石破茂氏に聞く!(後編)/「東京一極集中」は危うい/コロナ後は「ホンモノ」の地方創生

号外速報(6月3日 09:00)(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

2020年6月号 POLITICS [号外速報]

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とにかく「知事の役割は大事だ」

1957年生まれ、鳥取県出身。慶大法卒。三井銀行を経て、86年の衆院選で全国最年少29歳の若さで初当選(鳥取1区・当選11回)。防衛庁長官、防衛相、農水相、内閣府特命担当相(地方創生)、自民党政調会長、幹事長などを歴任。父は建設事務次官、鳥取県知事、参議院議員、自治相を歴任した故石破二朗氏。「水月会」会長。

(イラストは「水月会」のHPより)

――新型コロナの影響の大きさをどのようにお考えですか。

石破 100年前、1918年~20年に流行したスペイン風邪は、世界中で1億人が亡くなったといわれています。日本でも42万人、当時の人口は5200万でしたから、今の規模感でいうと120万人が亡くなったくらいの未曾有の感染症被害でした。そんなに前のことを持ち出すまでもなく、新型インフルエンザ、SARS、MERSなどがありましたが、結論的に言えば、我が国は感染症に対して十分な備えができていなかった。準備がないものは対応できなかった。そのことは、私を含め大きな反省点です。100年前のスペイン風邪が世界を変えたように、今度も世界は変わるでしょう。どう変えるか、今のうちに考えておかなければなりません。

――東京都が発表する「今日の感染者数」を追いながら、働き方も休日の過ごし方も大きく変わりました。

石破 ひとつ、国民のなかで「知事の役割は大事だ」ということが共有されたのではないかと思います。緊急事態宣言が解除されましたが、この宣言の目的は、感染拡大と医療崩壊の阻止であり、都道府県知事たちが自主的な判断を行うことに法的根拠を与えるものでした。大都市の過密地域と、我が故郷である鳥取県のような過疎地域を同一に取り扱う合理性は乏しく、インフルエンザ特措法も地域の特性を考えたからこそ知事の権限を強化したのだと私は考えています。

 私の地元(鳥取県)の平井(伸治)知事は早い段階から「感染者が出ない今のうちに検査体制を整え、十分な医療体制を作る」とし、5月連休前にドライブスルーのPCR検査を導入し、無症状・軽症者を収容する宿泊施設も迅速に確保しました。「今後、県内で感染爆発が起こっても対応できる」と、実に頼もしい限りでした。

――作家の司馬遼太郎さんは「乱世は武将のホンモノと偽物を選り分ける」と書いていますが、知事にもピンからキリまでありますね。

石破 知事は4年に1度、県民の直接選挙で選ばれ、危機管理の全責任を負っています。これからの知事選挙では、全国でこの観点も重視されるようになるのではないでしょうか。

――国会は今、「黒川問題」で紛糾しています。コロナ禍と戦う全国1718の自治体首長は、「何事か」と呆れ返っていると思います。

石破 政府や自治体が施策を講ずるに当たっては「なぜこの施策を採るのか」「他の選択肢との比較において、どのような長短があるのか」「どのようなリスクが存在し、それをどう最小化するのか」を、論理的・可視的に簡潔に説明しなければなりません。感情的な訴えで一時的な人気が集まることはあるかもしれませんが、施策そのものに対する信頼は生まれない。国民と向き合い、まっとうな解決策を示す。それが、国、自治体を問わず、政治家の本来の役割だと思います。

「我が亡き後に洪水よ来たれ」ではダメ

――37万人の感染者と2万4千人の死者を出したニューヨーク州のクオモ知事がBBB(Build Back Better)という標語を使い始めました。「コロナ後の社会をよりよく」は人類共通の願いです。石破さんは「コロナ後の日本社会」を、どのように思い描きますか。

石破 コロナ禍はグローバリゼーションの「負の側面」を浮き彫りにしました。値段が安くできるからというだけで外国に依存することは少し見直さなければならなくなるでしょう。食料もエネルギーも、安全保障の観点からなにをどうミニマムとし、どの程度の価格を国民に許容していただくのか。議論を始めなければなりません。

