2021年5月号 連載 [コラム:「某月風紋」]
「帰宅困難区域」を貫く、桜の名所「夜ノ森」
東電福島第1原発(1F)の敷地内に林立するタンクに溜まった、放射性物質トリチウムを含んだ処理水を海洋放出する方針を政府は決めた。タンクの跡地には、半世紀を要するという廃炉に向けた様々な施設の建設が計画されている。
トリチウムは水素の一種で酸素と結びついて水の形で存在する。放射線のエネルギーは弱いために「外部被ばく」の影響はほとんどない、といわれる。
福島県沖において、黒潮と親潮がぶつかり合う。「潮目」は、世界的な漁場である。東日本大震災の直前には、県内の漁業協同組合の組合員は約1500人。好漁場を背景にして、漁民の年齢構成が全国と比べると、働き盛りの40~50歳代が多いのが特徴だった。大津波によって漁民の約7%以上が命を失った。
JRいわき駅前を走る「聖火ランナー」(写真提供/田部康喜氏)
JR常磐線は、東京・日暮里駅から福島県の沿岸部を経由して宮城県・岩沼駅に至る。『常磐線中心主義』(河出書房新社)は、この沿線が、戦前から首都圏にエネルギーと食糧を送り込んだ基地であることを描き出したノンフィクション社会学である。
戦前から戦後にかけての石炭、そして原子力発電の延長線上にメルトダウンが起きた。大震災の前年(10年)の福島県の漁業生産量は全国16位、17年20位だったが、漁業生産額は同17位から29位に大きく下がった。
「常磐線沿線」は声高に自己を誇ろうとしない。アンコウの産地にもかかわらず茨城県「大洗」にアンコウ鍋の本場を譲っている。「小田原」の蒲鉾もそうだ。
「常磐モノ」は、東京・築地市場で上物とされたブランドである。漁民たちは試験操業を続けながら、出荷できる魚種を増やしてきた。処理水の海洋投棄に抗う痛切な思いに、何としても応えなければならない。金銭補償ばかり考えるのは愚かなことだ。国を挙げて「常磐モノ」の信頼回復を促進しなければならない。
(河舟遊)