戦後最大の「感染爆発」日本は耐えられるか

東京五輪の開催国・日本は、感染爆発を食い止める具体策を、中国に代わって世界に示す義務を負う。(2月10日14:30)

2020年2月号 EXPRESS [号外速報]
by 藤和彦(独立行政法人・経済産業研究所上席研究員)

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「電子顕微鏡で観察されるコロナウイルスは、直径約100nmの球形で、表面には突起が見られる。形態が王冠“crown”に似ていることからギリシャ語で王冠を意味する“corona”という名前が付けられた」(国立感染症研究所)

昨年12月に中国で発生した新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。世界保健機関(WHO)が1月30日「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言」を出し、日本政府は翌31日湖北省に滞在していた外国人の入国拒否を発表した。これは出入国管理法に基づく措置であり、特定の国や地域を対象に適用するのは史上初である。

合せて2月2日までに日本政府のチャーター機で武漢市から帰国した日本人569人のうち8人が新型コロナウイルスに感染していることが判明した。

感染率は約1・5%であり、専門家はこの数字に注目している。これにより武漢市における新型コロナウイルスの感染率がおおよそ推定できるからである。

この感染率を武漢市全体(人口約1100万人)に適用すると、約17万人が感染していることになる。中国当局が発表している感染者数の10倍以上である。

中国メディアによれば、1月23日に封鎖される前に武漢市から日本にやって来た中国人は1・8万人に上るとされ、これに1・5%(感染率)を掛けると、270人の新型コロナウイルス感染者が日本国内を移動したことになる。中国での新型コロナウイルスの感染爆発は不可避であり、人の往来規模を考えると、日本でも感染拡大が起きる可能性は高いと言わざるを得ない。

焦眉の急「検査体制」確立

休日返上、連日徹夜の厚生労働省(東京・霞が関)

WHOの感染症対策で最前線にいた東北大学の押谷仁教授は「中国以外の国で最初に感染拡大するのが日本になる可能性は十分に考えられる。日本で感染連鎖がすでに成立している可能性もある。ある日突然それまで見えなかった流行が顕在化することになる」(2月3日付日本経済新聞)と警告を発する。

新型コロナウイルスの日本での感染率が武漢市と同じ(1・5%)と仮定すれば、日本全体で約190万人が感染することになる。感染しても発症しないケースが少なくないことから、仮に半数が発症したとすれば95万人の患者が日本で発生する計算になる。そのスケールを、戦後日本で大流行したインフルエンザと比較してみよう。

最初に蔓延したのは1957年に発生した「アジア風邪」である。日本国内で約63万人が感染し、5700人が死亡した。次に流行した68年の香港風邪では、国内で約13万人が感染し、約1千人が亡くなった。

即ち新型コロナウイルスの感染者数(95万人)は戦後最大になる可能性が高い。とはいえ感染規模が、必ずしも事態の深刻さを意味するわけではない。

日本では通常のインフルエンザに毎年約1千万人(新型コロナウイルスで想定される患者数の10倍以上)が感染し、1万人が死亡する年もある(致死率は0・1%以下)。

最近の研究から、新型コロナウイルスの感染力や病原性(毒性)は、通常のインフルエンザとほぼ同程度であることがわかってきている。日本での新型コロナウイルスの感染拡大が目前に迫っているとしても、インフルエンザを想定した既存の感染症対策が有効なはずである。

通常のインフルエンザの場合、簡易検査の方法が普及し、タミフルなどの治療楽があるが、新型肺炎の症状はよくわからず、検査方法が確立していないことから、人々の恐怖心を煽るのは間違いない。

09年にメキシコで発生した新型インフルエンザが世界で流行ったことがあるが、日本国内の感染者は約13万人に過ぎず、致死率も0・16%と、世界で最も低かった。しかし、医療機関に設置された「発熱外来」に患者が殺到し、パンク状態になってしまった。

焦眉の急となった新型コロナウイルス対策の肝は、国内でパニックを起こさせないことである。そのために何より急がれるのは、希望者全員を検査することができる医療体制を整えることだ。「感染したかもしれない」と不安になっても、すぐに検査できるなら、本人も周囲もパニックに陥らずに済むからだ。

「五輪開催」資格を失う?

国立感染症研究所は1月31日、「簡易に検査できる技術の開発を急ぐ」との方針を明らかにした。 厚労省は2月3日、「2月上旬を目途に全国335カ所に新型肺炎の専門外来を設置する」と発表し、日本で1日当たり検査できる能力は約1500人になった。「自前主義」にとらわれることなく、今すぐ入手可能な検査キットをかき集め、医療現場、とりわけ最初に患者が訪れる開業医に提供すべきである。

スイスの製薬大手ロシュはSARSウイルスの特定に利用した技術の一部を利用し、新型コロナウイルスを検出する検査キットを既に開発しており、世界各国から問い合わせがあると報じられている。現在1人当たりの検査費用は約1万円、仮に300万人(予想される発症者の約3倍)が検査を受けたとしても、予算は300億円で済む。

厚労省は2月9日、クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」の乗客乗員70人の集団感染を確認したと発表し、日本国内の感染者数は96人になった。一方、中国本土における感染者数は1日3千人規模で増え続け、9日時点で4万人を超え、死者数は900人を上回り、02年に蔓延した重症急性呼吸器症候群(SARS)による世界全体での死者数(774人)を超えた。

検査キットに次に大切なのは、感染者の重症化を防ぐ治療薬の提供である。ワクチン開発が始まっているが、その実用化には1年以上を要する。「既存の抗ウイルス薬などが効く」との見方もあり、エイズウイルス治療薬などが新型コロナウイルスから生ずる肺炎治療に効果を挙げていると報じられ、日本でも同様の治療が始まっている。増殖に必要なタンパク質分解酵素が、エイズウイルスのそれと類似しているからだという。

クルーズ船の集団感染で明らかなように新型肺炎は感染力が強く、我が国の「水際対策」はもはや手遅れである。とはいえ検査体制が確立され、重症化を防ぐ治療法が存在することがわかれば日本国内でパニックが起こることはないだろう。新型インフルエンザへの対応と同じように、世界に誇る日本の医療システムが機能するからだ。

むしろ日本は感染爆発の被害を最小に食い止める具体策を、中国に代わって世界に示す義務があるのではないか。それができなければ5カ月後に迫る東京オリンピック・パラリンピックの開催資格を失いかねない。

著者プロフィール
藤和彦

藤和彦

独立行政法人・経済産業研究所上席研究員

1960年生まれ。早大法卒。経産省入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。内閣情報調査室に出向した際に、危機管理としての感染症対策の研究に従事した。『石油を読む(第3版)』など著書多数。

   

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