「安倍色」に染まった最高裁判所

加計学園元監事を裁判官に抜擢。参院選1人0・33票でも「合憲」と言ってはばからない。

2017年12月号 DEEP

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最高裁の寺田逸郎長官(裁判所のHPより)

「1票の格差」が最大3.08倍に上った2016年の参院選では、福井の有権者は1人1票だったが、埼玉と新潟では0.33票、東京でも0.35票しか投じられなかった。最高裁は9月27日の判決で、ここまでの不平等を「合憲」と言ってはばからなかった。裁判官人事にまで介入した安倍政権が最高裁を「憲法の番人」から「政府・与党の番人」に堕落させたようだ。

最高裁は1970年代から、1票の格差について①投票価値の平等は唯一、絶対の基準ではなく、それ以外の要素も考慮可能、②格差が合理的とは到底考えられない程度に達したとき「違憲状態」と宣言、③それが合理的な期間内に是正されない場合は「違憲」―という判断の枠組みを踏襲してきた。16年参院選の合憲判断は、最高裁の裁判官15人のうち裁判長の寺田逸郎長官を含む11人の意見だった。

彼らは①の枠組みを確認したうえで、徳島と高知、鳥取と島根をそれぞれ一つの選挙区とする合区を含む「10増10減」の改正公選法により、20年以上にわたって5倍前後で推移してきた格差が3倍に縮小したことを非常に高く評価した。

また次の選挙に向けて制度の抜本的な見直しを検討し、必ず結論を得ると定めた改正法の付則は「立法府の決意」であり、再び格差が大きくならない配慮との見方を示した。

「政府・与党の番人」に堕落

最高裁の木澤克之判事(裁判所のHPより)

最高裁の山口厚判事(裁判所のHPより)

最高裁の山本庸幸判事(裁判所のHPより)

「確かに格差は縮小したものの、なお3倍もあるのに、多数意見は『投票価値の不均衡が継続してきた状態から脱した』と浮かれている」と、1票の格差問題に詳しい東京都内の弁護士は突き放す。

多数意見に対し木内道祥、林景一両裁判官は②の違憲状態、鬼丸かおる、山本庸幸両裁判官は③の違憲と主張した。

中でも山本裁判官は「投票価値の平等は他に優先する唯一かつ絶対的な基準」とし、許される格差は1.2倍までと指摘。「選挙は無効」と踏み込んだ。

前出の弁護士によると、最高裁の裁判官15人は高裁長官など職業裁判官出身6、弁護士出身4、高検検事長など検察官出身2、内閣法制局長官や中央省庁の局長、外交官など行政官出身2、法学者出身1の構成が続いてきた。長官は1979年就任の第9代服部高顕氏以降、すべて職業裁判官出身者が占めている。

弁護士出身の4人は弁護士のキャリアが長く、弁護士会の役職もこなしてきた人で、東京、第一東京、第二東京の各弁護士会から1人ずつ、大阪弁護士会または神戸弁護士会から1人が慣例となっている。

例えば東京弁護士会(東弁)の弁護士から就任した裁判官が70歳の定年を迎えると、東弁が日弁連と協議し、日弁連から東弁に所属する候補者数人の名簿を最高裁に提出。最高裁がその中から1人を選んで政府に推薦し、政府が任命してきた。

検察官枠は法務省と最高裁、行政官枠は政府と最高裁が協議して決める。学者出身者は最高裁が推薦「裁判官の人事が政治に翻弄されないようにする工夫だった」(同弁護士)という。

これまでの1票の格差訴訟では、弁護士出身の裁判官4人はおおむね違憲状態や違憲と主張してきた。

また行政官枠の元外交官、福田博氏(在任1995~2005年)は、衆参両院の1票の格差を「住所によって選挙権を差別している」「G7で日本ほど投票価値の平等が尊重されていない国はない」と強く批判し、違憲と主張し続けた。反対意見の中で米国、英国、フランス、ドイツのデータを示し、各国がいかに平等原則を尊重しているかを詳述したこともあった。

今回の判決では、弁護士出身4人のうち木澤克之、山口厚両裁判官が合憲の多数意見に回り、行政官出身の林、山本両氏が合憲としなかった。

前出の弁護士は「弁護士出身の裁判官2人には失望した。林氏は元外交官で、かつての福田氏を彷彿させた。山本氏は元内閣法制局長官。このポスト出身で合憲と言わなかったのは異例ではないか」と話している。

わずかな救いは山本氏

ベテランの司法記者は「職業裁判官出身の6人と検察官出身の2人は政府・与党を補完するためにいるような人たちなので、どんな意見か言う前から分かる。過半数はそんな人たちだから期待してないが、問題は弁護士枠で合憲の2人」として、両者の就任経緯を振り返る。

木澤氏は同じ東弁だった山浦善樹裁判官の定年に伴い、昨年7月に就任した。

東弁と日弁連が提出した候補者名簿に名前はあったものの、日弁連と最高裁は名簿の中の別人を首相官邸に推薦し、官邸が木澤氏を指名した。木澤氏は安倍晋三首相の親友、加計孝太郎氏と立教大の同窓で、加計氏が経営する学校法人加計学園の監事を務めていた。誰も偶然とは思うまい。

一方、今年2月、裁判官に就任した山口氏は同じ第一東京弁護士会(一弁)の大橋正春裁判官の後任だが、山口氏は長く東大や早稲田大で刑法を教えてきた学者で、弁護士になったのは昨年夏。一弁と協議して日弁連が最高裁に提出した候補者名簿に山口氏の名前はなかった。

弁護士枠の裁判官交代は13年の木内氏以来、昨年の木澤氏までなく、その間に安倍政権は集団的自衛権行使容認の閣議決定や安保法制を強行。日弁連は強く非難し「安保法は違憲」と提訴するなど抵抗を続けている。

「頭にきた安倍首相や菅義偉官房長官は日弁連の言いなりに最高裁の裁判官を決めるのをやめ、おそらく加計氏が首相に名前を伝えた木澤氏を一本釣りしたのだろう。山口氏のときは、最高裁に日弁連の名簿にない人を求め、最高裁が山口氏を推した」とベテラン記者。

来年は今回「違憲状態」と主張した大阪弁護士会(大弁)出身の木内氏が定年を迎える。

ベテラン記者は「よほど政権寄りの人でないと、大弁所属の候補者名簿から選ばれないだろう。最高裁の裁判官15人のうち12人が安倍政権下の任命。最高裁は『安倍色』に染まり、司法はその役割を完全に放棄するのではないか」とあきれる。

わずかな救いは山本氏。内閣法制局長官時代、集団的自衛権行使の容認に反対した山本氏は安倍首相に更迭され、最高裁の裁判官に転じた。13年参院選の1票の格差訴訟でも「違憲、選挙無効」と明快。「権力を補完する裁判官たちとは違う」(ベテラン記者)という。

   

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