遂に逮捕!/本誌はかく戦えり!(2015年6月号より)/国税が詰める「日大のドン」

日大相撲部に不自然な「三つの口座」。田中理事長個人の「証券口座」に溜まった大金について事情聴取へ。

2021年12月号 DEEP [特別取材班「追跡11弾」]

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問題の「ツーショット」を掲載した香港の一流紙『サウス・チャイナ』

「爆弾」を落とした牧義夫衆院議員(『ヴァイス・ニュース』より)

「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。それ以外のものは広報に過ぎない」(ジョージ・オーウェル)

5月3日、日本外国特派員協会は「報道の自由推進賞」を本誌に与え、「日本大学のスキャンダルなど日本でタブーとされるテーマに関する継続的かつ質の高い調査報道に対する功績」を称えた。

本誌が特別取材班を立ち上げ、日大にまつわる様々な疑惑に切り込んだのは3年半前。第1弾の「日大理事長『田中』と裏社会」(2012年2月号)から、これまでに10回の調査レポートを掲載した。この間に、日大から2度のスラップ訴訟(損害賠償請求額約2億4千万円)を起こされただけでなく、昨年10月以降、何者かに襲撃される恐れが生じたため、本誌代表者に対して、警察当局の保護措置がとられた。

本誌が屈しなかったのは、日大の現状を嘆き、憤る卒業生や教職員からの内部告発が相次いだからである。遂に本誌は田中英寿・日大理事長(68)が「報じられたくないこと」をつかんだ。事の経緯を辿りつつ、その核心を明かそう。

「JOC副会長」再任は有り得ない

4月15日の衆院文部科学委員会。質疑に立った牧義夫議員(維新の党)が「爆弾」を落とした。日本オリンピック委員会(JOC)の副会長で日大理事長の田中氏が、指定暴力団山口組六代目、司忍組長と歓談している写真を掲載した外国メディアの記事を示し、「デイリー・ビーストのタイトルは『ザ・ヤクザ・オリンピクス』、ブルームバーグのそれは『東京五輪の勝者はギャングだ』。このまま五輪を迎えるわけにはいかない」と、下村博文文科相に詰め寄った。

前日までに文科省が警察庁から取り寄せた資料には、これまで本誌が報じた「イトマン事件」の首謀者・許永中氏や指定暴力団住吉会の最高幹部・福田晴瞭会長との親密な交際関係が記されていた。監督官庁のスポーツ・青少年局は、田中氏を除く2人のJOC副会長を呼びつけ、「6月の役員改選で再任は有り得ない」と厳命した。

日本のメディアは沈黙したが、翌16日米ネットニュースの『ヴァイス・ニュース』は「写真は本物だ。牧議員は、文科省が独立調査委員会を作って調査すべきだと提案した」と報じ、17日の香港の一流紙『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』は「日本のマスコミがどこも書かないのは率直に言って怖いからだ」と書いた。東南アジアへ向かう航空機の中で同紙を読んだ企業経営者は「Nihon University(日大の英語名)のドンとYAKUZAのボスのツーショットなんて信じられない。国際的なスキャンダルなのに日本のメディアは鈍感すぎる」と呆れ返った。

海外メディアに背中を押された下村文科相は「JOCと日大に責任ある調査を行うように23日に伝えた。その上で必要な対応をとる」と踏み込んだ。数日後(28日)に開かれたJOCの常務理事会は揉めた。田中氏は「事実無根」と否定したが、JOCは弁護士を含む外部委託調査を行うことを決めた。これに不服な田中氏は「(写真は)偽造だ。改選後も推薦を受けたら理事職を続ける」とまくし立てた。仮にJOC副会長を辞めたら、日大理事長のイスも危うくなる。田中氏としては開き直るしかないのだ。文科省との対立は決定的となった。

件(くだん)の歓談写真の真贋を確認するのは、捜査当局といえども難しい。田中氏が強気に出るゆえんだ。ヴァイス・ニュースは、牧議員の勇気あるコメントを報じている。

「私(牧議員)は大学の幹部数人と話したが、彼らは田中自身からヤクザの親分と一緒の写真を見せられたと言っていた。そして、その写真を使って脅しをかけられていた。彼らは自分の命について非常に心配しており、将来、我が身に何が起こるかを考えると、怖くて田中には逆らえないと考えている。私は写真は本物と信じている」

