あのサンモトヤマが「身売り失敗」の衝撃

2019年9月号 BUSINESS

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サンモトヤマ銀座本店

銀座並木通りの「サンモトヤマ」と聞いても若い人はピンとこないかもしれない。1962年に伊グッチの日本での総代理店となった「元祖セレクトショップ」で、かつてシティボーイ・シティガールだった諸氏にとってはおなじみの名店だろう。

64年の銀座本店オープンには川端康成や今東光、新珠三千代など当代きっての文化人や著名人が集まったとされる。ロエベもバカラもパテックフィリップも、日本ではここでしか買えなかった。生粋の江戸っ子だった創業者の茂登山長市郎(本名長一郎)は優れた審美眼でインポートブランドを根付かせた立志伝上の人物である。現在、大阪と軽井沢にも店がある。

ところがその長市郎が取締役のまま2017年に96歳の天寿を全うすると、息子の貴一郎が会社を売りに出し、しかも新オーナーの素性に気付いて株を買い戻すという異例の大失態を演じていたことがわかった。

サンモトヤマのホームページに「業務資本提携のお知らせ」とのニュースが掲載されたのは今年4月1日。3月29日付で小林道明なる人物に全株式を譲渡し、同日付で小林が代表取締役会長に就任したという内容だ。貴一郎は取締役も辞め、「クリエイティブアドバイザー」に退いた。聞けば、小林は茨城県と長野県で年商10億円程度のバス会社を経営しているという。そこで取引先が信用調査会社に照会したところ、結果は「どちらのバス会社も資金難で、支払遅延や給与遅配の噂が出ている」。困惑が広がった。

小林の知人が証言するには「もともと建設現場などに置く簡易トイレのレンタルでちょっとした成功を収め、バス会社や遺品整理会社など小規模な会社をいくつか買収してきた。野心家で、M&A仲介会社にとにかく売り物はないかとアピールするので、他で買い手がつかないような案件まで持ち込まれていたようだ」とのことで、今回のM&Aも仲介会社が手引きしたのだろうか。

貴一郎は小林のことを知るにつけ、ようやく心配になったのだろう。小林の代表就任や貴一郎の退任が一向に登記されない。そうこうするうち、7月26日になって突然「5月31日付で小林氏との業務資本提携は解消した」とのリリースを公表。本誌の取材に「株式を買い戻し、元の状態に戻った。提携解消の理由は説明できない」と回答したが、身売りに動いていることを知ってしまった取引先の動揺は収まらない。

貴一郎が賞味期限の切れたビジネスに見切りをつけたくなるのも無理はない。独占販売権を持っていたグッチもエルメスもいまや日本にいくつも直営店があり、サンモトヤマの出る幕はなくなってしまった。昔の名店というだけで売れるほど富裕層の客は甘くない。「ずいぶん前に名物のセールに行ったが品揃えを見てがっかり。以来、行かなくなった」(ある会社の社長) 業績不振に痺れを切らし、「メガバンクをはじめとする銀行は昨年2月までに事実上撤退した。現在のメインは信用金庫」(情報筋)という。長市郎が残した田園調布の広大な屋敷についても貴一郎ら親族3名で相続したが、すでに投資会社への所有権移転仮登記が行われ、売る段取りだ。この状況に泉下の長市郎はなにを思うだろうか。

(敬称略)

   

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