「安倍そっくり」黒田日銀総裁の国会答弁

2020年2月号 POLITICS [特別寄稿]
by 海江田万里(立憲民主党最高顧問・元経済産業大臣)

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昨年12月に発表された日銀の短観(全国企業短期経済観測調査)の結果を見て、「黒田総裁の下で行ってきた大規模金融緩和は何だったのか?」と自問した日銀マンが多かったのではないか。そこに表れた数字は、大企業・製造業の業況判断指数がゼロとなり四半期連続で悪化し、遂に6年9カ月ぶりの低水準を記録したことになる。

6年9カ月前の2013年3月は、黒田東彦氏が第31代日本銀行総裁に就任した正にその時で、4月には、記者会見で、大規模な量的・質的金融緩和の導入を華々しく打ち上げた。

消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」は前任の白川方明総裁によって黒田総裁就任の3カ月前に導入されていたが、黒田総裁は、それを2年で実現すると大見得を切った。その約束が6年9カ月経った今も実現していないことは周知の事実である。

13年4月の黒田総裁の会見では、「量的・質的金融緩和」の導入の具体策として、長期国債の日銀保有残高の増加額を年約50兆円とすることを明らかにした。半年後の10月には約80兆円に増額され、購入額はその後徐々に減らしてはいるものの、国債の大量買い入れは現在も続けられている。こうした政策は財政法が禁じている日銀による「財政ファイナンス」ではないかとの指摘は、当初から存在した。

我田引水の「へ理屈」ばかり

感情剥き出しの黒田総裁(11月29日衆議院財務金融委員会)

私は昨年11月29日、衆議院の財務金融委員会で黒田総裁に質問する機会があったので、最初にこの点を質した。折しもこの日の日本経済新聞の朝刊に黒田総裁の前々任の福井俊彦氏の口述回顧録が大々的に掲載された日だった。その福井元総裁の口述回顧録の肝(きも)は、自身が進めた量的緩和政策、わけても長期国債の買い入れに問題があったと認めている点だ。

「(長期国債を)着任後はもう買い増ししないとひそかに心に決めた」と述べ、その理由として「長期国債を抱えすぎて、財政政策との敷居が低すぎるリスクは避けよう」と考えたことを挙げている。温厚な福井元総裁のことだから、黒田総裁への当てこすりなど毛頭なく、日銀総裁経験者としての心からの反省と思われる。

「福井元総裁のこの発言をどう受け止めるか?」との私の問いに、黒田総裁は「ご発言そのものについて何かコメントするというのは差し控えますけれども」と前置きして、その後は「中長期の金利を下げるためには長期国債を買う必要がある」との自説を滔々と述べていた。この答弁の仕方は、彼の実質的な任命者である安倍総理の国会での答弁にそっくりである。また、マイナス金利政策の得失についても、黒田総裁は「量的・質的金融緩和政策導入以降は、失業率は2%台の前半まで低下しておりまして、雇用者所得も緩やかに増加するなどの効果をもたらしている」と述べている。

現在の我が国の人手不足は、アベノミクスのお陰でも、日銀の量的・質的金融緩和策の効果でもなく、日本の人口構造の変化の問題として深刻に捉えるべきというのが大方の理解だろうが、安倍総理も黒田総裁も、自分の手柄だと我田引水の「へ理屈」を展開する。

この日の委員会の質疑で一番驚いたのは、私の後で質問に立った、階猛(しなたけし)議員(無所属)への答弁で、「私は、委員のような考え方は全く持っておりません。おっしゃったことも全て間違っていると思いますし、意見を全く同一にしておりません」と語気を強めて反論した場面だ。テレビの討論番組などでは、エキサイトした論者が時折、こうした応酬をすることがあるが、国会の委員会で日銀総裁と、国民を代表する国会議員とのやり取りで、これほど感情を剥き出しにした日銀総裁の答弁は聞いたことがない。質問する階議員の態度は冷静沈着で、論理的に黒田総裁が推し進める金融政策に対する意見を開陳していたに過ぎない。経済学者や金融の専門家の中でも階議員の考えを支持する人は決して少なくない。黒田総裁のこの日の答弁は、議論する相手を敵か「おともだち」かに二分して、敵の意見には一切耳を貸さない安倍総理の独善的な姿勢がそのまま乗り移ったかのような態度で、非常に後味の悪いものだった。

会計検査院が極めて異例の指摘

長い日銀の歴史の中で、これまで総裁任期を2期全うした人物はいない。それだけ激務であるし、金融・経済の変化は目まぐるしいことを改めて思い知らされる。安倍総理はすでに憲政史上最長の総理在任期間を達成して、この夏の五輪を花道に総理の座を引くのではとの観測も出始めた。

一方、黒田総裁も、歴代の日銀総裁の在任記録保持者である第18代総裁の一万田尚登氏(1946年6月1日~54年12月10日)に迫っており、2期目の満期まで務めればこの記録を抜くことになる。仮に安倍総理がこの秋に総理の座を降りて後任に道を譲った場合、黒田総裁はまだ任期が2年以上残るわけだが、どう身を処するつもりであろうか。

黒田日銀総裁在任の6年9カ月の間に日本銀行のバランスシートは大きく変貌を遂げた。昨年10月末で、総資産は575兆7千億円。うち国債は484兆8千億円、ETF(上場投資信託・簿価)は27・9兆円。総資産は一昨年末ですでに我が国のGDPを上回っている。米国のFRBの総資産は対GDP比2割弱、欧州中央銀行の総資産は対GDP比3割弱と、日銀の総資産が突出している。

世界的な株高でETFは含み益が4兆円を上回っているが、損益の分岐点は日経平均で約1万9千円。大量保有の国債は金利が上昇すれば、時価が暴落し、国債と両建てになっている当座預金の利払いが急増する。今は利益が上がっている日銀だが、世界経済に変調が生ずれば、日銀の急激な財務の悪化は避けられない。見かねた会計検査院は最近の決算検査報告で日銀に対し「財務の健全性の確保に努めることが重要」と指摘した。極めて異例なことだ。

黒田総裁の残したツケは自身が辞めて清算される問題では決してないということを改めて指摘しておきたい。

著者プロフィール
海江田万里

海江田万里

立憲民主党最高顧問・元経済産業大臣

   

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