これは、本誌の取材に応じた日大の卒業生や教職員が抱く恐怖感と共通する。

いよいよ「マネー警察」の出番

警視庁組織犯罪対策部が田中氏をマークするようになったのは、5年前に山口組系弘道会に維持員席のチケットを手配した木瀬親方(元幕内肥後ノ海)や野球賭博で解雇された元大関琴光喜ら、不祥事を起こした力士の多くが、日大相撲部出身(田中氏の教え子)だったからという。

捜査は難航したが、昨年秋、新局面を迎えた。9月に田中理事長が「3選」された直後から、大学役員やマスコミ各社に告発文と件のツーショットが送られてきた。その掲載をにおわせた右翼系ミニコミが金属バットで襲われる事件が発生した。同時に「写真を出したら同じ目に遭うぞ」という脅迫電話がかかり、メディアはまたも沈黙した。一方、被害届を受理した組織犯罪対策部は、退任したての常務理事や左遷された教職員の事情聴取に乗り出した。

オバマ政権は11年に日本の「YAKUZA」を国際的に活動する犯罪組織と認定し、米財務省は山口組の司組長や住吉会の福田会長らの米国内の資産を凍結し、米国の個人や企業との取引を禁止する経済制裁を発動した。日本の2大暴力団のボスとの写真が出回った田中氏は、いわゆる「グレー」であり、国際的に好ましくない人物となった。さらに、米財務省は今年4月21日、山口組系弘道会の竹内照明会長を、新たな経済制裁の対象に指定した。ショッキングな海外報道の影響と見るべきだろう。2日後の23日、下村文科相はJOCに調査命令(事実上の「田中切り」)を出した。米政府の苛立ちを察知した官邸筋から「今秋のスポーツ庁の発足前にこの問題を処理せよ」と、関係当局に指示があったという。米財務省のカウンターパートは財務省であり、いよいよ「マネー警察」国税の出番である。

日本大学本部(千代田区・九段)

阿佐ヶ谷の日本大学相撲部

暑さでむせ返るような昨年8月5日、東京国税局が日大本部に踏み込んだ。本誌は、その模様をスクープした(昨年9月号「『日本大学の闇』に迫る国税」)。国税当局の調査は「利権会社」と目される日大事業部を皮切りに、全国15学部に及んだ。

担当は課税第2部資料調査第3課。俗に「リョウチョウ(料調)」と呼ばれるこの組織は、多額の申告漏れが想定される法人や個人を狙い撃つ。税務調査といえば、脱税を摘発する査察部(マルサ)が有名だが「料調の腕利き調査官が見つけ出す所得の申告漏れは、査察部の職員の5~10倍」(国税OB)。それほど調査能力は高い。所得隠しが1億円を超える事案は査察部に回し、強制調査の端緒となるため「ミニマルサ」と恐れられている。日大に切り込んだのは、料調の中でも「2の3」と呼ばれる公益法人を調査する約30人の精鋭部隊だ。昨年7月の局会議で日大を最重点調査対象に決め、調査を始めてから10カ月が過ぎた。

国税は「沈黙の艦隊」に例えられるほど口が堅いが、本誌は、料調が大学からの現況聴取と併せて、メガバンクの「調査センター」に大量の調査官を送り込み、田中理事長の口座を洗い出し、不審なカネの流れがないか調べていることをつかんだ。その後、その口座がある金融機関から資料を提出させたという。さらに、料調が東京・阿佐ヶ谷にある日大相撲部に10人近い調査官を送り込み、相撲部名義の口座のカネの出入りを調べていることを聞き込んだ。

日大の相撲部は、法人税法上の「人格のない社団(任意団体)」であり、収益事業以外は課税対象にならない。大学の管理の枠外の、いわば「簿外」の口座に、どんな問題があるのか。本誌取材班は大学幹部や相撲部OBの取材を重ねた。ここに来て、複数の「投げ」(タレコミ)があり、国税当局の標的がほぼ見えてきた。

証券口座の大金は誰のもの?

