ぶち上げたQRコード決済サービスは早くも散々な評判。有力地銀はそっぽを向き…
2019年4月号 BUSINESS
一見、提携行は多いが、有力銀行の名前がない(2月20日に開かれたみずほ銀行の記者会見)
Photo:Jiji Press
みずほ銀行が2月20日、地方銀行約60行の銀行口座と連携したスマートフォン決済アプリ「J–Coin Pay (Jコインペイ)」を発表した。このアプリは金融機関の預金口座と紐づいており、スマホ上で入金や送金などができるというのが特徴。口座に預けてあるおカネをチャージすることもできるので店舗での決済もできる。3月1日からみずほ銀行がまず開始し、25日以降、地銀が順次開始していくことになっているが、どうも評判がよくない。
地銀の名前を見ると、有力な地銀がほとんど参画していないのが一目で分かる。金融持ち株会社の中で最大の総資産(約20兆1千億円)を誇るコンコルディア・フィナンシャルグループ(FG)傘下の横浜銀行や東日本銀行は見当たらず、第2位のふくおかFG傘下の福岡銀行や親和銀行、熊本銀行も名を連ねていない。
「全ての邦銀が団結すべきだ」。みずほ銀行の山田大介専務執行役員は2017年9月にこの構想を打ち出した際、オールジャパンでキャッシュレスに取り組むべきだと国内の金融機関に秋波を送った。しかし独自規格である「MUFGコイン」(のちにCoinと改名)を開発していた三菱UFJ銀行が袖にし、早々に構想はとん挫。その後、時間だけが過ぎた。
このJコインが足踏みを続けている間に、まったく異なる銀行勢力が拡大していった。GMOペイメントゲートウェイが仕掛けている銀行口座と連動したスマホ決済サービス「銀行Pay」陣営がそれ。横浜銀行が銀行Payのシステムを使って「はまPay」を開始したのを皮切りに、ふくおかFG傘下の福岡銀行、親和銀行、熊本銀行の3行が「YOKA!Pay」を開始。その後、りそなホールディングスの「りそなPay」、沖縄銀行の「OKI Pay」などが続き、ついに19年5月からはゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」が始まる。
改めてJコイン陣営を見ると、銀行Payを採用した銀行が一切、参画していないことが分かる。「オールジャパンで取り組む」どころではなかったのだ。「みずほFGのメンツは完全につぶれた」と、ほかのメガバンク関係者は語る。
Jコインのお粗末ぶりを示すエピソードがある。みずほFGとみずほ銀行はベンチャーキャピタルのWiL、メタップスと組んで17年5月に決済サービスを手掛けるpringを設立、18年3月から「pring(プリン)」を提供し始めた。
「実を言えばJコインペイはpringからソースコードを数億円で購入しているシステムだ。みずほ銀行はまともな自社開発をしていない」(銀行幹部)という。もともとみずほ銀行はJコインペイの基盤としてpringを使おうとしていたものの話がまとまらなかったようだ。そのため、泣く泣くソースコードを購入して見た目の部分だけ自社開発しているという。
Jコインに参加している銀行からも不満の声が上がっている。「交通整理ができておらず、加盟店開拓をどのように進めていけばよいのか指針がない」(Jコインに参画する地方銀行関係者)。銀行ごとにどこを開拓するのか分担が決まっていないため、このまま各行が加盟店開拓を進めれば売上高の大きい店舗向け営業で互いに競合し始める可能性が高まっているという。
銀行業界で起きているのは、陣営間の争いばかりではない。連合を組むことなどに目もくれず、独自路線を突き進む銀行も出てきている。
典型例は鹿児島銀行が19年夏から本格的に開始するスマホ決済サービス「Payどん」。どこの陣営にも属さず、鹿児島銀行が自行で開発。今夏に竣工する鹿児島銀行本店ビルの商業施設区域でまず導入を始めるという。鹿児島銀行以外にも、独自で決済サービスや送金サービスの準備を進めている地方銀行が複数行ある。
「地銀がまとまれない最大の理由はその地域における高いシェアにある」(メガバンク関係者)。高いところでは50%のシェアを超える顧客基盤を持つ地銀は他と組む理由がそもそもない。また、域外へと資金やデータが流れることを危惧する声も大きいという。
だが、銀行同士で争っている間に、総倒れになる可能性もある。視線を外に向ければ、LINEが提供する「LINE Pay」、楽天が提供する「楽天ペイ」、ソフトバンク・ヤフーが多額の資金を投下する「PayPay」、国内最大のフリマアプリのメルカリが子会社を通じて開始した「メルペイ」など、IT企業主導のスマホ決済が急拡大しているためだ。
Jコインが発表になった2月20日は、メルペイもまた事業戦略を報道陣に公開したタイミングであった。メルペイは後発だが、三井住友カードと提携して「iD」が利用できる約90万カ所で使えるようにしたり、JCBやKDDIと提携して加盟店開拓を進めたりと、利用できる加盟店を一気に増やしていく戦略を打ち出した。
同じ日に、みずほ銀行の山田氏は何を語っていたか。「我々は100年間銀行をやっている。様々な取引先と強固な関係を持っているのが強み」「100年間も厳格な個人情報管理を行ってきた信用力がある」。凡庸な説明のオンパレードで、具体的な事業の拡大策を示さないまま会見は終わった。
マイナス金利で収益が悪化する銀行にとって、スマホ決済による手数料収入はこれまでにない新たな収益源。それだけに、銀行業界は何とかして事業を成立させたいという思いが強い。だが、「加盟店開拓は極めて泥臭く、時間がかかる。特にエリート意識の高い地方銀行の行員に泥臭い加盟店開拓営業などまず無理といっていい」(クレジットカード企業の幹部)
経済産業省によると、消費支出に占めるキャッシュレス比率は、韓国89%、中国60%、スウェーデン48%、米国45%。これに対して日本は約20%にとどまる「キャッシュレス後進国」ということになっている。
その経産省が旗を振り、日本政府は25年までに40%に引き上げるとぶちあげた。銀行、クレジットカード、IT業界がこぞってビジネスを立ち上げたのはこのためだが、銀行業界が頭一つ抜け出すということは、どうも実現しそうにない。