全社一丸で共生社会の実現に挑み続ける三菱商事のパラスポーツ支援。所属選手に話を聞いた。
2021年12月号 INFORMATION
車いすラグビーの試合に臨む今井友明選手
「パラ・ロスになった」方も多いのではないだろうか。今夏の東京パラリンピックは五輪とは違った輝きで観る人を魅了した。さまざまな障がいを持った選手たちが熱戦を繰り広げ、人間の隠れた能力を見せつけた。「共生」「多様性」の演出に彩られた開閉会式とあわせて、コロナ禍の全国そして世界の人々に大きな感動と希望、勇気をもたらした。
パラ大会の輝きは、東京五輪のレガシーともいえる。パラスポーツの振興に企業が果たしてきた役割は大きく、三菱商事は古くからの熱心な取り組みで知られる一社だ。40年来の活動を礎に、支援のさらなる拡充を期し、2014年、障がい者スポーツ支援プロジェクト「Dream As One.(ドリーム・アズ・ワン)」を創設した。その名称には「競技者と応援者の双方に働きかけることで、ともに一つになって、夢に向かっていける」との信念が込められる。
「大分国際車いすマラソン」を応援する三菱商事の社員たち
目的はパラスポーツの裾野を広げ、世の中の認知度・理解度を高めること。大会の協賛をはじめ、社員や一般の人々を対象にした体験会、ボランティア養成講座など、多岐にわたる活動に全社一丸で取り組んできた。
「私たちがめざすのは、障がいの有無に関係なくみんなでスポーツを楽しみ、支え合えるインクルーシブ(共生)社会の実現です。子ども向けのパラスポーツ体験会などを通して、未来を担う子どもたちが、そういう意識を自然と持てるよう、これからも機会の提供を継続していきたいと思います」と、Dream As One.の担当者は語る。
15年にはトップ選手の支援もスタート。現在、陸上・トライアスロンの高橋勇市さん、車いすラグビーの今井友明さん、池崎大輔さん、車いすテニスの船水梓緒里さん、競泳の東海林大さん、辻内彩野さん、西田杏さんの7名が所属する。さらに、元マラソン選手の高橋尚子さんと5名のパラ競技経験者からなる「プロジェクト・サポーター」も加わり、活動は大きく発展した。「7年前とは比較にならないくらい、イベント参加者が増えてきた。パラ競技がより身近な存在になってきたことを感じます」(Dream As One.担当者)。
16年から三菱商事に所属する今井選手(38歳)に9月上旬、話を聞いた。
Zoom画面越しに、パラ大会で獲得した大きな銅メダルを見せてくれた。「金メダルをめざしていたので、準決勝で敗れた悔しさと3位決定戦でメダルに届いた嬉しさとが入り混じり、複雑な感情です」と心境を語った。
今井選手は、14歳の時にプールの飛び込みで首の骨を折り、頸椎を損傷。両手両足に麻痺を抱えながらもさまざまな競技に挑戦。25歳の時(09年)「やるなら世界を目指そう」と、車いすラグビーを始めた。競技人口が少なく、練習場所を探すのにも苦労したが、めげずに競技を続け、13年、日本代表強化選手に選ばれた。15年アジア・オセアニアチャンピオンシップで1.0クラスのベスト・プレーヤー賞獲得。16年、リオパラリンピックで銅メダル、18年世界選手権優勝、19年車いすラグビーワールドチャレンジで3位、同年車いすラグビー日本選手権大会優勝。華麗な戦績を挙げてきたが、「過去の成績に満足したことはない」という。「自分に何が足りないのか、常に考えながら練習してきた。それが次の結果に繋がってきたのかもしれません」。言葉の端々にストイックさが滲む。
今井選手の障がいの程度(1.0クラス)は車いすラグビーのなかでも重く、日本代表では守備の要。「敵の動きを読んでブロックしたり、パスを出す方向を先読みしてスペースを埋めたり。コート上で味方と敵がどこにいるかを常に把握することを心がけています」。ほぼ毎日、都内の複数の専用体育館に通い、使える筋肉(肩・背中)を鍛えるウェイトトレーニングや、競技用の車いす「ラグ車」に乗って細かなチェアスキルを磨く個人練習、そしてチームメイトと試合形式での練習を重ねてきた。試合をイメージし、あえて疲れた状態に自分を追い込んで練習することもあるという。
「DREAMキャンプ車いすラクビー体験」で活躍する今井選手
コロナ対策にも気遣いながら、連日の過酷な鍛錬に挑むひたむきさに頭が下がる。かつて日本代表を支えたカナダ人のヘッドコーチ、アダム・フロスト氏の言葉が支えになった。「フロスト氏から『Twenty four Seven(24時間1週間)、常にトップアスリートの意識でいろ』と言われてハッとした。日本代表に選ばれ、現状に満足していた自分が心のどこかにいて。この言葉を胸に刻み、どこまでも高みを目指していこうと思った」(今井選手)
今井選手の目標は、次のパラ大会で金メダルを獲ること。そして子どもたちに憧れられ、みんなに尊敬される選手になること。その思いはDream As One.の活動に加わり社内外の参加者と触れ合うなかで育んできたものだ。「運動することを迷っていたり、諦めている子どもたちに声を大にして伝えたいことは『まず一歩、踏み出して挑戦してほしい』。行動に移さなければ何も始まりません」と今井選手は語る。「車いすラグビーは何歳からでも始められます。練習やイベントも誰でもウェルカムです」(今井選手)
困難を乗り越えてきた今井選手の言葉には説得力がある。共生社会を掲げる「Dream As One.」とともに、この歩みを止めず、チャレンジし続けてほしい。
(取材・構成/副編集長 和田紀央)