豊田章男社長の覚えめでたい日経新聞の元トヨタキャップが半年間、トヨタの経営中枢で勤務する。日経のトヨタ報道は客観性やチェック&バランス機能を保てるだろうか。(9月2日07:00)
2019年9月号 COVER STORY [号外速報]
トヨタ自動車の豊田章男社長
トヨタ自動車は10月1日付で、日本経済新聞社経済部デスクの西岡貴司次長を、経営中枢の総務・人事本部付として迎える人事を決めた。来春までの約半年間、豊田章男社長の業務秘書的な立場で、社長肝煎りのオウンドメディア『トヨタイムズ』の編集業務などに当たる。
日経には従来から企業に記者を送り込むインターン制度があるが、企業の実情を学ぶのが目的のため、概ね入社数年程度の若い記者が対象で、送り込まれる職場も商社の海外支社など事業現場が中心だった。
一方、この度トヨタに赴く西岡氏は1997年に東大を卒業して日経入りした入社23年目のベテランだ。主に産業部(現企業報道部)でベンチャー企業やバイオ企業、商社を担当。2011年から14年まで名古屋本社編集部でトヨタ担当キャップを任されていたときは、レースドライバーのライセンスを持つ豊田氏が社長になって初めて出場した「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」に同行取材するなど、「豊田社長への密着度が高い記者」として知られていた。ベテランでしかもトヨタトップに近しい西岡氏がトヨタの経営中枢に近接するポストに送り込まれる点で、今回の人事は異例中の異例と言える。
トヨタは現在、自社メディア、トヨタイムズの発信力を強化している。いまのところはまだ旧社内報『TOYOTA クリエイション』の延長のような存在だが、将来的には外部に向かってニュースを発信する力を持つメディアに育てる狙いがある。とはいえ、クルマ造りで一流の技術を持つトヨタも、ニューススタイルの記事や映像を制作するノウハウはなく、そうした点を「カイゼン」することが喫緊の課題だった。
西岡氏の人事に先立ちトヨタは、自社の渉外広報部員を中日新聞社の運動部に送り込み、プロ野球取材などの現場経験を積ませていた。今回は西岡氏に、豊田氏の業務秘書的な立場で入ってもらい、トヨタイムズ強化のための助言が経営トップに直接伝わるようにする。
一つ考えなければいけないことは、今回のようなベタベタ感のある人事を展開してしまって、日経のトヨタ報道は今後、チェック&バランスの機能や客観性を保てるか否かという点だ。
トヨタでは、豊田氏とトヨタの人工知能の研究開発を担う子会社TRI―ADに出向している長男の大輔氏が、親子鷹でカーレースに出場しているほか、親子で仲良くラジオ番組に出演したことがある。トヨタを担当する新聞やテレビの記者のうち、こうした豊田親子のモーターファンを増やそうとする取り組みを熱心に取材する記者は豊田氏の覚えがめでたく、逆にトヨタの経営問題をガチンコに取材する記者は疎まれる傾向がある。
過去には、カーレースを熱心に取材していた毎日新聞社の経済部記者がヘッドハントされトヨタに転職した事例もある。こうした現場記者の選別によってトヨタという世界企業に対する新聞やテレビのチェック&バランス機能は年々弱まっているだけに、今後の日経の企業報道が心配だ。
今回の人事は、ひいては新聞やテレビの企業報道を完全に崩壊させる可能性も秘めている。
トヨタイムズが始動して以来、豊田社長は既成メディアの取材にはなかなか応じない一方、自社メディアのトヨタイムズには積極的に露出するようになった。今年の「春闘」をめぐってトヨタは、既存メディアの報道など外部機関を通じてではなく、トヨタイムズを使って直接発信しようとする姿勢を明確にした。さらにトヨタは既存メディアに対し、「トヨタイムズ」への記事の出稿を呼びかけたり、タイアップ企画などを持ち掛けたりするなど、コンテンツの提供をしきりに求めるようになっている。
トヨタは都合のいいことを書いてくれる記者を選別するだけでは済まず、情報発信にあたっては、外部の新聞・テレビ記者に一切頼らない仕組みを作り上げようとしているように見える。もちろんこうした状態で発信される情報に客観性は存在しない。それに手を貸すのが日本最大の経済紙とはなんとも皮肉なことだ。