中身は否決された5年前とほとんど変わらないのに吉村大阪府知事の人気と政治の力技で捲土重来?を目指す。
2020年11月号 POLITICS [空虚な2度目の住民投票]
大阪都構想の住民説明会後、記者団の取材に応じる松井一郎大阪市長(左)と吉村洋文大阪府知事(9月26日、大阪市内で撮影)
Photo:Jiji Press
「残念だ。(前)大臣として不適格だ」。大阪府知事の吉村洋文が11月1日に予定される「大阪都構想」の住民投票について、自民党の衆院議員で前IT相の竹本直一(大阪15区)が「5年前に結論が出たものを5年後にやるのは早過ぎる」と苦言を呈したことにすぐさま、激しく反論した。
竹本は府内で都構想を掲げる大阪維新の会と激しく対立する。だからこその苦言ともいえるが、府議会では竹本発言について「正鵠を射ている」(議会関係者)という声がしきりだ。都構想案は、大阪府知事が松井一郎で、大阪市長が橋下徹だった2015年に行われた住民投票で過半数をわずかに下回って否決され、橋下は政界引退に追い込まれた。完全に消えたとみられた構想が今回亡霊のように蘇ったわけだが、吉村の厳しすぎる物言いが構想の正体をかえって際立たせることになった。
吉村は、そもそも8月下旬、急に「新型コロナの大阪基準で非常事態を示す赤信号でも(住民投票を)実施する」と言い出した時から様子がおかしかった。コロナ対策で大阪府民の喝采を浴びたはずが、コロナの感染防止より、維新の野望を優先する姿勢をムキ出しにしたからだ。
維新は5年前の都構想案と内容がさして変わらぬことを府民に悟られて逆風が吹くのが怖い。だからコロナ対策で春先に吉村の女性人気が急上昇した勢いで都構想賛成の流れを決めてしまいたいのだ。ただ、都構想は新鮮味がないこと以上に中身の具体性が見えないという問題が大きい。ただただ行政の形が変わったという実績を作る、誤魔化しの産物なのだ。
誤魔化しは数え上げればきりがない。まず、維新幹部は「構想は前回よりバージョンアップされた」というが、どこがどう新しくなるのかをほとんど示していない。大阪市の廃止に伴う特別区の数が、前回は5だったのが4に減ったことが違いといえば違いだ。ただ、これは構想の内容をさらに良くしたという話ではない。維新が利点として唱えるのは、「二重行政の解消」や「住民の身近なところで物事を決定していく」という行政の仕組みの変更による利便性向上だ。住民に身近というなら、前回案の5区のほうが行政範囲は小さく身近になる。もっと言えば、大阪市は24区あるから、今のままのほうがよほど身近な行政サービスを提供できるといえる。橋下が構想を提唱してから10年も経つのに、二重行政の無駄解消の道筋一つ示せていないのだ。
構想案は、府市が設置する「法定協議会」で作られ、この8月下旬~9月上旬に府議会と市議会で相次いで賛成多数で承認された。だが、構想に対する議会内の見方は真っ二つ。反対派は、むしろ都構想で経費が増え、職員数が不足して大阪市の行政サービスの質も落ちると主張する。法定協議会で採決された「特別区設置協定書」(構想案)などによると、特別区は東京23区よりも大きな権限を持ち、保育園の認可権もある。区長や区議会議員は住民選挙で選ばれる。しかし、仕事の分担を見直すはずなのに、いまある24区の建物は「地域自治区事務所」として残し、住民票などの発行サービスを続けるという。さらに区共通の業務を担当する事務組合も新たに設置するというのだ。これは市を分割する意義を逆に否定するものだ。「大阪維新の会」が市民に配った冊子によると、「四つの特別区になっても今までの市役所はなくなりません」「新しくなることも変わらないこともある」と改革を主張しながら今までと何も変わらないことをメリットとして伝えているが、これでは虻蜂取らずだ。
バラ色の記述になっている大阪維新の会のパンフレット
しかも、先の維新の冊子には「都構想にだって費用がかかるのは事実」とも堂々と表記している。まず、初期費用に約241億円という巨額が、ランニングコストも毎年30億円増えると試算する(ちなみに自民党は初期費用464億円、15年間のランニングコストなどを総計1340億円と試算)。初期費用の内訳は情報システム改修費が182億円、庁舎整備費が46億円などだ。いままでの区役所の庁舎はそのまま活用し、新たに特別区の庁舎は作らないのにこれだけの費用がかかる。
