「ルスツ」を私物化、あこぎな加森観光

IR汚職で一躍有名になった寒村で地元リゾート運営会社丸抱えの村長選。悲劇の始まり。

2021年5月号 BUSINESS

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村政を乗っ取られた道内屈指の「貧乏自治体」の悲劇はこれから始まる

「話にならない。完全な村の私物化だ」。北海道庁の関係者は、怒りのあまりそう吐き捨てた。

企業誘致で前村長と溝

北海道留寿都(るすつ)村。人口2千人に満たない寒村が、その名を知られることになったは2019年末のことだった。

留寿都はカジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)担当副大臣だった衆院議員秋元司が、賄賂を受け取ったとされる「IR汚職」の舞台。テレビの全国ニュースなどで地名が盛んに報じられ、一気に広がった。秋元に賄賂を渡したのは中国企業「500ドットコム」と、スキー場や遊園地などを備えた大型施設ルスツリゾートを持つ加森観光の前会長加森公人だ。

その村で今年3月、村長選があった。候補は2人。道庁OBで2期8年にわたって村長を務めた現職場谷常八に、元村職員の女性村議、佐藤ひさ子が議員の座を辞して挑んだ。現職3期目を目指す選挙は本来、最強の選挙とされる。だが、結果はダブルスコア近い差をつけて佐藤の圧勝だった。

この選挙に、加森は露骨なまでに介入していた。冒頭の道庁関係者の怒りの向き先は、小さな村を我が物顔で支配し続ける加森に対して向けられたものだ。IR汚職で散々、地域のイメージを落としたあげく、前会長は贈賄で有罪が確定しているというのに、選挙を平然とジャックし、OBである場谷のクビをはねたのだ。

選挙中、加森観光は佐藤を応援するため、リゾートの名前が書かれたバスで堂々と従業員らを派遣していた。「場谷と佐藤。同じ場所で演説しても、驚くほどに聴衆の数が違った」(地元マスコミ関係者)。選挙運動初日の応援の人数を見ただけで、結果は開票を待つまでもなく明らかだったという。

ほかにこれといった産業のない寒村で、リゾートの政治的、経済的な支配力は圧倒的だ。有権者数が1500人にも満たない村で、200人ともいわれる従業員の集票力は大きい。リゾートと一心同体の建設会社など地域の企業ともつるむことで、気に入らない村長のクビのすげ替えなど加森にとっては朝飯前なのだろう。

今回、構図が複雑だったのは、8年前、札幌にいた場谷を留寿都村長に祭り上げたのが、ほかならぬ加森自身だったことだ。そのとき、場谷が倒した現職候補は今回村長選で、場谷を倒した佐藤の兄。「自分との距離が広がれば、だれそれ構わず村長を取っ替え引っ替え。これを私物化と言わず何というのか」。冒頭の道庁関係者は加森を「だだっ子に近い」とこき下ろす。

自分が村長の座に据えた場谷と加森との間に、決定的な亀裂が生じたとされる出来事は18年初頭にあった。

マレーシアの駐日大使から道庁を通じて村に照会があった。「マレーシアの富豪である錫製品大手メーカーの経営者が、留寿都の観光開発に興味を持っている。是非(ルスツリゾートを保有、運営する)加森の代表と会い、共に事業をしたい」との内容だった。

富豪はコテージ数十戸と、6階建てのホテルを村内に開発する計画を持っていた。村や道は、ルスツリゾートの規模を拡大する最大のチャンスと受け止めた。大使も太鼓判を押す、国を挙げた優良案件だ。経済発展が著しい東南アジアからの観光客の増加が見込めることはもちろん、固定資産税など自治体の収入を増やすことも期待できる。村も道も前のめりになった。

2月、札幌のホテルで富豪と大使を加森公人、場谷らが訪れ、会食した。和やかに進んだ会の中での富豪の協力要請に加森は応じるそぶりを見せながら、2カ月後あっさりと断りを入れた。国の大使からのオフィシャルな協力要請に対するつれない態度に道庁には衝撃が走った。数カ月後、マレーシア側からも仲介者に対し、正式なお断りがあった。「富豪は単独では異国でのビジネスは成功しないと知っている。だから、加森に協力を要請した。加森といざこざを起こしてまで事業は続けられない」との言及があったという。

この一件以来、加森は場谷の切り捨てに動き出す。調査が続いていた村内での風力発電所の建設に対し、「景観が悪化する」などとして従業員を動員し、苛烈なまでの反対運動を始めた。加森の票欲しさに、常に顔色をうかがっている村議たちもこれに同調。村議会では発電所建設の反対決議までした。以降、2年連続で一般会計決算の議会認定が得られないなど、場谷村政は漂流の度合いを強めていく。

なぜ、加森はそこまで村に他の事業者が入ることを拒むのか。道庁関係者はIRとの関連を指摘する。「当時はまだ、留寿都にも表面上はIR誘致の可能性が残されていた。そんなとき、マレーシア富豪の計画の存在が浮上すれば、誘致するうえで邪魔になる」。もっとも、世界的に実績のあるIR企業は道内候補地の中でも条件の悪い留寿都への誘致に乗らなかった。別の道庁関係者は言う。「そのときに、声をかけたのが、中国企業『500ドットコム』。IRを宿願としていた加森はこの蜘蛛の糸を絶対に離したくなかったのだろう」とみる。

道内屈指の貧乏自治体

留寿都村は道内でも屈指の貧乏自治体だ。村の貯金はすでに底を尽きかけている。村の再三の要請にもかかわらず、「ルスツリゾート」は公共下水道の本格的な利用を拒否し続けており、下水道事業の赤字分を、毎年度一般会計から補填している。

数年後には下水道設備の更新に数億円にのぼる新たな費用がかかるとされ、資金難から多くの住民サービスの値上げ、削減、停止が現実味を帯び始めている。リゾート維持のため、村民サービスが削られる。その構図は、過大な観光開発の末に破綻した夕張市を彷彿とさせる。

今回の村長選に圧勝した佐藤は北海道内で唯一の現役女性首長として、地元メディアでは就任が好意的に取り上げられた。もっとも、彼女がどんな意向を持っていようとも、留寿都村長が取り得る政策の幅は限られている。4年間、加森の意向に沿った村政運営をどこまでできるか。及第点とみなされなければ、再び4年後にクビを切られるのは自分なのだ。

まるで「雇われ村長」と化した寒村のリーダー。巨大リゾートとその経営者に乗っ取られた村の悲劇はこれから始まる。

(敬称略)

   

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