LIXIL潮田の逆噴射

「俺に操縦桿を握らせろ」。過去の買収失敗はどこへやら。邪魔者を消して次はシンガポールへ移住。危険な火遊びが再び。

2018年12月号 BUSINESS [私物化の極致]

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潮田オーナー(右)の暴走に瀬戸社長(左)は苦笑いするばかり

事実上の解任劇が実現したのは、創業家出身とはいえ、発行済み株式の約3%しか保有していない“オーナー”の二枚舌に取締役がまんまと乗せられたからである。

10月31日、LIXILグループは11月1日付で取締役会議長を務める創業家出身の潮田洋一郎(64)が会長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、社長兼CEOの瀬戸欣哉(58)がCEOを退く人事を発表した。瀬戸は2019年4月1日付で社長も退任する。この異様なトップ人事にあっけにとられた複数の関係者の話を総合すると、交代劇の内幕はこうだった。

「これは指名委員会の総意だ」

10月26日、LIXILグループで緊急の指名委員会が開かれた。メンバーは潮田、11月1日付でCOO(最高執行責任者)に就いたマッキンゼー・アンド・カンパニー出身の山梨広一、前英国経営者協会会長のバーバラ・ジャッジ、元警察庁長官の吉村博人、作家の幸田真音の5人。いずれも潮田が連れてきた人物である。

突然だったため、5人中2人が電話で参加したこの委員会で、委員長の山梨が「瀬戸さんから辞任の申し出があった。後任候補は潮田さんと自分だ」と切り出し、了承を求めた。指名委は本来なら、2人が経営者にふさわしいか話し合うべきだが、特段の議論はなかったという。

翌27日、潮田は海外に出張中だった瀬戸に電話をかけ「これまでも話してきたが、自分がやりたいので辞めて欲しい」と言った。瀬戸は「約束通り、席を譲れと言われれば譲るが、いま辞めるのは無責任だ」と返したが、潮田は「これは指名委員会の総意だ」と言って、取り合わなかった。

山梨は社内で「潮田の腰巾着」と言われている。厳密に言えば委員会で「瀬戸から申し出があった」と発言したのは山梨だが、潮田の意向を代弁したに過ぎないのだろう。一方で潮田は、瀬戸に「指名委員会の総意」と言って辞任を納得させた。瀬戸退任劇の言いだしっぺは見事に変わっている。これが「潮田の二枚舌」と言われるゆえんである。

週が明けて31日に開かれた取締役会で、議長の潮田は瀬戸の退任に加え、自身が会長兼CEOに、山梨がCOOにそれぞれ就く人事案の承認を求めた。参加者の1人は「瀬戸さんが辞め、潮田―山梨体制に変わる経緯が不透明だから、慎重に議論すべきだ」と声を上げた。「指名委員会5人の中から瀬戸さんの後任2人を選ぶのはガバナンス上どうなのか」という指摘もあったが、新体制への移行は賛成多数で決まった。

具体的にはこうだ。LIXILグループは潮田の父親である潮田健次郎が創業したトステムと、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアの5社が統合して誕生した。12人の取締役のうち潮田を含むトステム出身者4人と山梨は当然のことながら賛成。「少なくともあと2人が同調した」と関係者は言う。反対したのは瀬戸とINAX出身の伊奈啓一郎と川本隆一の3人だけだった。

その後に開かれた記者会見は異様な光景だったというほかないだろう。瀬戸は「潮田さんと経営に関する方向性が違ってきた」と発言。一方、潮田は「純粋持ち株会社にした方が良いと言ってきたが、瀬戸さんが反対するので驚愕した」などと言った。2人の間に座った山梨は次期COOだというのに、一言も発しない。

山梨が黙り込んだことについて、山梨を古くから知る人物は「ああするしかなかったのではないか」と言う。「僕も還暦を越えたから、残りの人生はNPO活動、趣味の合唱、仕事を3分の1ずつやっていこうと思っているというのが彼の口癖。それを聞くたびに『最後の3分の1は潮田さんのお世話だろ』と心の中で突っ込んだ」(同)

