(クアンタムスケープ)。2010年創業のスタンフォード大学スピンアウト(研究者、学生が創業)企業であり、全固体電池開発の最先端を走る。製品化したものはほとんどないにもかかわらず、時価総額は80億ドル超に達している。

日本はCATLのみならず、NIOやQSの後塵を拝している。FCVについても政府の2020年普及目標4万台に対し、実績は3800台。計画通りに進んでいない。

しかも、EVのバッテリーやFCVの水素を製造する過程でのCO2排出量も勘案するLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)という概念をEUが提唱。電力部門の化石燃料比率の高い日本や中国のバッテリー、PHV、EV、FCV等を念頭に置いた対抗戦略だ。

LCAの観点からは電力部門のCNが鍵になるため、昨秋、政府は対策の軸足を非電力部門から電力部門に移した。

電力部門のCN効果は大きく、水素発電所1基(出力100万kW)が実現すればFCV400万台分のCO2削減に相当するからだ。

問題は原料水素の確保である。水素は製造方法によって3分類される。製油所等でCO2を排出しつつ副次的に発生する水素はグレー水素、そのCO2を回収・貯留する場合はブルー水素と呼ばれる。

CO2を排出せずに製造すればグリーン水素だ。太陽光や風力等の再エネ、あるいは原子力を使い、水の電気分解によって水素を製造する。グリーン水素製造に際しては、再エネや原子力のコスト問題に直面する。水素を輸入する場合には、輸送コスト及び製造国電力源のCO2排出量が問題となる。

水素と並んで注目されているアンモニアは燃焼時にCO2を排出しないカーボンフリーの物質だ。石炭火力のボイラーにアンモニアを混ぜて燃焼させる「混焼」、アンモニアだけで燃焼させる「専焼」が研究されているが、アンモニアも3分類される。アンモニア燃焼の際にはCO2を排出しないものの、アンモニア製造の過程でCO2を排出すれば意味がない。「LCAの呪縛」である。

グリーン水素、グリーンアンモニアの確保がCN実現の鍵を握る。

主戦場の洋上風力で「20年遅れ」

日本は「20年遅れ」の洋上風力発電

日本における再エネの主力は太陽光と風力だ。しかし、国土が狭く森林率の高い日本では太陽光に限界がある。面積当たりの普及率は既に世界一であり、設置場所の確保が課題だ。風力は世界に大きく遅れた。2017年までの世界全体の風力累積導入量は539GW。うち中国188GW(34.9%)、米国89 GW(16.5%)、ドイツ56 GW(10.4%)。この間、日本は僅か3.4GW(0.6%)。著しく遅れている。

今後の主戦場は洋上風力だ。この分野では日本はさらに遅れをとり、関係者に聞くと「20年遅れ」という衝撃的状況である。洋上風力の2020年までの累積導入量は世界全体で35 GW。2010年時点では2.9GWであったことから、10年間で10倍以上の増加だ。

世界18カ国で導入され、英10.4GW、中国10GWに欧州勢が続く。欧州勢シェアは70%に達する。欧州各国は2000年頃から洋上風力導入に着手。EUは2050年までに最大450GW、欧州電力需要の約30%を洋上風力で賄うことを計画している。

洋上風力には着床式と浮体式があり、欧州では浮体式が主力となりつつある。浮体式のメリットは風況の良い沖合海域を利用できることだ。平均風速が15%速いと発電量が50%以上増加する。日本は2040年までに原発45基分相当の洋上風力実現を目指している。日本のEEZ(排他的経済水域)面積は世界6位。日本は四方を海に囲まれ、海外からは洋上風力有望市場と見られている。

「20年遅れ」の洋上風力がCNの救世主となるか。成否は浮体式にかかっている。

原子力が利用できればCNにも寄与する。しかし、福島事故を経験した日本では容易ではない。福島事故の教訓から、安全性の高い小型モジュール原子炉SMR(Small Modular Reactors)の開発競争が加速している。小型化が求められる背景は、電源喪失等で冷却機能が失われてもメルトダウンを起こさない構造設計への期待である。モジュールをプール内に設置することで、冷却機能喪失時にもプール水で自然冷却される。

