現地ルポ ブラジル「感染爆発」は人災/「トランプ追随」ボルソナロの狂気

号外速報(6月1日 16:15)

2020年6月号 BUSINESS [号外速報]
by 永田 翼(ジャーナリスト)

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新型コロナウイルスの脅威を否定し続けるボルソナロ大統領(Wikimedia Commonsより)

5月30日時点でのブラジルの新型コロナウイルス感染者数は49.8万人で米国に次いで世界2位、死者は2万8834人で4位だが、2位になるのは時間の問題とされている。ここまで急激に事態が深刻化したのはなぜなのか。

ブラジルでの感染者第1号は、イタリア旅行から帰国したサンパウロ市の企業家男性で、2月26日のことだった。中国やイタリアでの感染拡大を受け、対策を練っていたブラジル保健省の動きは速かった。28日に蔓延防止のための手洗い、マスク着用、自宅待機などのキャンペーンを始め、地方政府との連携、調整を進めた。そして世界保健機関(WHO)によるパンデミック宣言から2日後の3月13日、地方政府に対して大規模イベントの中止など社会的封鎖策の導入を勧告し、治療態勢強化のための予算配分も決定した。

ここまでは良かったが、勧告発表の翌日、マンデッタ保健相(当時、後に解任)は政権中枢の官房長官から勧告の撤回を求められた。当時ブラジルでは死者が一人も報告されておらず、政権首脳と国民の大半にとって、コロナは対岸の火事だった。コロナを軽視するボルソナロ大統領にしてみれば目障りなスタンドプレーでしかなかったのだろう。

迷走する「ブラジルのトランプ」

3月初旬、ボルソナロはフロリダでトランプ米大統領と会談した。二人の大統領にとって、コロナは遠い中国を襲った災難であり「笑い話」に過ぎなかった。この時点で徹底した対策に取り組んでいれば米国とブラジルがコロナ蔓延の中心地になることは避けられたかもしれない。

ボルソナロは、大統領に当選する前から「ブラジルのトランプ」とも揶揄されてきた。フロリダから戻るとトランプに追随するかのように「コロナはちょっとした風邪で、気にすることはない」と言い張り、コロナ対策の無視を決め込んだ。支持者のデモに参加し、これ見よがしに密な接触を重ねていた。

ところが、フロリダ会談の随行者45人のうち実に23人がコロナに感染していたことが判明。不安に駆られたボルソナロは3回も検査を受けていた。隠す必要もないだろうに検査結果の公表を渋ったが、情報公開を求める新聞社が提訴し、最高裁は公表命令を出した。結果は陰性だったが、1、2回目は偽名、3回目は匿名だった。検査自体、信頼性が疑わしいものだが、感染していようものなら、元陸軍大尉で身体だけは丈夫な大統領のイメージが失墜するとでも思ったらしい。

そうしたなか、マンデッタ保健相は政権首脳の意向に逆らって、地方政府と連携したコロナ対策を主導していた。3月23日にサンパウロ州知事は非常事態宣言とも言うべき、不要不急の商業活動を規制する政令を出し、社会封鎖が始まった。全てのレストラン、カフェ、バー、商店、ショッピングセンターが閉鎖された。病院、警察、清掃、スーパーマーケット、ガソリンスタンド、銀行、公共交通機関など、社会機能の維持に必要不可欠なサービスは継続したが、実質的な外出自粛要請だった。

マンデッタは記者会見の場でオープンかつ丁寧に「このままいけば医療崩壊も起き得る」と社会封鎖の必要性を説き、国民の協力を求めた。国民の間でマンデッタの姿勢を評価する声が高まり、世論調査での「マンデッタ支持」は76%に達した。一方、大統領再選しか頭にないボルソナロは、閣内で急浮上してきた潜在的な対立候補を潰そうと躍起になった。大統領への支持は33%しかなかったからだ。

経済優先を主張していながら、肝心の経済対策でも迷走した。ボルソナロと側近のゲーデス経済相は金融緩和でコロナ禍を乗り切れると楽観視し、企業への緊急融資は打ち出したものの、貧困層の救済手当は一人当たり僅か600レアル(約1万2千円)にとどまり、解雇を避けるため給与削減を認める労働契約の変更など、弱者に皺寄せがいく「経済ファースト」しか行わなかった。