そんな山梨だから、抱負を求められても「潮田さんの言う通りにします」としか言えなかったのだろう。そもそも余生を楽しむはずだった男が野心を持ったのは、「マッキンゼー時代の仲間だった安達保がベネッセホールディングスの社長になったので、対抗心が芽生え、より大きな肩書が欲しくなったから」(同)と言われている。そんな人物に経営が語れるはずもない。

日本企業にコーポレートガバナンス強化を求める、通称「伊藤レポート」がまとまったのは2014年だった。LIXILグループが委員会設置会社(現指名委員会等設置会社)に移行したのは11年。それゆえ同社は「ガバナンス先進企業」と自画自賛するが、一皮むけば幼稚な中小企業と変わらない。指名委員会や取締役会さえ従順なお友達で固めておけば、少数株主オーナーの「俺に操縦桿を握らせろ」が通る。

「それならTOTOを買えばいい」

新経営体制への移行が発表された翌日の東京株式市場で、LIXILグループ株は前日比14%安の1530円で引け、その後もじりじりと値を下げた。売りの主体は海外の機関投資家だ。

株価急落の原因は再び操縦桿を握る潮田への不信感だ。31日の記者会見で潮田は「中国人やインド人を招き、現地でのビジネスをもっと広げたい」と語ったが、「潮田さんは『中国のトイレ市場ではTOTOの方が強い』と聞けば、『それならTOTOを買えばいい』と真顔で言う人。悪い病気がまた始まった。もう付き合いきれない」と投資家の1人は言う。

言うところの中国やインドでLIXILグループは過去に大やけどを負っている。3800億円の大枚を投じて買収した独グローエの中国子会社であるジョウユウで不正会計が発覚、660億円の損失を計上した。上海美特カーテンウォールで出した損失は数百億円。それ以外の中国、インド事業でも現地人に経営を任せたことが災いして手痛い目に遭った。損失の合計は1千億円を超えるとみられる。

中には瀬戸の前任で、元ゼネラル・エレクトリック上級副社長の藤森義明がLIXILグループのCEOだった時に手掛けた買収案件もあるが、実質的な意思決定権者は潮田。その御仁が凝りずに進軍ラッパを吹いた。買収発言は市場にエクイティファイナンスを想起させ、株価の下げ材料になる。経営者が最も慎重になることを軽々に言ってしまう少数株主オーナーの資質も市場にとっては売り材料だ。

潮田の経営音痴ぶりは国内でも起きている。事業会社LIXILの一角を占める新日軽はトステムと同業。経営統合で、その分だけ国内シェアが上がると潮田は思ったようだが、普通、取引先は2社購買をするもの。トステムと新日軽から買っていた取引先は統合後に相手をLIXILとYKK APに切り替えるなどしたため、LIXILとしてはかえってシェアを落とした。「潮田さんは取引先が複数メーカーから買うという基本を知らない」とトステム出身のLIXILのOBは嘆く。

着々と進む悲願の「日本脱出計画」

潮田は、たっての希望で買収した伊ペルマスティリーザを、瀬戸が売却すると決めたので、事実上解任したと言われている。LIXILの主要事業であるサッシやトイレは売り切り型。一方、ペルマが手掛けるカーテンウォールは、収益を数年がかりで計上するため、売り切り型に比べてリスクが高い。そこで瀬戸はLIXILの業績を安定させるために売却しようとした。結局のところペルマの中国企業への売却は、米中貿易摩擦の影響で、CFIUS(対米外国投資委員会)の承認が得られなかった。出戻りペルマが直近決算での業績下方修正の主因なのだが、潮田は、その放蕩ぶりは全く気にならない。

瀬戸との決定的な溝が生じたのは、むしろ潮田の不可解な行動にある。

昨年9月、LIXILグループは「会社の中長期的なあり方を検討するため、10月1日付で取締役の潮田が執行役も兼務する」という人事を発表した。作業には人手がいるが、経営を監督する取締役という肩書だけでは社員を自由に使えないからだ。執行役も兼務した潮田は数人の社員とともに、「M&Aを積極化してグローエのような事業会社を世界中に置き、それを束ねる純粋持ち株会社の本社をシンガポールに置くための具体策を作り始めた」(幹部)。