米国は2018年4月、オレゴン州立大学内に研究原型炉を有するNuScale社のSMR開発支援を発表。早ければ2026年にも稼働する。米国ではテラパワーなど10社以上がSMR開発に参入している。

英国、ロシア、中国等で開発が先行しているが、日本も日揮、IHIがNuScale社に出資しているほか、日立、東芝、三菱重工等がSMR開発に取り組んでいる。SMRの安全性、経済性、多目的性等々には異論もある。それでも各国が開発に傾注する理由は、CN実現が容易でないという認識(本音)に起因する。2030年まであと8年。SMRは日本の2030年目標達成対策としては間に合わない。

温暖化対策は、被害を抑制する「適応策(防災、品種改良等)」、影響軽減を目指す「緩和策(CO2排出量削減)」に分かれる。COPで議論しているのは「緩和策」である。CO2増加は気候システムが激変を始める臨界点(TP=Tipping Point)を超えたという指摘もあり、「適応策」「緩和策」では対処仕切れないだろう。また、「適応策」「緩和策」はコスト面で頓挫する可能性もある。

そこで関心が高まっているのが第3の対策「ジオエンジニアリング(気候工学)」。地球環境を人工的に操作するテクノロジーだ。「ジオエンジニアリング」という概念が登場したのは1977年だが、研究本格化の契機は蘭ノーベル賞科学者パウル・クルッツェン博士による2006年の提言だ。

1991年にフィリピンのピナツボ火山が大噴火し、成層圏に大量の硫黄物質が拡散。それがエアロゾル粒子となって太陽光を反射し、8カ月後に地球の平均気温が 0.5度低下した。博士はこの事象から着想し、人工的にエアロゾル粒子を大気中に拡散して地球を冷やす構想を提言。この手法は「ピナツボ・オプション」と呼ばれるようになった。

それに類する諸手法は「太陽放射管理SRM(Solar Radiation Management)」と総称される。もっともSRMではCO2濃度は下がらず、温暖化以前の地球の状態を復元できるわけではない。SRMを止めると再び温室効果が顕れる。そこで、CO2を大気から直接回収する方法が二酸化炭素除去CDR(Carbon Dioxide Removal)である。そしてCDRのひとつであるCO2直接空気回収DAC(Direct Air Capture)に欧米企業がチャレンジし始めている。

その筆頭がスイスのクライムワークス(CW)だ。2017年、CWはチューリヒ近郊に世界初のDACプラントを稼働させた。さらに21年9月、CO2を地中貯留する世界最大のDACプラント「オルカ」をアイスランドで稼働。年間4千tのCO2を抽出、貯留する。一連のプロセスには近郊のヘリシェイディ地熱発電所の廃熱を利用している。「カーボンネガティブ」「ネガティブエミッション」であるCDRは主要産業のひとつに発展する可能性があり、普及すれば多くの雇用を生み出す。

CWに続き、複数の欧米企業がCDR分野に参入。シリコンバレー最大のスタートアップ・インキュベーターも投資し始めた。ESG投資の観点からは絶好の投資対象だ。「ジオエンジニアリング」で日本が世界をリードできれば、自らのCN実現と産業発展に寄与する。EVや洋上風力の轍を踏んで、また世界に遅れをとってはならない。

「6次エネ基」5つの課題とリスク

そもそも日本では、温暖化対策や6次エネ基の前提である「パリ協定」の深層が理解されていない。2015年成立の「パリ協定」は、各国に排出量削減目標の提示、目標達成のための対策を義務づけるとともに、各国対応を検証するグローバル・ストックテイク(進捗確認)というルールを構築した。

しかし、各国排出削減実績に対しては拘束力がない。削減量不足に対する対処方針も定められていない。排出量、削減量の算出方法も各国裁量。各国の事情に配慮した結果であり、「パリ協定」の実効性は未知数だ。

中国は「カーボンニュートラル加速」を歓迎

Photo:AFP=Jiji

中露両国は目標年を2060年の10年遅れに設定。しかも、当面2030年まではCO2排出量増加を続ける。中国は2021年9月の国連総会で「海外での石炭火力発電所の新設は行わない」とCN推進への協力姿勢を示す一方、上述のとおり国内では2030年までは石炭火力を使い、CO2排出量も増加。巧みに立ち回っている。

