障がい者スポーツ発祥の地・別府に「太陽ミュージアム」開館

障がい者が健常者と共に生き生き働き、暮らす「太陽の家」。創設者・中村裕医師の理念を後世に伝える体験型資料館がオープン。

2020年9月号 INFORMATION

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中村裕医師(1927年3月30日〜84年7月23日)

「日本の障がい者スポーツの父」といわれる整形外科医、中村裕医師をご存じだろうか。1927年大分県別府に生まれ、九州大学医学部を卒業。九大病院に勤務していた60年、パラリンピック発祥の地、英ストーク・マンデビル病院に留学。スポーツによるリハビリが身障者の身体機能回復に大きく寄与する事実を目の当たりにし、帰国後、障がい者スポーツの普及に情熱を注いだ。「身障者を見世物にするな」と批判を受けながらも64年東京パラリンピック開催に尽力し、選手団長を務めた。

東京パラリンピックは大きな課題を残した。障がい者の職業的自立である。施設や病院から通い、「保護」されていた日本の選手団にとって、仕事や家庭を持ち、健常者と同じように生活する海外選手の姿は衝撃だったのだ。中村医師は65年、「保護より機会を」「世に身心(しんしん)障がい者はあっても仕事に障害はあり得ない」という理念のもと社会福祉法人「太陽の家」を創設。三菱商事などの企業と共同出資会社を設立し、多くの重度障がい者を雇用した。

「思いやりの街」育んだ大分の宝

大陽ミュージアム

創設から55年。太陽の家の本部は共同出資会社の拠点をはじめ、食堂やスポーツ施設、スーパー、銀行、公衆浴場(温泉)も擁する一大拠点へと成長した。多くは地域の人々も利用でき、最寄り駅(JR亀川駅)まですべてユニバーサルデザイン。障がい者が健常者と共に生き生きと働き、暮らす「大分の宝」(広瀬勝貞大分県知事・長野恭綋別府市長ら)として大輪の花を咲かせているのだ。別府はバリアフリー先進地といわれるが、太陽の家の山下達夫理事長(三菱商事太陽・前社長)は「先輩方が積極的に街に出ていった結果かもしれません」と微笑む。「車いすで出かけても街の人たちはまず振り返らない。でも困っていれば黙って助けてくれるんです」(山下理事長)。

開館を祝う関係者(最前列左から4人目が山下達夫理事長、2列目左から6人目が四ツ谷奈津子館長)

そんな思いやりの街に新たな花が咲いた。7月3日太陽の家の敷地内に開館した「太陽ミュージアム ~No Charity, but a Chance!~」である。「中村裕の理念を後世に伝え、共生社会の実現をめざしていきたい」――。そう語る山下理事長も、障がいを持つ車いすユーザーである。77年に訓練生として太陽の家に入所。83年、三菱商事とのIT合弁会社、三菱商事太陽の設立と同時に入社した。三菱商事は障がい者スポーツ支援に熱心なことで知られるが、その原点でもある。「設立調印式の日、中村裕が『山下君、あとは君たちが頑張ってくれよ』と握手してくださった。あの手のぬくもりは忘れられません」(山下理事長)。翌年、中村医師は病気で57歳の生涯を閉じた。「中村裕は医師であり、発明家であり、経営者。世界を旅する国際人で、ITや在宅勤務の将来を予見した慧眼の持ち主でもありました。ミュージアムではそんな中村裕の横顔も伝えています」(山下理事長)。

パラリンピックの故郷で車いす体験

「空中タッチ操作パネル」を使った三菱商事大陽のブース

太陽ミュージアムのコンセプトは「学ぶ・体験する・感動する」。中村医師の功績や太陽の家の歴史を辿り、障がい者スポーツの魅力や就労の工夫を紹介する。段差のない、平屋の建物は約680平米。広場やホールも備え、地域の防災拠点や選挙の投票所にも活用できるバリアフリー設計だ。障がいのあるスタッフが、受付やショップ運営に携わる。「障がい者は条件を整えるだけで健常者と同じように仕事ができます。そのための治工具を数多く紹介しているほか、工夫を凝らした展示、体験ゾーンなど見どころ満載です。新たな発見を通じて感動を持ち帰って頂けたら」と、四ツ谷奈津子館長は語る。

共同出資会社のブースでは、各社の手がける仕事をわかりやすく伝える。三菱商事太陽は、新型コロナウイルスの感染防止策としても期待される最先端技術「空中タッチ操作パネル」を紹介。空中に浮かぶ仮想ディスプレーに指を触れるだけで画面を操作でき、在宅ワークの様子や社員の余暇の過ごし方などの映像を見ることができる。

レース用車いすなどに試乗できるスポーツ体験コーナー

競技用車いすの試乗やボッチャ体験も見逃せない。「車いすマラソンは、健常者の私がどんなに頑張っても時速10キロが限界ですが、選手は30~40キロで長距離を走るんですよ」(四ツ谷館長)。屋外には、坂道や砂利道、線路を車いすで乗り越え、バスケットゴールでスポーツも楽しめる本格的な体験ゾーンも設置した。入館料は大人300円、中高生100円、小学生以下無料。「No Charity, but a Chance!」パラリンピックの故郷の息吹を味わいに、あなたも出かけてみてはいかが。

(取材・構成/編集部 和田紀央、写真提供:社会福祉法人 太陽の家)

   

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