潮田は、藤森を前面に立てて海外企業を爆買いした。その超拡大志向が裏目に出て、LIXILグループは16年3月期に186億円の最終赤字を計上。潮田はその責任を藤森に負わせ、綻びを瀬戸に繕わせた。傷口が癒えてきたので再びブルペンで投球練習を始めたわけだ。

記者会見で瀬戸が言った「潮田さんとの経営の方向性の違い」とは、恐らくこのプランの是非を巡ってである。瀬戸が反対したことは想像に難くない。

潮田主導で住設5社が統合し、LIXILグループは誕生した。しかし統合しっぱなしで、業務内容が同じ部長が5人いるままというような状態が最近まで続いた。藤森時代最後の執行役員数は114人にも上り、瀬戸が社長就任を機に53人まで減らしている。ようやくスリム化にメドが付いたのに、再びアクセルを吹かせば、元の木阿弥になると思ったはずだ。

仰天計画の中核は本社のシンガポール移転である。これは潮田の悲願で、5年ほど前、野村証券にスキーム作りを依頼した。その野村が「本社を移す場合、どうしても移転価格税制がネックになる」と結論付けると、今度はM&AアドバイザリーファームのGCAを雇って、実現可能性を探った。

関係者によるとGCAはこんなスキームを提案した。まずLIXILグループをMBOで非上場化する。次にシンガポールで買収する企業と合併させ、合併会社をシンガポールで上場させる。

瀬戸はこれにも反対したのだろう。LIXILグループの本社がシンガポールに移れば、ライバル企業は施工業者や消費者に「あそこは外国企業ですから」などと言うだろう。保守的な業界では格好のセールストークになってしまう。直近決算で売上高の75%を日本に依存しているLIXILグループの屋台骨を揺るがしかねない。

しかし事態は進んでいる。MBO資金の出し手として、欧州を本拠とするファンドのCVCキャピタル・パートナーズなど複数のプライベートエクイティが手を挙げている。「CVCのアドバイザーには藤森さんが名を連ねる。潮田さんが一度は斬った人だが、言いなりになるから再び手を組んだのだろう」(関係者)

潮田は9月の取締役会でスキームを説明するとともに、準備完了とばかりに執行役から外れ、10月の取締役会で「選手交代。ピッチャー俺」と言った。瀬戸はどう思っているのか。本人に直撃したが、「今は何を言っても会社に迷惑がかかるのでノーコメント」と返事するのみだった。

破綻する日本には未練なし

潮田がシンガポールに拘るのは、極度の日本嫌いだからだ。

14年12月、父親の健次郎の遺産相続を巡り、長女の敦子が東京国税局から申告漏れを指摘され、約60億円の追徴課税を命じられた。健次郎が保有していたLIXIL株を洋一郎と分けた敦子は、株を自らが代表を務める資産管理会社に移管し、評価額を下げて税務申告した。芸術家のパトロンとして知られる敦子は文化事業に資金を投じるために、こうしたやりくりをしたのだが、国税局は問題視した。

自らも風流人として知られる洋一郎はこれに腹を立て、周囲に「日本で納税するつもりはない。いずれ国債が暴落し、日本は破綻するだろう」と言って回り、自宅もシンガポールに移した。つまるところ、瀬戸の事実上の解任や本社移転構想は、潮田の「さらば日本計画」の一部なのだ。

今年6月、LIXIL住生活財団が公益財団法人から一般財団法人に移行した。財団の主な活動は、建築家志望の大学生を対象に設計コンペを開き、優秀作品は十勝平野に持つ広大な敷地で実際に建設させるというもの。未来の建築家を育成するものなのか、潮田の道楽なのかは判断の分かれるところではあるが、文部科学省は「公益性がない」、つまり道楽と結論付けた。

「芸術に対する理解が恐ろしく貧弱な国」。潮田は怒りのボルテージをさらに上げ、さらば日本計画の一刻も早い実現を目指すことだろう。事実、CEO復帰初日には早速GCAを呼びつけている。逆噴射に迷惑するのは全てが思い通りになると信じて疑わない少数株主オーナーに振り回される6万1千人の従業員を筆頭とするステークホルダーである。(敬称略)

   

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