維新は初期費用の241億円について「大阪府が10年間で200億円補給するので大丈夫」と説明するが、その財源は、市から府への税の移管による。都構想が実現すると、大阪市税の約7割にあたる固定資産税や法人市民税、特別土地保有税の3税が府税に変わり、一定の割合が府から特別区に「財源調整交付金」として交付される。ただ、府に入ったお金を「調整して市に交付する」には府議会での議決が前提だ。
ところが、府議会議員の定数88のうち、市内各区の議員は27人で全体の3分の1に過ぎない。大阪府議会は、府全体の利害がからむ議事を議論して決める。「府がせっかく市から吸い上げた予算をそのまま市に戻すわけがない」。複数の府議会議員はこう断言する。市税から府税に変えられた予算は府全体にばらまかれる。ある保守系市議会議員は「橋下や松井は要するに市から吸い上げた多額の税金を、自分たちと利害関係のある大阪府南部の業者にばらまいて利権にしたい。これが(都構想の)本当の狙いだ」と意味深に語る。「維新のやることは支援者のひも付きが多いから」。維新の内情を知る関係者も思わせぶりに話す。
固定資産税は自治体にとって主要な財源だ。それを市から取り上げておいて「市の行政サービスの質は低下しない」というが、どうやって信じろというのか。市民の利便性が失われる疑念はほかにもある。構想では新たに庁舎を作らないため、北区の中之島庁舎に北区、天王寺区、淀川区の職員が一部同居する形が想定されるが、こんな指摘もある。「地震などの災害時、職員が別の区で動けなくなったらどうするのか」というものだ。また、市民が「料金が安い」と誇る水道事業も、かつて府との事業統合が検討された際、「市民に利点がない」として破断になった経緯がある。構想では府が市に代わって事業を行うが、あの議論はどこへ行ってしまうのか。料金も跳ね上がる可能性がある。だが、こうした疑念に対する維新の説明は詭弁やまやかしばかりで具体論が薄い。そもそも大阪市はコロナで21年度の税収が500億円減少するという試算を出したが、維新はその数字を都構想に反映していないのだから始末が悪い。
松井が市長を務める大阪市が、市の広報予算を使って、都構想のメリットばかりを説いた文書を市民に配布していたことも暴露された。その問題を指摘した市の特別参与に対し松井は「あの参与は何もわかっていない」とテレビで手厳しく批判したが、なんのことはない。参与と市の担当職員のやり取りの議事録があり、職員が文書について「賛成に誘導するための市政広報なので」と発言していたことがすぐにバレた。
大阪市発行の「設置協定書」の説明文も良いことずくめになっている
本誌が入手した市発行の協定書の説明書も「大阪市が直面している現状」にはいかにも問題が多いかのように描き、都構想を「意思決定がスピーディー」「身近なサービスに専念」とバラ色にしていた。だが、「全く逆。大阪市民にとってメリットはない」というのが、この構想を研究し尽くしたある識者の見方だ。
それにしてもなぜ、こんなハチャメチャな構想がまたも住民投票にかけられることになったのか。背景には、維新お得意のパフォーマンスと誤魔化し、恫喝の手法が大阪では功を奏してしまった現実がある。
前回(15年)の住民投票は維新対自民・公明・共産党という構図のなかで住民投票が僅差で否決された。しかし今回は、公明は賛成に回り、自民は全体で反対とはいうものの府議会、市議会それぞれで議員の意見が割れている。つまり、構想の中身がほとんど変わらないのに議会の勢力が都構想賛成寄りにシフトした。それが二度目の住民投票につながった。「議会で賛否を決めるのが民主主義だから問題はない」と維新支持者は言うかもしれない。しかし、そうなる過程で維新がしてきたことは耳に優しい言葉で府民の期待や歓心を誘う一方、敵対する政党の弱点をもろ手でつかんで締め上げるやり方だ。
5年前、府市議会は、構想はおろか住民投票にすら反対する政党が多かった。昨年4月の知事、市長のダブル選挙に維新が大勝したことで風向きが変わった。参院選挙や地方首長選挙でも維新への追い風が吹き続けた。弱ったところを狙われたのが中央政界では権力の中枢にいる組織政党だ。