新型コロナの影響が長引けば、2008年のリーマン・ショックや1990年代のバブル崩壊の後も日本では起こせなかった大きな構造的変化が、待ったなしとなるでしょう。

さらにコロナ禍は「東京一極集中」の危うさを際立たせました。5月末時点の感染者数は東京都5231人に対して鳥取県は3人です。私の地元では社会的距離(ソーシャルディスタンス)を取ることは容易いですが、都心の地下鉄網や高層ビルのエレベーターなどでは難しいでしょう。東京一極集中だからこそ、「三密」も起こりやすいのではないでしょうか。

我が国は首都圏(1都3県・総人口約3700万人)に人口が集まり過ぎです。全国の人口が減り、大阪圏や名古屋圏の人口も減り始めたのに、首都圏の人口だけが、今も増え続けています。

――政府の地震調査委員会は、今後30年以内に70%以上の確率で「首都直下型地震」が起きると予想し、最悪の場合、死者はおよそ2万3千人、避難者は720万人にのぼると想定しています。

石破 世界の主要都市と比較しても、東京の自然災害リスクは桁外れに高い。巨大地震が起きたら何もかもが崩れます。大水害のリスクも高く、想定を超える大型台風や豪雨に見舞われた場合、東京都江東5区の人口の9割以上、250万人が浸水被害に遭う恐れがあると言われています。

――江東5区では天気予報などで危険が迫っていると判断すれば「ただちに区外退去」の広域避難勧告を出す計画ですが、大雨が降るたびに荒川や江戸川が氾濫しないか、ビクビクしながら暮らさなければならない。

 石破 かのポンパドゥール夫人の「我が亡き後に洪水よ来たれ」ではないが、自分が生きているうちにはカタストロフ(大惨事)は来ないと思い込んでしまってはいけません。科学的な根拠に基づいて、最悪の想定に備える必要があるのです。

「看板」ではなく「ホンモノ」の地方創生

ライフワークは「安保」と「地方創生」

(イラストは「水月会」のHPより)

――「未知のウィルス」がどこからともなく襲って来たように、直下型地震も大洪水も音もなくやって来ます。

石破 人類の歴史は感染症との戦いでもあります。人々の価値観もパンデミックによって大きく変わるところがあるかもしれません。「三密」を避ける行動変容を迫るコロナ禍は、元の生活に戻るのではなく、より安全な環境と健康的な生活を求める「気づき」につながった面もあるのではないでしょうか。

実際、私も連日のようにWebミーティングに参加しています。「水月会」の例会もオンラインです。対面の時とはまた違って、出席者全員が発言したり、議論がさらに活性化されたりといった変化もあります。テレワークはビジネスにおいても「新常態」になるでしょう。在宅勤務や短時間勤務が当たり前になれば、「満員電車の通勤ラッシュ」は死語にできると思います。

――我が国の合計特殊出生率は1・42。東京は最も低い1・20です。「東京一極集中」が少子化の原因ではないですか。

石破 地方圏の若者が首都圏に流出し、結婚して子どもを育てる環境に適していない東京での晩婚化・晩産化が進み、少子化に拍車をかけています。東京は消費地です。生産する地方が衰退して消費する東京だけが生き残る、そんな国家などあり得ません。

 コロナの影響により、テレワークに加え、ディスタンスラーニング(遠隔教育)、テレメディスン(遠隔医療)が急速に進んでいます。これらが新常態となれば、全国的な教育・医療格差の解消が進み、若年世帯が子どもを育てやすい地方に移住する可能性が高まると思います。

人口が集中し過ぎた東京は災害にあまりにも弱く、決してサステナブルではない。ポスト・コロナでは「首都機能移転」も含め、自然災害に強い分散型国家を目指すべきです。「看板」ではなく「ホンモノ」の地方創生を強力に推進することが、日本全体の復活のカギとなるのです。(完)

   

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