「自然冷媒」に爆発・炎上の恐れ

フロン類に代えて冷凍・空調機器に可燃性ガスの使用を促す「エコの押し売り」にご用心。

2018年5月号 LIFE

  • はてなブックマークに追加

自然冷媒の普及を目指すノンフロン安全促進協会のHP

かつて事業所や家庭を訪問し、「消火器の点検に来た」と言っては勝手に消火器の中身を詰め替えて不当に料金を請求する、消火器の押し売り業者がいた。

自治体が警鐘を鳴らし、マスコミが騒ぎ、こうした業態は消滅したはずだったが、地球環境重視の現代となり、今度はエコを看板に息を吹き返したようだ。舞台仕掛けに使われたのが冷媒であるフロン類への規制だ。冷凍機や空調機に使う冷媒は、古くは二酸化炭素(CO2)や亜硫酸ガスだったが、より効率の高いアンモニアに切り替わった。その後、1930年代に登場したフロン類は化学的に安定で毒性がなく、無臭のため一気に普及した。ところがフロン類はオゾン層破壊や地球温暖化の一因とされ、使用や製造について世界的な規制が年々強化されて、ノンフロンの自然冷媒に対する期待が高まっている。そこに目をつけ、空調機器の冷媒をフロン類から自然冷媒に詰め替えるように促す新手が登場した。

茨城県がHPで注意喚起

「環境省・経済産業省の指示により、エアコンに使用されているフロン類の入れ替えが必要だ」と偽り、地球環境保全に理解を示すエコな人々の善意を食い物にするのだ。事態を重視した環境省と経済産業省はホームページ(HP)で「使用中のエアコンに充填されているフロンを入れ替える業者が現れたが、入れ替えるような指示は出していない」と告知し、否定する。

「自然冷媒」とは自然界に存在する物質で、熱を移動させる熱媒体の性能を有する物質を指す。代表的なものとしてオゾン破壊係数がゼロで地球温暖化係数が小さいCO2やアンモニア、イソブタンやプロパンなどの炭化水素がある。名前からはソフトなイメージを連想するが、アンモニアには毒性があり、プロピレン、プロパン、イソブタンなど炭化水素系の成分は可燃性ガスだ。茨城県のHPは「ほとんどのフロンガスは不燃性のため、フロンガスの冷凍・空調機器は防爆性能を有するものとなっていません。このような冷凍・空調機器に可燃性の自然冷媒を使用すると、ガスが漏れた場合、爆発・炎上の恐れがあります」と強い語調で注意を喚起している。業界団体の日本冷凍空調工業会(日冷工)は機器メーカーが指定するもの以外の(例えば炭化水素系のような)冷媒を使用しないようにと警告を発する。

炭化水素系の自然冷媒の押し売りをしているという理由で取り上げるのではないが、自然冷媒普及を目指すノンフロン安全促進協会という団体は「HCR188C2」という物質をホームページで、「ASHRAE認証の世界初の自然冷媒ガス」として紹介している。ASHRAEとは米国暖房冷凍空調学会のこと。そこの認証を受け、「R443A」という、いわゆるR番号を交付されたことを信頼性の証しとしている。R443Aはプロピレン55%、プロパン40%、イソブタン5%からなる混合物で、三つの成分はいずれも可燃性だ。日冷工は「ASHRAE番号は冷媒に割り当てられた記号のようなもので、ノンフロン自然冷媒の安全を保証するものではない」という立場だ。

イソブタンは家庭用のノンフロン冷蔵庫で冷媒として実際に採用され、普及している。だが家庭用冷蔵庫は充填量がわずかで、それよりも量が多い一般的な空調機と同列に論じることは難しい。同協会は冷媒の入れ替えで消費電力量が平均で約25%削減できるとうたう。これに対して日冷工はHPで「冷媒を入れ替えると、冷凍空調機器の十分な性能が発揮できないことで消費電力、つまり電気代が減ったように見える」と指摘する。電気代は下がるかもしれないが、その分だけ夏場に冷えにくく、冬場に暖まりにくくなるという。

ハウステンボスは大丈夫?

本誌はテーマパーク、ハウステンボス(長崎県佐世保市)における自然冷媒入れ替えを請け負った子会社、ハウステンボス・技術センター(同)に取材を申し入れたところ、「2015年2月に売店の室外機2機で自然冷媒に入れ替えた」との回答を営業企画室の鶴田修一取締役から得た。消費電力削減以外の利点を尋ねると、「冷媒ガスの圧力が低く、室外機の中にあるコンプレッサーの圧力負荷が軽くなり、機器の寿命が延びる可能性が高い」「改正フロン法により、室外機の定期点検義務が定められているが自然冷媒は対象外で点検コストが不要」と回答があった。

日冷工はHPで「指定外の冷媒を使うと潤滑性能の低下で機器にダメージを与えかねない」と懸念を示し、改正フロン法の適用外については「適用外になるが、指定外の冷媒に入れ替えると機器メーカーからの修理、点検、サービスが受けられなくなる」と指摘する。

ハウステンボスの17年9月期の入場者は288万人だった。東京ディズニーランド、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに次ぐ水準だ。そこで可燃性のリスクについて質問したところ、「可燃性はある。故意に火を近付けるような事を行わずに、通常使用の環境であれば可燃リスクは一般のボンベ類と変わらない」「当社が供給を受けているHCR188C2(R443A)についての発火実績は、国内、海外とも存じません」と回答があった。ただ、17年12月21日付の朝日新聞朝刊は自然冷媒の種類までは特定していないが「横浜市のパチンコ店で14年9月、爆発事故が発生した。(中略)可燃性の冷媒に入れ替えたエアコンの運転中、ゴムの焼けたような異臭がし、スイッチを切ると機器が爆発、2人が負傷した」と報じている。また日冷工のHPによれば「海外では自然冷媒への入れ替えで爆発や火災の事故が発生している」という。

R443Aにも粗悪品はあるようで、特に水分除去が不十分なプロパンを配合したものは機器の不具合や故障の原因となるという。正規品はノンフロン安全促進協会が供給する冷媒ガスだけで、生産はリコー三愛グループ傘下の三愛石油子会社、三愛オブリガス東日本(東京・中央)が請け負う。

リコー三愛グループの創業者、市村清は「人を愛し 国を愛し 勤めを愛す」という「三愛精神」を生涯の信念とした。そして「世界人類の一員として、まずすべての人を愛すること。日本人としては、祖国日本を愛すること。そして自己がこの世に生をうけた意義を果たすため、自分にあたえられた任務を愛して一生懸命にはげむこと」と述べた。

製造担当の三愛オブリガス東日本に責任を負わせる意図はないが、敢えて問題提起してみたい。オゾン破壊係数がゼロで地球温暖化係数も小さいが、可燃性リスクを伴う炭化水素系の自然冷媒は三愛精神にかなうのかどうかと。

   

  • はてなブックマークに追加