目線を上げて「全社一丸」 「百忍千鍛」前へ、前へ!

岩根 茂樹 氏
関西電力社長

2018年2月号 BUSINESS [インタビュー]

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岩根 茂樹

岩根 茂樹(いわね しげき)

関西電力社長

1953生まれ。京都大学法学部卒業。76年関西電力入社。購買、総務、燃料部門を歩き、2004年の美浜原発3号機事故後、全社を挙げた安全文化醸成活動の旗振り役「原子力保全改革推進室長」として頭角を現す。07年執行役員企画室長、10年常務取締役、12年副社長、16年6月より現職。趣味は歴史書乱読。

――昨夏の高浜3、4号機に加え、この春には大飯3、4号機も動き出しますね。

岩根 高浜の運転再開を受け、昨年8月に電気料金の値下げを実施した時は感無量でした。一昨年からの電力小売全面自由化により、新たなライバルを交えた競争時代に突入したのに、当社は競争力の源泉である原子力が全停止。「戦う術」が少なく、お客様を奪われ続けてきましたから。昨年は大震災から6年半の苦難を乗り越え、「再稼働→値下げ」という、新たな歴史の扉を開いた年でした。

――16年3月の大津地裁の仮処分により高浜は運転停止を余儀なくされました。

岩根 発電中の原子炉を止めなければならない現場の苦悩はいかばかりか――。当日、私は高浜に赴き「高裁で必ず勝つから心配するな。一番心配なことは皆さんの士気が落ちること。全社一丸となって必ず皆さんの思いに応えるから落胆しないで」と励まして回りました。

原子力孤立させない「信頼の連鎖」

――岩根さんは法学部出身ですが、原子力部門の気持ちがわかると評判です。

岩根 入社から約30年間、原子力と全く無縁の仕事をしてきた私は、美浜原発3号機事故の翌年(05年)、全社を挙げて再発防止に取り組む「原子力保全改革推進室」の室長を命じられました。毎週全役員が出席して開かれる改革委員会の推進責任者として頻繁に現場を訪れ、話を聴くうちに、原子力と本社には、地理的、心理的な距離があることに、改めて気づきました。関電の発電電力量の40%以上を占める原子力部門に安全文化を根付かせることは待ったなしの経営課題であり、私は原子力が「安全最優先」を徹底させるだけでなく、全社一丸となって、その取り組みを支援すべきと考えました。

そもそも原子力に絶対な安全などありません。どれだけリスクを低減できるか、安全最優先を全社でサポートする改革理念を打ち出したことで、本社と原子力部門の隙間がなくなり、一体感が出てきました。安全意識が高まった原子力の社員は、現場で汗を流す協力会社の皆さんに目を向け、「作業工程に無理はありませんか」「リスクを感じる現場はありませんか」と、無記名のアンケートを求め、その要望にできるだけ応えようとするほど成長しました。こうした、たゆまぬ安全最優先の努力が、地域社会の信頼回復にも繋がりました。「信頼とは連鎖するもの」と、つくづく感じました。

――御社が安全審査を申請した7基は、全て合格済みです。当時の田中俊一原子力規制委員長が「安全文化は関西電力に学べ」と、他電力を諭したほどです。

岩根 資源の乏しい我が国において、原子力は重要な電源であり、安全確保、技術・人材基盤の維持の観点からも、将来にわたって一定規模を確保する必要があります。他社の模範となるような「原子力発電における日本のリーディングカンパニー」を目指し、総力を結集します。

――料金値下げを実現したものの、新電力の安値攻勢に押されています。

岩根 大飯3、4号機の本格稼働が実現した暁には、速やかに再値下げを断行します。関西圏は他のエリアに比べて厳しい競争になっていますが、新たな料金メニューの設定や、「でんきの駆けつけサービス」など、関西に密着した当社ならではの暮らしに役立つサービスをどんどん拡充し、反転攻勢に出ます。

――昨年4月よりガス小売全面自由化が始まり、8月には初年度販売目標の20万件を突破。スタートダッシュ成功ですね。

岩根 すでに30万件を超えるお客様からお選びいただき、新規参入する挑戦者として大きな実績を上げました。

――ここまで好調な原因は?

岩根 ガスの使用量にかかわらず、大阪ガスの「一般料金」より絶対にお得になる「なっトクプラン」をはじめ、電気とのセット割引きなど魅力ある料金メニューを取り揃え、より多くのお客様にメリットを感じていただけるようにしたからです。

岩谷産業と共同で「関電ガス」を専門に取り扱う「関電ガスサポート(株)」をつくり、約80の販売拠点と約300人の販売スタッフを整備しました。さらにKDDI、ケイ・オプティコムなど約60の企業や団体と業務提携を結び、販売活動に力を注いだことが奏功しました。

「進」から「翔」へ、駒を進めたい

――中期経営計画のスローガンは〈競争に「挑む。」、未知の領域に「挑む。」、新たな発想で「挑む。」〉ですね。

岩根 3・11後の苦難と格闘する中で、社員一人ひとりの力はもの凄く伸びた。組織の連携力も良くなり、部門間で押し付け合うことがなくなった。エネルギー新時代と向き合うチャレンジ精神は、どの競合他社にも負けないと思います。

――新時代に求められる人材とは?

岩根 この変革の時代だからこそ、若い社員には「失敗を恐れず、柔軟な発想で大胆にチャレンジして欲しい」とハッパをかけています。どんなに厳しい競争でも絶対に諦めるな。Never, never, never give up!(チャーチルの名言)何事も、これに尽きると確信しています。そのうえで、当社のブランドステートメントであるpower with heartに込めた「まごころと熱意を込めたサービスで、お客様や社会の力になりたい」という思いを持ち続け、それぞれの業務に全力を尽くして欲しいと思います。

――美浜1、2号機と大飯1、2号機の廃炉もあり、原子力の道のりは険しい。

岩根 私は歴史書が好きだから、辛く苦しい時は、偉大な先人から学ぶのが一番と考えています。トヨタ自動車の始祖、佐吉翁は「百忍千鍛事遂全」(百の苦難に耐え千の訓練で鍛えれば、全ての事は成る)という名言を遺した。今、原子力部門は三十忍三百鍛ぐらい乗り越えたかも知れないが、リーディングカンパニーを目指すなら、さらに「艱難辛苦を我に与えたまえ」の気概を持てと鼓舞しています。

昨年は料金値下げとガス小売自由化新規参入という二つの壁を越えました。今年は「進」から「翔」へ、駒を進めたい。私は社員の前で挨拶する時、最後のセリフは「目線を上げて、スクラム組んで、前へ、前へ、前へ!」と決めています(笑)。若い社員が「社長のナマ前へ」と面白がって、最近では「前へ、前へ、前へ!」と、唱和してくれるようになりました。(聞き手 本誌発行人 宮嶋巌)

   

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