フィンテック詐欺対策は業法より金商法の「宝刀」で

後出しジャンケンで迂回されるから「ボトムアップ型」へ発想転換すべし。

2018年5月号 BUSINESS [特別寄稿]
by 木下 信行 (アフラック シニアアドバイザー (元日銀理事))

  • はてなブックマークに追加

コインチェック社からの仮想通貨流出事件がメディアを賑わせている。この事件では、通貨管理団体の追跡も空しく、ハッカーがマネーロンダリングに成功し、盗まれた仮想通貨は闇に消えてしまった。いくらブロックチェーンを使っていても、足がつかなければ現金と変わらないので、交換業者が戸締まりをしっかりしていなかった責任は重大だと言わざるをえない。こうした分野では、新技術を使ってはいても、不正の隠れ蓑にしていたり、ずさんな管理で営業をしていたりすることは稀ではない。特にインターネット経由のフィンテックでは、物理的な実体がないし、国境の防壁もないので、これまでのような内輪の秩序は通用しない。

登録制は逆選択が働く

このため、わが国政府が規制に乗り出すことになるが、制度設計は極めて難しい。規制対象とする行為を定義のうえ、登録等を行わないで営業する者を警察が取り締まる一方、登録等を行った者は金融庁が監督するという「業法」の枠組みがとられる。ここでは、行為の定義が刑事取り締まりの鍵となるので、法律で明確に規定しなくてはならない。しかし、デジタルの世界では、同じ技術の組み合わせで法律上違う行為とすることは容易なので、どう工夫しても「後出しジャンケン」で簡単に迂回されてしまう。また、イノベーションを促すには登録基準が過重であってはならないが、そうすると、金融庁への登録をお墨付きに利用しようとする詐欺師が集まる「逆選択」を排除できない。さらに、規制施行時点で既に利用者のいる事業者については、登録基準を満たさないからといって営業を禁止してよいかという難問に直面する。コインチェック事件で有名になった「みなし営業」の制度は、この難問に対する苦肉の策であった。

規制法の執行は更に困難である。ネット上で多種多様なサービスが展開されるなかで、警察が違反者を発見して取り締まることは至難の業である。また、登録事業者に対して厳格な規制を課しても、金融庁には遵守状況を常に監視するだけの余裕はない。業法という枠組み自体、対象事業者を限定して行政コストを節約するためのものである。

こうしてみると、ブロックチェーン等によるイノベーションを促しつつ信頼を確保するには、まず定義を決めてトップダウンで禁止範囲を決めるより、取引の現場からボトムアップで適正範囲を決めるほうが効率的である。これは、行政庁や裁判所にとってはコペルニクス的な発想転換かもしれないが、筆者としては、あえて演繹型から帰納型への切り換えを提案したい。

まず、執行面では、金融庁に登録した事業者は信頼できるが、それ以外は利用者の自己責任という考え方としたうえで、不正な行為に対しては、事業者に対する刑事上の取り締まりを行うのではなく、個別の行為に対する民事上の措置を執りやすくするのである。

金融商品取引法には、こうした仕組みが既にある。同法192条の緊急差止命令は、元来アメリカの証券取引法から直輸入されたもので、「裁判所は、証券取引等監視委員会等の申し立てにより、緊急の必要があり、かつ、公益及び投資者保護のため必要かつ適当である場合には、金商法違反の行為を行っているか、又は行おうとする者の行為を禁止又は停止させることができる」としている。また、同法157条は、「有価証券の売買その他の取引またはデリバティブ取引等について、不正の手段、計画又は技巧をすること」を禁止している。これらを組み合わせれば、対象者は限定されておらず、対象行為も監視委員会が認定できるので、フィンテックの「ぬえ」のような不正行為にも対応できると思われる。

実施に当たっては、どういう行為を対象とするか、裁判所に命令を出してもらうための証拠をどう入手するか、裁判所の命令に従わない者への制裁をどうするかという難問がある。しかし、この条文は、かつては同様の理由で「抜かずの宝刀」になっていたものの、未公開株問題の対策で使われるようになったものである。第一号は、山梨の「生物化学研究所」が無届けで株券を売り出し、東京の「大経」等のコンサルタントが無届けで募集していたという事件であった。これは伝統的な監視行政に比較的近かったが、以後は申し立て範囲が拡大し、これまでの件数は20件に達している。仮想通貨は計算能力を原資産とするデリバティブの一種とみることもできるので、適用は検討に値すると思われる。

「代替行為」との整合性も

一方、制度整備面では、不適正な行為を規制する際に、代替関係にある行為への規制を合理的なものにしたうえで、整合性を確保することが重要である。まず、巷にあふれる仮想通貨投資の手引をみると、外為取引とどちらの方が儲けやすいかという比較が行われている。外国為替と比べると、仮想通貨の方が、相場変動も激しいし、証拠金規制もないので、一獲千金の魅力があるという類である。現に、仮想通貨の証拠金取引は盛んに行われており、莫大なリスクにさらされる投資家は多い。

また、ICO(イニシャル・コイン・オファリング)は集団投資スキームと代替的である。今では、多くのプラットフォームで広告が禁止されたが、少し前までは、仮想通貨等のキーワードで検索すると、たちまちICOの勧誘が表示され、開けると、「有望な事業に投資するラストチャンス」といったキャッチコピーが飛び出してきた。こうした現象は、かつて集団投資スキームでもみられたものである。そうした例として2010年に行われた「RST」社の処分をみると、当社は、沈没船からの歴史的文化財引き揚げ事業全般への投資を目的とした「サルベージファンド」に対する出資の私募を行っていた。その後、投資者に対し、現地国の政変を理由に「事業運営が困難となり契約を終了する」旨の通知を行ったが、出資金の多くは、国内において費消または不明金となっていたとされている。

さらに、フィンテックを隠れ蓑にした不正行為に対しては、「ハエ叩き」だけでなく、代替関係にある仕組みの整備も必要である。ICOは、ブロックチェーンのイノベーターの資金調達手段として意義があるといわれる。であれば、専門家によるベンチャー投資が盛んになるよう、法人税法等の環境整備を進めることが有効と思われる。

著者プロフィール
木下 信行

木下 信行 (きのした・のぶゆき)

アフラック シニアアドバイザー (元日銀理事)

1977年大蔵省入省、2009年、証券取引等監視委員会事務局長、10年日銀理事、14年から現職。著書に『決済から金融を考える』(金融財政事情研究会)など。

   

  • はてなブックマークに追加