三井住友フィナンシャルグループ社長 太田 純 氏

失敗恐れずカラを破れ 私の仕事は「社長製造業」

2019年9月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]

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太田 純 氏

太田 純 氏(Jun Oota)

三井住友フィナンシャルグループ社長

1958年京都府生まれ。京大法学部卒業。82年旧住友銀行入行。2009年三井住友銀行執行役員。15年に新設されたITイノベーション推進部の担当役員としてベンチャー企業との協業やキャッシュレス決済事業を推進。17年三井住友フィナンシャルグループ取締役兼副社長。今年4月より現職。

――参院選で与党が信任を受けました。

太田 政権の安定が続いてよかったと思います。愕然としたのは投票率が50%を割り込み、過去最低に次ぐ48%だったこと。特に18、19歳の投票率が31%と、3年前より15%も下がり、19歳の投票率に至っては28%に過ぎない。一方、我々60歳代の投票率は60%を超えています。

――何とかしなければなりませんね。

太田 顔認証システムとマイナンバーを利用すれば本人確認できますから、私が企業でやっていることを、例えば政治の場に持ち込むのであれば、ネット投票も一つの手段になると思います。

――国内は安定しても、グローバルな政治・経済の視界は悪くなる一方です。

太田 心配なのは世界に広がるポピュリズムの波です。自国主義が台頭し、選挙結果を意識した政策運営が行われつつあり、世界中がギクシャクしています。ブレグジット、米中経済戦争、日韓対立もそうかもしれません。グローバル展開したいと思っている我々企業は、世界が閉鎖的になることを危惧しています。

「失敗を恐れぬ君を応援する!」

――内閣府の調査によると、今の職場に「満足」と答えた日本人の若者は10%、米国人のそれは50%を超えていました。

太田 確かに離職者が増えています。就職をバリューアップの手段と考えている若者が少なくない。今の東大、京大生の就職人気の上位はコンサルタント会社ばかりだそうです。入社1年目から大きな仕事ができ、そこで覚えたノウハウで起業するか、別の大企業に転職するのに有利だから。「自分のキャリアは自分でデザインしたい」と考える若者が増えることはいいことです。問題は、彼らにどうやって活躍の場を与え、ワクワクするような仕事をしてもらうか、です。

――15年に新設された「ITイノベーション推進部」の担当役員になった太田さんは、異業種との協業に力を入れた。

太田 どんなにデジタル化が進んでも、これまで銀行が担ってきた基本機能は残る。けれども、それを誰がどんな形で果たしていくかは、大きく変わります。ベンチャー企業の人たちがどんどん入って来て、「銀行は時代遅れ」と悲観する人もいますが、私は逆にチャンスだと思う。旧来の銀行が要らなくなったら、銀行であることをやめたらいい。AI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の進化により、ホワイトカラーの定型作業は大幅に減ります。その分、クリエイティブな仕事に挑戦し、知恵を絞ってしっかり儲ければいいのです。ITイノベーション推進部を率いた経験から、私は自ら「社長製造業」と宣言し、新規事業の創出を促しました。

――社長製造業とは言い得て妙(笑)。

太田 内向きの銀行のカラを破って挑戦したいという人を社長に抜擢し、起業家のごとき熱量をもって社内ベンチャーを立ち上げてくれ、失敗を恐れぬ君を応援するぞ、とハッパをかけたのです。

当時、蒔いたタネが育っています。NECと組んだスマホバーコード決済による収納サービス「ペイスル」は、途中で苦労しましたが、遂に3大コンビニとの連携を実現しました。当社とNTTデータとDaonが共同設立した「ポラリファイ」は、指紋や顔、声などによる本人認証プラットフォームを提供する事業で、パスワード入力の手間から解放するサービスが脚光を浴びています。RPAを使ったBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスを提供する「エヌコア」も、将来が楽しみです。

――渋谷に風変わりな名前のオープンイノベーション拠点を開設しました。

太田「hoops link(フープス リンク) tokyo」のプレゼンを聞いて直ちに開設したいと思いました。我々の提携先は大企業だけじゃない。スタートアップ企業とも組みたいから。それには、いつの時代も若いエネルギーが溢れる渋谷に新拠点を開き、異なる世界の人々が出会い、語らい、ともに挑戦する交差点にするのが近道と考えました。ちなみにhoopsは「輪っか」、linkは「繋がり」を意味し、二つを組み合わせると「くぐると何かに繋がる輪」になります。hoopsからhを抜くとoops(失敗)となり、そこには新事業を生み出すのは、失敗を恐れぬチャレンジ精神であるという意味が込められています。現在、hoopsには年間延べ1万2千人が集い、240回ものイベントが開催されています。ビジネスアイデアを創出するワークショッププログラムを通じて、これまで100件以上のアイデアが生み出され、そこから誕生したのがSMBC日興証券と、「将棋AI」開発でお馴染みのHEROZが共同開発した「AI株式ポートフォリオ診断」です。私も何度も足を運び、すごく刺激を受けています。

「新中期計画」で本気度を示す

――「カラを破ろう」と自ら大書したポスターを、行内に張り出しましたね。

太田 グループ全体で10万人という大組織は前例、先入観、固定観念に縛られ、新しい発想が出てこない。新たな挑戦をする前にできない理由を探し出し、組織防衛に走る。「やっぱりダメだ」ではなく、できる方法をとことん考え抜くこと。それがカラを破る第一歩になります。

シンガポール駐在時代、4年にわたり約50人のプロジェクトファイナンス部門を率いたことがあります。日本人は4人だけ。インド人が最大勢力の十数カ国の多国籍部隊でした。異文化を乗り越え、意思疎通を図ることが如何に難しいか。自らのカラを破り、発想を変えない限り克服できない壁があることを知りました。

――前年度の連結業務純益の51%が、初めて「非銀行」になりました。策定中の新中期経営計画はどうなりますか。

太田 とにかくトップライン(業務粗利益)を伸ばしたい。そのために100億円規模の新事業を10以上は立ち上げねば(笑)。従来の新中計は、本部の企画部門で作るものでしたが、今回から新中計の方向性をグループ各社にも説明し、意見を出してもらうことにしました。若手からは、パブリックコメントを求めるように新事業のアイデアを募ります。「カラを破ろう」というスローガンにふさわしい新中計にしたいと思います。

(聞き手/本誌発行人 宮嶋巌)

   

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