国も見放す三菱重工の「たぬき」

原発事業にエネ庁の救いの手なし。司法取引でも当局に騙された。三菱重工と国に溝。

2018年10月号 BUSINESS

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エネ庁は宮永社長を「たぬき」と呼ぶ

Photo:Jiji Press

「東電・中部電、原発事業で提携 日立、東芝も参画」。日本経済新聞は8月22日、電力大手の東京電力ホールディングス(HD)と中部電力、電機大手の日立製作所と東芝で原子力事業の4社連合を作るという記事を流した。国内原発の保守管理を担う新組織を立ち上げる計画だが、将来的には原発事業全体の統合も視野に入れているといい、すわ大再編かとエネルギー業界は沸き立った。

4社はいずれも沸騰水型軽水炉(BWR)型原発を運営または製造している。BWRは東日本大震災で事故を起こした福島第一原発と同型。安全規制の審査が長引き、未だに再稼働できていない苦しい台所事情から大連合構想が急浮上した格好だ。

そんなBWR陣営とは対照的に、加圧水型軽水炉(PWR)型原発を手がける関西電力や九州電力、そして三菱重工業からは同種の話が聞こえてこない。大震災以降、再稼働が認められた9基はいずれもPWR。1基も動かないBWRのような切迫感がないからともいえるが、それ以外の理由もある。

「(三菱重工社長の)宮永(俊一)さんとはほとんど話をしてないね。我々は彼を“たぬき”と呼んでいる。見た目もあるけれど、三菱重工に原発事業を続ける気があるのかないのか、国と一緒にやりたいのかよく分からず、腹の中が読めない」。資源エネルギー庁幹部はそう突き放す。

別の経済産業省幹部は最近、宮永氏と会食した。原発事業について話をしたものの、同氏が一般論に終始したことに不信感を抱いたという。

東電や日立など4社連合の下絵を描いたのは、経産省の嶋田隆次官と、今年7月に退任したエネ庁の日下部聡元長官の「82年入省組」。巷間、仲が悪いと言われる2人だが、原発再編の必要性では意見が一致している。2人は4社連合と同時に関電と三菱重工を核にしたPWR連合の立ち上げも画策していた。

忖度で捜査中断

先のエネ庁幹部は言う。「4社連合は東電の廃炉や補償、東芝の米ウェスチングハウス問題など面倒なことが多いため、あくまで民間同士が話し合っている構想という建てつけ。でも既に再稼働しているPWR連合は原子炉の新増設や建て替えなど前向きな連携になるため、我々が関与しやすい。当初はむしろこちらを主軸にしたいと考えていたが……」。エネ庁と三菱重工とのコミュニケーション不足がPWR陣営再編を阻む壁になっているようだ。

国と三菱重工のすれ違いは、トルコの原発新設計画でも起きた。黒海沿岸のシノップに原発を新設する計画だったが、三菱重工側が7月末に総事業費が当初計画よりも2倍近い5兆円に上るとの試算を盛り込んだ事業化調査(FS)結果を提出。トルコ政府が受け入れに難色を示している。

三菱重工側は、トルコのエルドアン大統領と交渉できるルートを持っていない日本政府を批判する。実際のところ、政府系金融機関を使った融資保証を検討するなど、日立の英国原発(ホライズン)計画には協力を惜しまないエネ庁だが、三菱重工のシノップについては“放置プレー”が続く。三菱重工が怒るのも無理はないが、国が見限ったと言ってもいい状況だ。

原発に加え、防衛・航空事業を手がける三菱重工はかつて国にとって重要パートナーだった。それを象徴したのが、1986年の転換社債(CB)事件だろう。三菱重工は価格の上昇が確実な1千億円分のCBを発行するのに際し、一部を与党政治家らに販売。短期間で額面は2倍になり、手にした政治家は濡れ手に粟で多額のカネを得た。当時、東京地検特捜部が事件化に向け、内偵捜査を進めたが、途中でストップがかかった。

特捜部検事だった田中森一氏が自著で語っているところによると、テレビのコメンテーターとして活躍した河上和雄氏が「自民党を潰して野党に政権を渡すつもりなのか」などと捜査員を怒鳴りつけたという。三菱重工の顧問弁護士を務めた江幡修三氏(元検事総長)の存在も大きく、結果として内偵捜査は打ち切られることになった。実際に圧力をかけたかどうかはさておき、三菱重工は捜査当局も忖度しなければならない存在だったわけだ。

CB事件から30余年。三菱重工の存在感は薄くなる一方だ。6月に始まった日本版「司法取引」の適用第1号となった、タイの火力発電所建設を巡る三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の贈賄事件に、その凋落ぶりを見ることができる。

三菱重工出身の元取締役ら幹部3人が在宅起訴されたが、入札停止など法人としての責任は問われなかったことから、世間では三菱重工がうまくやったと思われている。だが実情は違う。

2015年2月、現地の港湾当局関係者に賄賂を支払った事実が内部告発で発覚すると、三菱重工側は東京地検に経緯を報告、その後も内偵捜査に全面協力してきた。

検事総長のはなむけに利用

だが17年12月の面談の場で、突然、捜査当局から「司法取引」の適用をほのめかされた。「捜査に全面協力している以上、何らかの便宜は図ってもらえるのではないか」。そう期待していた三菱重工側には寝耳に水の話だった。レピュテーションリスクから司法取引には応じられないと伝えると、当局の態度は一変した。「血相を変え、どうなってもいいのかと詰め寄られたので受け入れざるを得なかった」(三菱重工関係者)

その後も三菱重工は捜査当局に振り回された。捜査員から「司法取引に関する内容は一切外部に漏らさない」という趣旨の誓約書を交わすよう求められたのにもかかわらず、取引成立の直前になって当局側から一方的に反故を言い渡された。

「不可解に思っていると、数日後に読売新聞の朝刊1面にリーク記事が出た。司法取引は(7月25日付で)検事総長を退任した西川克行氏の肝いりの制度。退任に花を添えるのに最善の形を求める中で、我々は都合のいいように利用されただけなのだろう」。三菱重工関係者はため息交じりに語る。

7月に開かれた経団連の夏季セミナー。宮永「たぬき」は出張先のフランスから開催地の軽井沢に直行するという強行軍で臨んだが、業績不振を憐れんでなのか、出席した企業のトップが懇親会で誰も近寄らなかった。ここにきて国も見放し始めた。国と三菱重工の二人三脚は過去のものになりつつある。

   

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