トヨタ「奥の院」東和不動産人事で異変

歴代秘書の「天下り」先企業が三井不動産から社長を招聘。不動産開発の新戦略か懲罰か。

2021年5月号 BUSINESS

  • はてなブックマークに追加

東和不動産の鵜飼社長の退任はトヨタ関係者に衝撃を与えた

Photo:Jiji Press

トヨタ自動車グループの不動産会社、東和不動産(本社・名古屋市)は今年6月の株主総会とその後の取締役会で、鵜飼正男社長が退任し、後任に業界最大手の三井不動産でワークスタイル推進部長を務める山村知秀氏を迎える人事を内定した。

東和不動産でトヨタグループの出身者以外が社長に就くのは初めて。このため、この人事はグループ内に衝撃が走り、様々な憶測を呼んでいる。

名古屋駅前を「丸の内化」

東和不動産はトヨタや豊田自動織機、豊田通商などが出資するグループの資産管理会社で優良企業。代表的な所有物件としては、毎日新聞社と共同で運営、トヨタの本社機能が入る名古屋駅前の高層ビル「ミッドランドスクエア」がある。現会長は豊田章男氏。前会長は豊田章一郎氏であり、豊田家とゆかりが深い企業だ。

歴史を遡ると、トヨタ初代社長の豊田利三郎氏が1940年、名古屋市から名古屋駅前の土地の払い下げを受けたことにルーツがある。東和不動産は戦後、その土地にグループ企業が集う「豊田会館」を建設。最近では2016年にトヨタ系16社から委託を受けてグループ蒲郡研修所「KIZUNA」(愛知県蒲郡市)を建てた。コロナ禍の現在、豊田章男社長はここで執務をしていることが多いという。

いまの鵜飼社長はトヨタ出身。秘書部時代に章一郎氏の担当を長く任された後、グループの愛知製鋼に転じて同社の副社長まで出世した。18年から移って現職にある。その前の山口千秋氏もトヨタ出身で章一郎氏の秘書を務め、氏の税務対応を手伝っていたことで知られる。トヨタから豊田自動織機副社長を経て東和不動産社長に就いた。

これまで東和不動産の首脳には、豊田家と近いか、秘書部系のトヨタ役員経験者が就いていた。トヨタの「名物広報マン」として知られた元専務の神尾隆氏が社長だった時期もある。氏は、「トヨタ中興の祖」と呼ばれた元名誉会長の豊田英二氏系のファミリーと近かった。また、日本経団連会長だった元社長の奥田碩氏の秘書を務めた西川幸男氏もトヨタの常務役員退任後に副社長を務めた。

こうしたトヨタの「奥の院」的な会社だっただけに、グループ外から新社長を招くことに驚きの声が上がっているのだ。しかも新社長に迎える山村氏は三井不動産では役員に就いておらず部長級の待遇。失礼ながら格落ち感は否めない。

ただトヨタは現在、グループ企業をサッカーの試合にたとえて「ホームとアウェイ」の観点で再編している。「ホーム」とは得意分野を、「アウェイ」とは不得意分野をそれぞれ指し、「餅は餅屋に任せる」的な考え方を意味する。今回の人事はそうした発想によるものではないかと見る向きもある。

今後はコロナ禍の影響を受けて、オフィスビルの需要が変化するほか、トヨタは静岡県裾野市に自動運転やスマートグリッドなどの実証試験を行う「ウーブンシティ」を構築し、街づくりという新たなビジネスも視野に入っている。東和不動産もこうした街づくりビジネスにグループ企業として参画していくのではないか。

ビジネスの環境が大きく変化する中、グループで中核の不動産事業を担う会社のトップに専門家を迎え、戦略的に事業を強化していく狙いがあるのかもしれない。このトップ人事が発表された翌日の3月25日、東和不動産は「ホスピタリティとモータースポーツの融合」と題して、富士スピードウェイに隣接し、同社が建設するホテルを「FUJI Speedway HOTEL」と命名し、運営をハイアット系列の会社に委託すると発表した。

ホテル周辺にはモータースポーツをモノづくりの観点から紹介するミュージアムを建設する。ホテル周辺は「モータースポーツビレッジ」と位置づけて開発中であり、トヨタがモータースポーツの歴史・文化を発信する新たなブランド戦略拠点として発展させる計画だ。トヨタはこうした街づくりも専門家に任せる考えなのだろう。

また、トヨタは名古屋駅周辺を東京駅近くの「丸の内」のように再開発していきたいとの考えを持っている。そうした戦略の下、14年にはミッドランドスクエアに隣接する近鉄新名古屋ビルを買収、翌年には「桜通豊田ビル」に改称した。「丸の内」が三菱地所の力で開発されたように、名古屋駅周辺の再開発は三井不動産の力を借りてパワーアップしていくのだろう。

三井不動産は現在、リニアの開通をにらみ、ミッドランドスクエアの向かい側で名鉄百貨店などがある一帯を名古屋鉄道や近畿日本鉄道などと共同で再開発し、高層ビルを建てる計画で動いている。こうした計画と東和不動産の戦略を融合させて、「丸の内化計画」を推進させていくのかもしれない。

一方で今回の人事は「懲罰人事ではないか」とうがった見方も出ている。ミッドランドスクエアのすぐ近くがパチンコ店に買収されたため、周囲の景観が崩れることをトヨタが恐れているというのだ。その土地は「柳橋市場」の関係者が入るビルの跡地で、売りに出ていたのを東和不動産が買収しようと、所有者と交渉していたが、価格が折り合わずに交渉が暗礁に乗り上げていた。その隙に好条件を出したパチンコ店に買い取られた。トヨタから見れば東和不動産の不手際と映ったのかもしれない。

労使協調の象徴を閉鎖

東和不動産の人事が発表された直後の3月29日、もう一つトヨタ関係者が驚くニュースが流れた。トヨタ社員ら向けの福利厚生施設「フォレスタヒルズ」が22年3月31日をもって閉館することが明らかになったのだ。

同施設は1993年、「ゆとり」や「豊かさ」を求める人が気軽に余暇を楽しめるようにトヨタと同労組、同健康保険組合などとの共同事業で設立。トヨタ自動車企業年金基金の事務所もここに入っている。

レストランやスポーツジムなどを有し、元気な頃の豊田英二氏がここのプールで泳ぐ姿がよく目撃された。現在施設を運営しているのはトヨタ子会社のトヨタアメニティ。同社によると、施設の老朽化が進んで大規模改修が必要となったが、膨大な投資回収ができる見通しがないことから改修を見送ったという。余暇の多様化やコロナ禍によって利用者が減少していることが背景にある。

トヨタの資金力からすれば、改修費用は出せない額ではないだろう。労使協調を象徴する一つの施設を敢えて潰し、運営会社を解散することで、従業員らに自動車業界が置かれている経営環境の厳しさを暗に示す狙いもあるのだろう。時代は変わったのだ。

   

  • はてなブックマークに追加