公明党は「常勝関西」といわれる関西の組織地盤にひそむ弱点を維新に突かれた。15年11月の大阪府知事選と市長選のダブル選挙で松井が大阪府知事に、吉村が大阪市長に、「都構想」を掲げてそれぞれ当選すると、18年、公明党は都構想を話し合う「法定協議会」の設置に賛成した。ただ、公明党はもともと都構想自体には反対だった。19年の統一選や参院選でいきなり維新と手を組んで賛成に回れば、支持者は離反しかねない。そこでのらりくらりの対応に出た。
維新はこれでは都構想が自然消滅しかねないと考え、攻勢に出た。使った手は「脅し」だ。18年暮れ、松井がまず会見で「(公明党と維新との)密約文書がある」と暴露。密約文書は、「2017年5月に法定協議会案を可決する」「慎重かつ丁寧な議論を尽くし、今任期中(19年11月まで)に住民投票を実施する」という内容だった。解散総選挙情報が流布される中、公明党が常勝の関西6議席の小選挙区に維新の候補を立てさせないために結んだものという。そんな密約を結んだ公明党も公明党だが、政党同士の密約を暴露する維新も維新だ。
さらに松井や橋下から「踏みつけられたらそのままというわけにはいかない」とケンカを売られたため、公明党は反維新で固まらざるを得ず、術中にはまった。19年春、松井と吉村は前代未聞の「クロス選挙」に打って出て大勝。公明党が受けた敗北の衝撃はことのほか大きく、橋下に「次期衆院選で公明党のいる関西6小選挙区に維新は候補を立てる」とテレビでとどめを刺されて沈没。公明党本部から都構想賛成へと政策転換を迫られ、受け入れるしかなかった。
一方の自民党も公明同様、維新に揺さぶりをかけられて自壊した。安倍前首相時代、安倍、官房長官の菅義偉、橋下、松井の4人は食事を共にする仲だった。維新は菅に「安倍首相は都構想に賛成」と言わせるなどして自民党の分断を図り、自民党府連の存在を地に落とした。昨年のクロス選挙では都構想に反対の自民幹部の市議が次々と落選。昨年5月に自民党大阪府連の新会長に就いた渡嘉敷奈緒美はいきなり住民投票への賛成を表明して混乱を招き、半年で辞任した。維新と蜜月の菅政権が誕生し、自民党府連はさらに厳しいかじ取りを迫られている。
維新は奇手を操るより、府民の前で堂々と政策を戦わせて勝ったほうが正当性はあるに決まっている。こんな手法を乱発しては、都構想は、商売上手の維新が売る「中身のない箱」だと見抜かれてしまう。
維新のDNAを受け継ぐ男、吉村はコロナ禍の5月、30回以上もテレビに出演し、パフォーマンスを堅調にこなして知事人気を高めた。緊急事態宣言解除の「大阪モデル」を打ち出したところまではよかったが、その後、化けの皮ははがれる。だが、吉村は全く反省を示さず、その後もパフォーマンスを次から次へと繰り出し続けている。
だが、子供が新しいおもちゃに次々と飛びついては飽きて放り投げるように「空砲」を会見やテレビで打ち上げては「その後、ほとんど何もしない」(府庁職員)のが吉村の特徴。①医療用防護服に代わるものとして府民に提供を呼び掛けたものの、医療機関に十分に配布されなかった「雨合羽」問題、②府や阪大などが連携する「DNAワクチン開発」で実用化が間近であるように振る舞ったワクチン騒動、③8月に大阪ミナミの一部飲食店に行った自粛要請と解除、はいずれも吉村のパフォーマンスの成れの果てだ。
ホストクラブでの集団感染が確認された大阪ミナミの商店街の一角を対象に、感染対策をしている店には1日2万円の手当を出すとして8月上旬から20日まで休業や時短を要請したが、そもそも対象の線引きや解除の根拠が見えなかった。解除を決めた日も大阪は100人を超える陽性者を記録して重症者も増加、クラスターも散見された。知事が解除を決断した背景には実は一方的に吉村の標的にされたミナミ商店街幹部らの反発があった。
このため、吉村は9月に打ち出した飲食店のポイント還元策でミナミだけ手厚く優遇した。ただこれではミナミは吉村のパフォーマンスに付き合った見返りを受け取ったようにみられてしまう。
橋下、松井、吉村の「都構想夢物語」が本当に実現するかどうかはまもなく決まる。松井は「賛成しなければ任期終了次第、引退する」といったが、こんな空虚な構想に進退をかける政治家には一刻も早く辞表を出すことを勧めたい。(敬称略)