医療費審査のザルが招いた国際的「踏み倒し」

2018年10月号 DEEP
by 松浦新(朝日新聞記者)

  • はてなブックマークに追加

医療機関が請求する診療報酬(レセプト)が正しいかどうかを、健康保険組合などに代わってチェックするコンピューターシステムの最大手で、東証一部上場の「日本システム技術」(JAST、本社・大阪市)に対し、大阪地裁は8月、韓国のIT企業プレシオンに約1億5千万円の支払いを命じる判決を下した。

プレシオンの訴えによると、JASTはプレシオンの技術を使い、月間約1千万枚まで増えたレセプトの点検サービスを提供しながら、利用料にあたる「インセンティブ」を2014年7月から契約通りに支払わず、15年2月からは全く払わなかった。昨年2月までの未払いを1億4511万円余りと算定し、うち1億4500万円の支払いを求めたが、大阪地裁はその満額と利子の支払いを命じた。

争点になったのは、JASTとプレシオンが共同開発して、「JMICS」と名付けられた日本向けのレセプトチェックシステムの位置付けだった。JASTは「JMICSの開発の実態はプレシオンに費用を払って委託をしたものなので、著作権もJASTに帰属している」と主張する。だとしたらなぜ、インセンティブを支払う契約があるのかが、わかりにくい。これを聞くと「正当な金額であれば払うが、金額が法外だ」と話す。

この経緯について、大阪地裁はこう認定した。12年の基本契約では、レセプトの処理件数が月間200万枚を超えたところで、1枚あたり0・8円のインセンティブが発生する。300万枚だと240万円だ。だが、翌年にはJAST側が契約の見直しを持ち出し、一部の契約で1枚あたり0・1円を主張するなど対立した。両社はレセプトの数え方まで食い違う。こうした中で15年8月、JAST側は一方的に契約を解除し、その後もシステムの利用を続けた。

結局、大阪地裁は、基本契約に基づくプレシオンの主張を全面的に認めた。決め手は、韓国の健康保険審査評価院(HIRA)のレセプト審査システムを開発したメンバーがプレシオンを設立したことといえる。

韓国は97年に通貨危機に陥ったのを機に、IT化を進めた。レセプト審査もその一環で、ほとんどをコンピューターだけでチェックする。ところが、日本でHIRAの役割をする厚生労働省所管の「社会保険診療報酬支払基金」は65%にすぎない。年間約11億枚を処理するので、残り35%の数は膨大だ。これを人海戦術でチェックするため漏れも多い。

健康保険組合などはレセプト1枚あたり5~10円程度とされる手数料を払って外部に点検に出す。JASTはその一社だ。裁判では、その手数料の中からプレシオンにいくら払うかが争われた。そもそも基金がザルで、手数料以上の医療費の過剰請求が見逃されているから成り立つビジネスだ。JASTの18年3月期決算説明資料によると、JMICS事業の売上高は5年で10倍超の約10億円に増えた。中核はレセプトチェックだが、そのデータの蓄積をもとに、昨年から東大と医療費の増加要因を分析する共同研究まで始めた。

厚労省は今年度から基金のシステム刷新に取り組んでいる。JMICSの実績からみて、ここでHIRAの技術が入れば、レセプトチェック市場の虚しさが明らかになることだろう。

著者プロフィール

松浦新

朝日新聞記者

   

  • はてなブックマークに追加