昭和電工社長 森川 宏平 氏

コロナ禍をチャンスに変える土俵が広がった

2020年9月号 BUSINESS [トップに聞く!]

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森川 宏平 氏

森川 宏平 氏(Kohei Morikawa)

昭和電工社長

1957年東京都生まれ。東大工学部(合成化学科)卒。昭和電工入社。有機化学の研究開発畑を歩き、2013年執行役員。最高技術責任者(CTO)、取締役常務執行役員を経て17年1月より現職。6月23日に日立化成を完全子会社化した。日本化学工業協会会長を兼ねる。

――未曾有の危機にどう立ち向かうか。

森川 いつ「第二波」に襲われるかわからず、過去に例のない不透明感に覆われています。今、最も大切なことは「優先順位」を決めておくことです。我がグループが最優先すべきは協力企業の皆さんを含む全社員の健康を守ること。次に社会生活に不可欠な素材・部材の製造・供給を絶やさず、社会的責任を果たすこと。その上でコロナ克服後の布石も打たねばなりません。実は1番目と2番目の両立は非常に難しい。バランスを取りながら乗り越えなければならない。

この間、新型コロナの嵐が積もったホコリを吹き飛ばし、後回しになっていた経営課題が明らかになった面があります。わかりやすいのがテレワーク。現在、本社の在宅勤務は8割以上になっていますが、生産性を落とさずやっていけることがわかりました。サステナビリティ、働き方改革、DX……いずれも待ったなしの改革テーマになりました。変化に即応しなければ生き残れない。「ウィズコロナ」とは、平時には為しえないテーマを克服するチャンスでもあるのです。

ポートフォリオはきれいな「四象限」

――4-6月期はたいへんでしたね。

森川 これ以上落ちようがない底でした。稼ぎ頭の黒鉛電極が、コロナ禍による粗鋼生産の減少と在庫調整のダブルパンチを受け、歴史的な需要減に陥りましたが、ドイツの生産拠点を閉鎖し、損益分岐点を大幅に引き下げ、今では黒字が出るコスト競争力を回復しました。下期以降は需要回復が見込まれ、世界トップシェアの強みを発揮できると思います。

――時価総額の3倍(約9600億円)を投じた日立化成の買収を完了しました。

森川 コロナ禍の逆風とはいえ、10年、20年先を読む正しい判断だったと思います。昭和電工と日立化成の製品群は高い親和性と強い補完関係を有しており、目指す姿は「世界トップレベルの機能性化学メーカー」と「ワンストップ型先端材料パートナー」という二つの言葉に要約されます。実際、売上高1兆7千億円となる統合後のポートフォリオはきれいな「四象限」に分かれます。第一象限は成長のシンボルとなる製品群。日立化成が強い半導体素材やモビリティ部材、当社の電子材料用高純度ガスが代表例です。二番目は収益性と安定性を高レベルで維持できる製品群。当社のハードディスクや黒鉛電極など。第三象限は将来の成長分野。例えば日立化成のライフサイエンス関連製品(再生医療、診断薬)などを伸ばしたい。四番目は化学産業の技術進化を支える川上の「高分子・金属・粉」の製品群。当社が強い分野です。両社が一つになったことで、サプライチェーンの川上・川下を統合する製品群の厚みが増し、ポストコロナの成長に備える武器が揃ったように思います。

――半導体素材市場は好調ですね。

森川 コロナ禍でもGAFAのような巨大ITプラットフォーマーはビクともしません。彼らの成長の源泉はスマートフォンなどの「モノ」を売ることではなく、顧客体験としてのサービスを提供することです。それは市場の中心が従来の「モノ」づくりから「コト(サービス)」消費に移ったことを意味します。彼らが提供するサービスの質は半導体の性能にかなり依存しており、それを理解しているからGAFAは自動運転車や量子コンピュータの開発に乗り出したのです。より川上に位置する素材・部材メーカーの当社が、エンドユーザーのGAFAに選ばれるグループになるには、ワンストップ型の先端材料メーカーに脱皮しなければなりません。半導体やモビリティが強い日立化成は得難い戦略パートナーであり、買収額も妥当と判断しました。

――統合作業は順調に進んでいますか。

森川 経営トップ層によるステアリングコミティ(SC)を設け、既に10を超える分科会が発足し、両社事業の「選択と集中」や統合作業の進捗管理を行っています。完全子会社になった日立化成は、10月に昭和電工マテリアルズに社名変更。法人格が一つになる手続きは2~3年かかるが、1年後には共通の経営方針のもとで一体運営できるようにします。

SCを通じて改めて感じたことは、両社はそれぞれ多様な製品を持ちながら競合がなく、共に高利益率・高付加価値製品に活路を求めていることです。先の四象限についてもほぼ同じ認識であり、補完関係に期待するところが大きく、目指す姿も事業戦略も変わらないのです。

「コストシナジー」は実現可能

――売上高が3分の2の日立化成は、御社の2倍の従業員を抱えています。大規模な事業売却方針は変わりませんか。

森川 「営業利益が数十億円」「2桁の営業利益率」「景気に左右されない競争優位性」の3条件を満たす「個性派事業」を創出・拡大する基本戦略は不変です。わかりやすく言えば、先の四象限に載らないような事業は「選択と集中」の対象になり得る。いつ売るかはケースバイケース。早めに手を打つ場合もあれば、その逆もあるでしょう。コロナ禍に売り急ぐことはしませんが、当社の目指す姿にフィットする事業か、事業ポートフォリオの見直しが始まっています。

――大型買収に伴うのれん代(約5千億円)の定期償却はどうなりますか。

森川 昭和電工は日本基準ですが、日立化成は国際会計基準を採用しています。国際会計基準の場合、償却の必要がなくなります。統合に当たりどちらを選択するか、現在検討中です。いずれにせよ会計処理上の課題と考えています。

――統合後のシナジーとして年間200億円以上のコスト削減を見込んでいます。

森川 原材料の共同購買や製造プロセス・拠点・本社機能の統廃合を断行します。両社によるコストシナジー以外でも、単体で収益向上策も独自に実行し、既に200億円を超えるキャッシュ創出プランが挙がっています。当社も日立化成も古い会社です。コロナの嵐が組織に溜まった澱を洗い流し、危機感に目覚めた今こそ、平時には為しえない課題を解決する好機です。日立化成と一緒になったことでコロナ禍をチャンスに変える土俵が大きく広がったと考えています。

(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

   

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