再エネ設備の最大サプライヤーとなった中国にとって、石炭火力発電所を海外輸出しないことは自国の再エネ設備受注増に繋がる。

CN達成時期を先進国比10年遅れにしたことも戦略的だ。その間に再エネ技術は進化する。10年遅れによって得られる負担減、より高度な後発技術を活用できる効果は大きい。先行メリットならぬ後行メリットだ。

以上の諸点を踏まえつつ、6次エネ基の課題、それに付随するリスクを整理する。

第1はエネルギー確保。6次エネ基では、LNG火力は19年実績37%から2030年目標20%、石炭火力は同32%から同19%、石油は同7%から同2%と減少させた。

既に中国が日本を抜いてLNG最大輸入国に台頭し、輸入国としての日本のバーゲニングパワーは低下。輸出国にとって日本の優先度は落ち、エネルギー確保リスクに晒される。

第2に実現可能性。公共施設へのソーラーパネル設置等、政府自ら行う対策は進捗管理できるが、民間企業や家庭の対応は強要できない。例えばLED化、公共交通機関利用促進等々の実現は担保されない。

第3は中国リスク。太陽光、風力等、再エネ設備の多くは中国が最大供給国。例えば、太陽光は中国企業が世界シェア70%以上。2000年代に世界シェアの過半を占めた日独企業は見る影もない。

太陽光だけではない。世界の陸上風力設備の約55%は中国製。サプライヤー世界上位15社のうち10社は中国企業。洋上風力設備でも中国企業は急成長しており、2020年実績ではシェア50%を上回る。

世界の再エネ導入は中国企業の成長につながる。また、CO2削減量の多い中国企業は排出権取引でも稼げる。中国は世界のCN加速を歓迎している。中国製設備が全国津々浦々に設置され、その周辺には防衛施設等もある。ファーウェイ通信機器と同様の安全保障リスクも懸念される。

「カーボンニュートラル」の最大の障害

第4はコスト負担の不条理。現在、電気代に加算されている再エネ促進賦課金(2021年度)は1世帯当たり年10476円、年間2.7兆円。上記第3の構造から、賦課金の過半は中国企業に還流。再エネコストは日本国民が負担し、その利益は中国企業が得るという不条理だ。

第5に上記諸点に対する日本の戦略の浅薄さ。国内サプライヤー育成策が不十分なうえ、6次エネ基における水素、アンモニア、洋上風力等の2030年発電量に占める割合は僅か約1%。これではサプライヤーを育成してもビジネスにならない。

米国はESG投資、EUはLCA、中国は排出権取引に軸足を置く戦略が垣間見える。日本も俯瞰的な戦略が必要だ。

問題を認識しつつ、誰もそれを口にせず、打開策も打ち出せない。日本のCN対応の現実を鑑みると、丸山眞男(1914~96年)の警鐘が脳裏を過る。日本はなぜ戦争に突入し、敗戦したのか。政官軍関係者のみならず、財界、マスコミに至るまで、「誰かが何とかしてくれる」「自分は関係ない」「どうしようもない」という社会全体の雰囲気。丸山はそれを「無責任の体系」と名付けた。すなわち「空気」に流される迎合的、同調的体質。山本七平(1921~91年)が指摘した「空気の論理」に通底する。

安くて安定的で安全な再エネが急速に普及するのがベストシナリオだ。それが困難ならば善後策が必要となる。

しかし、高コスト再エネは嫌、原発利用も嫌、サプライチェーン育成も不十分、政官財学の指導者は決断しない、でも経済成長はしたい。これでは立ち往生必至である。

コロナ禍で日本の科学技術の現実が白日の下に晒された。利害関係者の竦み合い、物事が遅々として進まない日本社会の体質こそが、CN実現の最大の障害である。

脱炭素より、脱「無責任の体系」が急務だ。

著者プロフィール
大塚耕平

大塚耕平(おおつかこうへい)

参議院議員

日本銀行を経て参議院議員。早稲田大学客員教授(早大博士)、藤田医科大学客員教授を兼務。仏教研究家、歴史研究家としても活動中。

   

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