元東亜燃料工業社長 中原 伸之 氏

「脱炭素」未来を拓く水素エネルギー革命

2020年2月号 BUSINESS [エキスパートに聞く!]

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中原 伸之氏

中原 伸之氏(なかはら のぶゆき)

元東亜燃料工業社長

1934年東京生まれ。東大経済学部卒、米ハーバード大大学院修了。59年東亜燃料工業入社(現JXTGホールディングス)。86~94年同社社長。日本銀行政策委員会審議委員、金融庁顧問など歴任。

――無資源国・日本の活路は「水素」と語り続けてきました。

中原 1976年、77年に母校東大の学生800人に「エネルギー産業論」を講義した際、薪炭から石炭、石油、天然ガスに至る燃料の進化を説き、やがて脱炭素の「水素文明」の時代が来ると予見していました。

――欧州連合が気候変動対策として2050年に温暖化ガスの域内排出「実質ゼロ」に合意し、日本企業は戦々恐々です。

中原 18世紀後半からの産業革命において、人類は「蒸気」と「石炭」を用いる「第1次エネルギー革命」を成し遂げた。1859年、アメリカで有望な油田が次々に発見され、「石炭」から「石油」へ(固体燃料から液体燃料へ)転換したのが「第2次エネルギー革命」です。その後「脱石油」が叫ばれ「天然ガス」や「シェールガス」が利用されるようになったが、いずれも二酸化炭素を出す化石燃料でした。21世紀以降の世界経済の停滞は、化石燃料に偏したエネルギー革命の限界であり、新たなエネルギー革命を巻き起こす技術革新が行われない限り、人類の未来は拓けないでしょう。

――なぜ、次は水素ですか。

中原 水素はこれまでの化石燃料と同様に家庭・商業用、工業用、輸送用、発電用の4大用途で膨大な新規需要を喚起することができます。しかも気候温暖化の切り札は、これしかない。また、水素は、再生可能エネルギーの利用を含め、多様な方法で製造・貯蔵・輸送できるため、国内外のあらゆる場所から供給可能です。さらに、日本では40年以上にわたり水素エネルギーの研究・開発がなされており、世界で初めてエネファームや燃料電池自動車を製品化するなど、用途面で世界をリードしてきました。世界的な低炭素に向けた水素の活用により、将来的に全世界で2・5兆ドルの市場が創出されるという試算もあります。

――夢のような話ですね。

中原 夢どころか、グローバル企業は「脱炭素イノベーション」の先を争い、多くの国が水素技術支援に動いている。水素革命には数十年かかるが、熾烈な国際競争が始まっているのです。

――日本の水素関連予算(20年度)も700億円に増えた。

中原 昨年9月、経産省は「水素・燃料電池技術開発戦略」を発表し、重点的に技術開発に取り組む3分野を特定しました。中でも私が注目するのは「水電解技術分野」です。水素革命には、大規模な水素供給システムが不可欠です。経産省のロードマップには30年頃、海外の未利用資源や再生可能エネルギーから水素を製造し、海上輸送するサプライチェーンの構築を目指すとあります。しかし、水素革命のカギを握るのは、数十年後を見据えた革新的な技術開発、水の物理化学的特性を利用する水素製造技術と見ています。すでに「アルカリ・固定高分子膜」や「アニオン交換膜」を用いた水電解が知られていますが、日本にはそれ以外にも革新的な技術があり、安価で安定的な大規模供給を目指しています。もし、こうした製造装置が完成したら、日本は水素という国産エネルギーを持つことになり、近代国家として初めて無資源国の弱みを払拭することになります。水素革命を加速すべき時です。

(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

   

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