東京電力ホールディングス社長 小早川 智明 氏

真価問われる「小早川丸」未来を拓く「率先垂範」

2020年10月号 BUSINESS [トップに聞く!]

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小早川 智明 氏

小早川 智明 氏(Tomoaki Kobayakawa)

東京電力ホールディングス社長

1963年神奈川県生まれ。東京工業大卒。88年東電入社。カスタマーサービス・カンパニー・プレジデント、東京電力エナジーパートナー社長を歴任。全面自由化された電力小売り事業を指揮。17年6月に史上最年少(53歳)で現職に就く。エコキュートの開発により恩賜発明賞受賞。

――小早川さんは3年前に、最年少社長(当時53歳)となり、今年6月に日立製作所出身の川村隆前会長が退任。「小早川丸」の新たな船出となりました。

小早川 川村前会長には、3年前に大幅に若返った執行部を、時に厳しく時に優しく激励しながら「東電は自ら変わらなければならない。君の考えは?」と、常に問いかけてくださいました。前任の數土文夫会長と共通する点は、とにかくお客様を大切にすること。「お客様視点」の発想と最も距離があるのが、電力会社であることに気づかされ、頼れるお二人に甘えていた面もありました。会長がおられなくなった今は、名実ともに我々が前面に立ち、自分たちの力で舵を取らなければならないと痛感しています。

浜通りに「廃炉関連産業」興す!

――3年間を振り返り、手ごたえは?

小早川 社長就任時に「ひらく」「つくる」「やり遂げる」という三つの合言葉(経営方針)を掲げ、若返った部門長に少しミスがあっても、すぐに取り戻せる「ひらいた」関係になろうと呼びかけました。未来を切り拓くには内向きにならず、チャレンジする人財に活躍の場を与えなければなりません。自ら肝に銘じたことは「率先垂範」です。「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」(山本五十六)と、よく申します。そんな器じゃありませんが、「東電のノッポ(187㎝)」と呼ばれた私はタフさが持ち味です(笑)。まず私自身が現地に行き、見て、聞いたうえで、トラブルを起こした現場を叱るのではなく、立場を越えて解決策を一緒に考える。経営層が若返った分だけ、それぞれが運動量を増やし、現地・現物経営に転換したのはよかったと思います。

――福島県を頻繁に訪ね、「地元回り」が3年間に120日を超えたそうですね。

小早川 法人営業畑の私は原発の門外漢でした。初めて双葉町を訪ねた時、避難区域を正確に理解できず、地元の皆さまをひどく傷つけてしまいました。社長就任から半年余に延べ50日、4日に1度のペースで福島や柏崎に足を運び、次第に地元と向き合えるようになりました。

ある時、福島県知事の内堀雅雄さんが「過去を変えることはできないし、変えようとも思わない。なぜなら人生で変えることができるのは、自分と未来だけだからだ」と云う地元出身の偉人、野口英世の言葉を引き、「福島の未来に向けて一歩ずつ前に進む」と決意を述べられました。東電がいくら詫びても福島への責任を果たすことにはならない。福島の未来を拓く産業を浜通りに興すことが、我々の使命と考えるようになりました。

――1F事故から丸9年の今年3月、「復興と廃炉の両立に向けた福島の皆さまへのお約束」を発表しました。

小早川 昨年末、1Fの中長期ロードマップが改訂されるとともに、2F廃炉の実施に係る協定を関係自治体と締結しました。福島の復興を加速するには、この地で廃炉関連事業が活性化し、雇用や技術が生まれ、その成果が他の地域や産業に拡がっていくことが重要です。このため、地元企業への積極的な発注に加え、廃炉に携わる企業・関係機関の皆さまに発電所の近くにご進出いただき、地域の一員として力を貸してもらえないかと考えています。また、地元企業の皆さまには、これまでは設備の保守・点検や日常的な物品購入といった業務を中心にご協力いただいておりましたが、今後は新たな技術開発を要するモノ造りについても積極的にお願いしたい。中でも、遠隔操作ロボットやデブリの取り出し技術など、今後の廃炉事業に不可欠な機器・技術についても、可能な限り地域の皆さまと共に創り上げていきたいと思います。

――来春、1F事故から丸10年を迎えます。地元の期待が高まっています。

小早川 いま、廃炉事業は大きな転換点にあります。事故現場も安定し、今後の見通しを具体的に考える時期に来ています。10月1日に社長直属の「浜通り廃炉産業プロジェクト室」を創設し、廃炉産業を興す中心組織に位置付けました。

世界の潮流は「脱炭素」と「防災」

――台風シーズンの真っただ中。昨年の台風15号による長期停電の教訓は?

小早川 事前の体制構築が不十分だったうえ、全容把握に時間を要したことから、誤った復旧見通しをお示しし、皆さまに大変なご迷惑をおかけしました。

――千葉県君津市で6万6千V鉄塔2基が倒壊し、電柱2千本が損壊。48時間以内の復旧が不可能なのは明白でした。

小早川 初動の段階で情報収集が遅れ、工事力をどこに重点投入すればよいかわからず、復旧まで時間を要してしまいました。こうした課題に対して、初動段階で早期に情報収集できるよう事前の準備・体制を見直したほか、被害状況・作業状況や電源車等の配置の情報をデジタル化し、リアルタイムで管理できるシステムを整備しました。今後は、企業や自治体との災害協定による相互支援を進め、災害対応をより進化させていきます。

――東京・江東5区では大水害による250万人の被災・避難を想定しています。どのような緊急対応をお考えですか。

小早川 内閣府中央防災会議に報告された「首都圏大規模水害大綱」(平成24年)に基づき、対象となるエリア内の浸水リスク評価と計画的な対策を実施しています。変電所等の重要設備への浸水対策としては、昨今の水害発生状況や災害の激甚化を踏まえ、浸水軽減対策の現場適用を順次開始しており、電源復旧については水害による浸水状況、電力設備の被害状況や各設備の復旧難易度を総合的に判断し、国・自治体の災害対策本部と連携を図りながら、供給上の効果の大きいものから復旧を行うことにしています。

――「東電リニューアブルパワー」を分社化し、洋上風力に乗り出しました。

小早川 世界的に脱炭素社会の実現が大きなテーマとなっており、CO2フリーの電気への関心が急速に高まっています。このような流れをビジネスチャンスと捉え、サステナブルな「未来エネルギー社会」を創造する会社になりたい。「脱炭素」と「防災」は、社会からご信頼をいただくために、もはや不可欠な取り組みです。(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

   

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