乗員不足の海上自衛隊が「制服YouTuber」作戦

番組名は「艦Tube(かんつべ)」。機長がP3C哨戒機の離陸するまでを紹介。再生回数18万回を達成!

2020年12月号 DEEP
by 半田滋(防衛ジャーナリスト)

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「艦Tube」人気で応募者が増えるか

防衛省は2021年度防衛費の概算要求に地対空迎撃システム「イージス・アショア」の代替措置を盛り込んだ。推進装置「ブースター」の落下問題を回避するため、配備先を陸上から洋上へ移すというのだ。だが、6月の国家安全保障会議で一度はイージス・アショアそのものの導入断念を決めている。不可解というほかない。

亡霊のように蘇った背景を探ると、そもそもイージス・アショアは安倍晋三前首相がトランプ米大統領に米国製武器の購入を迫られて導入を決めた政治案件であり、配備断念となれば、日米関係の悪化につながりかねないことがある。

もう一つの理由は、導入を止めた場合に発生する巨額の違約金問題がある。19年度防衛費に計上した2基の取得費などのうち、すでに米政府との間で1757億円の支払い契約を済ませ、196億円は支払い済みとなっている。この196億円は戻らないうえ、違約金の支払いまで求められる可能性が高い。

防衛省は違約金の額を明らかにしていないが、仮に契約済みの1757億円がそっくり没収されるとなれば、防衛官僚のクビが一つや二つ飛ぶだけでは済まない。就任したばかりの岸信夫防衛相の責任問題にも発展しかねない。

そこで、防衛省はイージス・アショアが政治案件であることを利用して「断念したのは地上配備」と都合よく解釈し、「洋上なら問題ないだろう」という屁理屈をひねり出したというわけだ。

採用年齢を6歳引き上げ

防衛省が代替措置として検討しているのは、①護衛艦、②民間船舶、③海上リグ−を活用する3案だ。

海上リグは、技術的な課題も多く、省内には非現実的との見方が強い。残るのは護衛艦か、民間船舶となり、防衛省は技術調査を依頼した三菱重工業、ジャパンマリンユナイテッドの2社の報告を受けて判断するが、最終的には護衛艦、つまりイージス護衛艦の追加建造となる公算が大きい。

そこで問題になってくるのが海上自衛隊の御家事情だ。イージス護衛艦を新たに建造するとなれば、最新の「まや」型で1隻1680億円かかり、約310人の乗員が必要になる。2隻建造するから、その2倍になるが、海上自衛隊は予算不足と隊員不足から、2年前から小型で安い護衛艦の建造を始めており、組織の実情を無視することになる。

この小型艦は、多機能護衛艦(FFM)と呼ばれ、基準排水量3900トンで「まや」型の半分以下。1隻495億円、乗員約100人とすべてがコンパクトだ。

海上自衛隊の予算不足は、護衛艦、潜水艦、航空機などの装備品がことごとく高騰していることにある。では、隊員不足はどういうわけだろうか。

防衛省幹部は「そもそも自衛隊への入隊希望者が減っている。隊員不足に悩んでいるのは海上自衛隊ばかりではない」と話す。民間の雇用状況が順調な中、団体生活を余儀なくされ、規則にも縛られる自衛隊は若者の目には魅力的な職場とは映らないようだ。

自衛官の定員24万7154人に対し、現員は22万7442人で充足率は92%(本年3月31日現在)。この9割という充足率は何年も変わっていない。防衛省は慢性的な隊員不足を解消しようと一昨年10月、採用年齢の上限を26歳から32歳へと一気に6歳も引き上げた。

自衛隊の採用区分は、さまざまあるが、組織を支え、頭数も必要なのが中堅幹部の「曹」になるための一般曹候補生だ。

陸海空自衛隊の一般曹候補生の応募倍率をみると、最近8年間で陸上自衛隊と航空自衛隊が最高で11倍を越えた年がある一方、海上自衛隊は最高でも5.2倍。17年度は2.5倍という低倍率を記録した。目立って倍率が上昇した年もなく、低いまま推移する「安定した不人気ぶり」なのだ。

隊員そのものが戦力となることが多い陸上自衛隊と違って、海上自衛隊は装備品を動かす必要があるので隊員がいる。隊員が不足した場合、どうなるのか。

海上自衛隊幹部は「例えば護衛艦の乗員には、それぞれに役割があり、一人も余分な人は乗っていない。かつて充足率が7割程度という艦艇もあったが、艦艇を動かすための乗員は削れないので、搭載しながら使えない武器もあった」と打ち明ける。戦闘艦艇が戦えなければ、ただの船である。もちろん必要最低限の武器類は使える人員配置になっていたというが、1隻700億円もする護衛艦を十分に活用できないとすれば、笑い事では済まされない。

「海自」の魅力伝えたい!

隊員不足を解消するため、海上自衛隊は「政府主催の豪華クルージング」とされる観艦式で昨年、初めて「高校1年生から30歳まで」という年齢制限付きの青少年券の公募に踏み切った。

当選しやすいチケットで呼び込み、海上自衛隊の魅力をアピールして採用試験を受けてもらう狙いだったが、台風の影響で観艦式そのものが中止に。天から見放されたかのような巡り合わせに、山村浩海上幕僚長は記者会見で「誠に残念ではあります」と無念さをにじませた。

海上自衛隊には、訓練で世界一周する遠洋航海などがあり、陸海空自衛隊の中では、一番海外へ行く機会が多い。ところが、この洋上での勤務が敬遠されている。長期間、友人や恋人と会えず、連絡もとりにくいことが嫌われているのだ。その一方で、仕事は増え続けている。中国艦艇や北朝鮮のミサイルへの警戒に加え、今年1月から中東派遣が始まった。ソマリア沖の海賊対処のため、アフリカのジブチに設けた自衛隊初の事実上の海外基地も海上自衛隊が管理運営している。

だが、「半年近い海外勤務を希望する隊員がどれほどいるのか」と海上幕僚監部広報室長の鬼頭祐介1佐。格安海外旅行が可能な時代に、気苦労も多い海外勤務は入隊の動機付けにはならない。

「海上自衛隊の魅力が伝わっていない」。そう考えた同広報室は、幹部を全国初の「制服YouTuber」に仕立て上げることとし、10月から本格的なYouTube 番組の公開に踏み切った。番組名は、名付けて「艦Tube(かんつべ)」。名称の是非はともかく、第1回は機長でもある3佐がP3C哨戒機の離陸するまでを紹介し、再生回数は18万回にのぼった。

努力の甲斐あって、応募者が増えたとしても、イージス護衛艦2隻分の620人の隊員は集まるのか。また2隻で3千億円を越える建造費は捻出できるのだろうか。

国防上の必要性からではなく、政治案件として追加建造されそうなイージス護衛艦。政治が軍事を統制する「シビリアン・コントロール」とはいえ、政治家の尻拭いをさせられる現場はたまったものではないだろう。

著者プロフィール

半田滋

防衛ジャーナリスト

元東京新聞論説兼編集委員

   

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