相撲部OBによると、相撲部には「日本大学相撲部 代表者田中英寿」名義の三菱東京UFJ銀行の口座が三つある(同行は日大の100年に及ぶメーンバンク)。その一つは相撲部の最寄りの阿佐ヶ谷支店に、残りの二つは市ヶ谷支店に開設されている。市ヶ谷支店は、田中理事長が君臨する日大本部の至近にある。三つの口座は1980年代から相撲部の監督(現在は総監督)をしている田中氏が管理しているという。

相撲部が最寄りの支店に口座を開く利便性はわかるが、なぜ、大学本部の近くの市ヶ谷支店に同じ名義の口座が二つあるのか、釈然としない。しかも、その一方は「別口」と呼ばれるものだ。関係者によると、大学から補助金などが振り込まれる口座と、OBや支援者などから寄付金等が入る口座(別口)に分けているようだ。

「使途が明らかなら別口を開くことができる」と銀行関係者は言うが、収益事業を目的としない日大相撲部に同一名義の口座が三つも必要だろうか。その使い分けはどうなっているのか。「別口」とは、いかにも不自然ではないか。

本誌取材班は「別口」の口座に着目し、当局の聴取を受けたという関係者から話を聞くことができた。そして驚くべき情報をつかんだ。別口の口座から引き出された現金の大半が、時を置かずに大学本部の目と鼻の先にある、靖国通りに面したSMBC日興証券市ヶ谷支店の証券口座に振り込まれているというのだ。さらに、この証券口座の名義は「田中英寿」個人であり、3億円も溜まっているという。しかも、口座にお金が溜まる一方で引き出された形跡がない。証券口座の大金は、誰のものか?

善意に解釈すれば、任意団体は原則として証券口座を開けないから、代表者である田中氏の証券口座を使って、株式投資を行い相撲部のお金を増やす目論見かもしれない。だとしても、相撲部のお金を田中氏の証券口座に移して運用する場合は、定款等に従うはずだ。相撲部のお金を証券口座に移す時、運用する時、どんな決済手続きがあるのか。そしてお金は、いつ、相撲部に戻ってくるのか。理事長でもある田中総監督が「神」の如き存在だからといって、お金の扱いまで「上(かみ)御一任」とはなるまい。

「理事長の株好きは本部で有名」

本誌はさらにきな臭い情報をつかんだ。日大相撲部から角界入りした力士から多額の送金があったというのだ。「相撲部屋に入門が決まった頃だから、すぐに分かった」(当局から事情を聴かれた関係者)。相撲部への「御礼」と見られるが、同部には田中総監督のほかに部長、副部長、監督、3人のコーチがいる。部長以下のスタッフは、この力士(当時は大学4年生)からの多額の振り込みを知っていたのだろうか。仮に、ほぼ全額が証券口座に移ったとすれば、田中氏個人への御礼だった可能性もあるのだが、大相撲の場所中を理由に、力士本人から話を聞けなかった。

関係者によれば、件の証券口座に振り込まれるお金は、別口から引き出されたお金が多いが、残り二つの口座のお金が送金されることもあったそうだ。「証券口座で利益が出たら課税される。そもそも証券口座のお金は誰のものか。口座の名義人から事情を聴くしかないだろう」(国税OB)

本誌は、田中氏に対して「なぜ、別口の口座があるのか」「お金を田中氏名義の証券口座に移す時、運用する時に、どのような内規等があり、適正な手続きが行われているのか」「証券口座に溜まったお金は誰のものか」等の質問状を送った。これに対して日本大学の代理人弁護士から「三つの銀行口座については、大学からの補助金、部費、寮費などその目的に応じて区分し、適正に使用している。各口座の管理者は相撲部のコーチである」との回答があった。

また、三菱東京UFJ銀行とSMBC日興証券は「個別の事案についてはお答えできない」と取材に応じなかった。

田中氏に長く仕えた元理事は「理事長の株好きは本部で有名だ。リーマン・ショックの時、信用取引で大損したと聞いた。証券会社から電話がかかって来るし、執務室のパソコンで株をやっているのを見たことがある」と話す。

元常務理事は「証券口座のお金は信用取引の委託保証金だから引き出せないのだろう」と推測するが、元理事は「国税が調査に来てから株はやっていないと、理事長本人が言っていた」とも言う。

当局は、すでに田中氏に質問状を出し、5月中に「三つの口座」の使い分けや証券口座への送金について事情を聴く段取りだ。証券口座に溜まった大金について、田中氏は何と弁明するつもりだろう。

ある本部職員は「最近、理事長は肺を患い、タバコをやめた。顔がむくみ、秘書の手を借りないと階段を上れないぐらい弱っている。毎日機嫌が悪く、国税の調べが来たら入院するのではないか」と言う。

   

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