さらに、連邦政府は、地方政府が実施する社会封鎖の撤回も試みたが、決定権は州知事、市長にあると最高裁は判断した。コロナ対策で大統領は完全に脇役に追いやられてしまったのだ。

「抗マラリア薬」承認をごり押し

2022年の大統領選挙で対抗馬になりそうな州知事たちの存在感を打ち消すには、経済活動自粛を強いる社会封鎖に不満を抱く人々を糾合するしかない。大手企業だけでなく、収入が途絶えた商店、レストランでは、1日でも早い営業再開を求める声が高まっている。ボルソナロは自分がヘゲモニーを取れないコロナ対策を否定し、早期の経済再開を主張し始めた。

ここで、もし国民にコロナ特効薬を与えることができれば、大統領再選は間違いない。コロナ治療への有効性を売り込んだ会社があるのだろうか。ボルソナロは、トランプも推奨するマラリア治療薬クロロキーナの使用を主張し始めた。薬事審議会は当初、治験もない薬品のコロナ薬としての承認を拒否したが、諦め切れないボルソナロは審議会に強引に出席して承認させる暴挙に出た。結局、審議会は患者と医師の同意があることを条件に承認はしたものの、服用の推奨はしていない。

ボルソナロは、マンデッタに社会封鎖の方針転換とクロロキーナのコロナ治療薬としての公式採用を命じた。医者でもあるマンデッタはどちらも拒んだ。「医者は患者を見捨てない」と自らの辞任を拒否し、4月16日に更迭された。後任となった腫瘍医のタイシもクロロキーナの採用を強制され、1カ月と持たず消耗しきって辞任した。3人目の大臣は上からの命令に絶対服従する軍人から登用されそうだ。なおWHO は治験患者の生命を危険に晒すリスクが高いとし、クロロキーナの臨床試験を中止している。

米国と並ぶ感染大国となった今もなお現実を見ようとせず、感染抑止策から目を背け、マラリア薬による一発逆転にこだわり続けるボルソナロはほとんど常軌を逸している。

3月半ばからの社会封鎖策でブラジル経済は急速に悪化した。コロナの影響がまだ少なかった第1四半期のGDPは、前年同期比で-1.5%だった。第2四半期は-12.15%、年間では-6.5%が予想されている。1~3月の平均失業率は12.6%だが、解雇、倒産が本格化するなかでどこまで上がるか予想すら困難だ。

サンパウロ市内のスーパー「Santa Lusia」の前で並ぶ人たち(筆者提供)

5月末現在、私が住むサンパウロ市では、見たことのない光景が広がっている。買い物や外食ができなくなり、映画館、美術館、ライブハウス、スポーツジム、学校、公園は閉鎖され、サッカーの試合、イベントもなくなった。ネット授業や自宅勤務が当たり前になり、路上は閑散としている。しかし義務付けられたマスクを着用すれば交通機関を利用することもでき、スーパーマーケットやパン屋、青空市は1.5メートルの社会的距離を取ることで機能している。封鎖されてはいても、散歩はできる。ストレスは溜まっても生活はできる。外出自粛の遵守率は50%程度だろうか。しかし、家に籠っていれば実態の見えない経済の破綻は分からない。かなり深刻であることは確実だ。

地域別の感染者数は、南東部のサンパウロ州やリオデジャネイロ州、そして北西部のアマゾーナス州、北部のパラー州などに多いが、他州への蔓延も懸念されている。また高齢者や糖尿病など持病を持つ患者ばかりでなく、貧困層での感染拡大が深刻である。現在のところ一部の病院で病床、集中治療室の不足は生じているが、まだ全面的な医療崩壊には至っていない。それでもボルソナロに忠実な国家情報局(ABIN)までが、5月30日、感染者急増に伴う医療崩壊を懸念し、社会封鎖の必要性を警告した。

サンパウロ州では、6月1日から経済活動の段階的再開を決めたが、サンパウロ市は6月15日まで社会封鎖を継続する。サンパウロ市長が時期尚早と判断したからだ。諸外国では、第2波やぶり返しの懸念は残るものの封鎖の解除が進んでいる。大統領の「狂気」に振り回され、連邦政府が足を引っ張り続けるブラジルでは、終息への道は遠のくばかりだ。

著者プロフィール

永田 翼

ジャーナリスト

ブラジル・サンパウロ在住。マーケット情報ブログ「とれたてサンパウロ」主宰。

   

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