中国政府の「追い出しサイン」に焦った業者が、日本政府に門戸開放を求める危うい構図に。
2017年12月号 DEEP
米大手カジノ会社ラスベガス・サンズはベッカム選手をイベントに引き連れ、「政府の後押しが必要」と日本政府にカジノ解禁を要求した
Photo:AFP=Jiji
先の総選挙の最中、候補者が全国に散り閑散とした永田町や、官庁街の霞が関の界隈を、ピシッとしたスーツに身を固めた外国人が、目立っていないかのような素振りで歩いていた。資本力で世界屈指の海外のカジノ運営会社大手の首脳たちだった。
もともと秋の臨時国会で、カジノの統合型リゾート(IR)実施法案が審議される時期に合わせ、来日の予定を組んでいた。安倍晋三首相による突然の解散で予定は少し狂ったが、PRイベントをほぼ目論見通りに開催し、しっかり日本政府に門戸開放を働きかけていたのだ。
衆院解散後の10月4日には、米トランプ大統領の大口献金者として有名な、シェルドン・アデルソン会長率いる米ラスベガス・サンズの幹部が、サッカーの元イングランド代表デビッド・ベッカム選手を引き連れて、東京で記者会見し、「政府の後押しが必要」と日本政府に圧力をかけた。翌10月5日には、大阪市内でも会見を開いた。
一方、やはり米国勢のシーザーズ・エンターテインメントや、MGMリゾーツ、メルコリゾート&エンターテインメントは、総選挙公示翌日の11日に大阪市で開かれた、「夢洲(ゆめしま)IR&万博が未来を拓く産学官共創シンポジウム」に参加し、参入の意欲をアピールした。
カジノのイベントは、なぜ大阪ばかりで開かれるのか。それは、大阪府と大阪市が、カジノを含むIRリゾート開発の受け入れに早い段階から賛成の意を示し、何年も前から受け入れ準備を重ねてきているからだ。
実際、大阪府・市は、JR大阪駅からそう遠くない場所に、広大なIR候補地「夢洲」を確保している。
また、大阪府・市は、カジノIRリゾートを、誘致を狙う2025年の万博とセットで整備する計画。具体的には23年にまずIRを開業し、25年に万博を開催する算段だ。
こうしておけば、仮に万博誘致に失敗しても、IRリゾートは出来上がっているので、夢洲は空き地になることはない。逆に言えば、大阪府・市にとってIRリゾートは必須アイテム。
よってカジノ業者の信頼度は高く、日本で最初のIRリゾートができるのは絶対大阪だと言われ、カジノ会社の首脳らは維新の党の橋下徹元代表や松井一郎代表らと会談するために、何度も大阪に足を運んでいる。
大阪では、ことIR誘致に関しては、巨大与党である自民党も出る幕はまったくないのだ。
ただカジノ業者が獲物のように狙うのは大阪だけではない。
大都市圏のIR誘致候補地は、「大阪、横浜の2箇所。それに東京が入るかどうか」(政府関係者)といわれるが、地方においても、IR誘致に前向きな自治体がある。長崎県の佐世保市や北海道の苫小牧市で、カジノ業者は、こうした地方都市についても、「投資額によっては儲かる」とすでに熱を上げている。
日本の大手メディアは「日本でカジノを運営して本当に成功するのか」という疑念を断ち切れず、クールな対応を続けている。そのため、カジノ業者の動向は国民に詳しく伝えられていないが、カジノ大手はなぜこれほどまで躍起になっているのかと思うほど日本参入に熱心だ。
最大の理由は、中国・マカオ政府が司る「カジノ行政」の最近の情勢変化にある。
本誌は2月号「驚愕『カジノ王』裏実録」で詳報したが、マカオでは1961年以降、伝説のカジノ王、スタンレー・ホーが実権を握り続けていた。だが、中国への「マカオ返還」の3年後の02年、中国政府はカジノライセンスを6社に開放した。
6社とは、スタンレー・ホー系のSJM、香港の実業家である呂志和が率いるギャラクシー、そして米国勢のウィン・リゾーツとMGMリゾーツ、メルコ・クラウン、ラスベガス・サンズである。これら6社が所有するカジノ施設から上がる収益は、マカオ経済の屋台骨を支えるほどだが、6社のカジノ運営の認可期限は20~22年にそれぞれ迫っている。少し前まで6社は、ライセンスは「自動的に更新される」と、鷹揚に構えていた。
しかし、今年7月10日にマカオ政府が出したリリースが異変を伝えた。特に「新たな入札」がありえるという表現に6社は凍りついたのだ。
マカオ政府の幹部人事や権限を握るのは、言うまでもなく中国政府だ。
マカオはもともとカジノ運営とマフィアなど闇勢力の結びつきが強いと言われ、かつてはカジノ利権を巡る抗争があった。 そのため、今回のマカオ政府の発表はまず間違いなく、「共産党幹部の汚職一掃を掲げてきた習指導部がマカオのカジノ利権に切り込もうとするものだ」とマカオのカジノ関係者は受け止めている。
7月以降、カジノ大手はマカオ政府の動向を欠かさずウオッチしている。「もし、ライセンスを失えば、経営は先が読めなくなる。習近平の新指導部はどうするのか」と、あるカジノ大手関係者は不安がる。
日本国内のカジノ関係者によると、マカオ政府の権限は強大で、「(カジノ認可は)22年で満期だが、政府はそれより前に早期返還を求めることができる」と説明する。
いまのところ、そこまでの権限が行使される可能性は大きくないとみられているが、マカオのカジノ大手が浮き足立つのも当然だろう。米国系のカジノ業者はさらに、今後の米中関係がライセンス更新に影響することも視野に入れているという。
マカオでカジノを運営する6業者の大半は、日本参入に意欲を見せる業者と重なり合っている。ここまで言えばおわかりだろう。「マカオでは何が起こるかわからない。だから日本で早く決めたいというのがカジノ大手のホンネ。日本で熱を上げているのはマカオでの焦りの裏返しだ」と関係者は解説する。
海外のカジノ業者が最近喜んだのが、総選挙直後の毎日新聞紙面だという。
10月24日、毎日は総選挙前の候補者を対象にしたアンケートをもとに、当選者のカジノ解禁への賛否を集計した結果を紙面化した。賛成者は自民党などの261人で、反対は立憲など152名。賛成者がほぼ6割を占め、彼らを勢いづけた。
IR誘致はすでに火蓋が切られている。政府与党は、ギャンブル依存症対策を徹底的にやる姿勢を見せたり、パチンコの射幸性を制限したりするなどして、カジノに対する反発を弱め、国会通過を狙い、マカオでお尻に火が付いた彼らを迎え入れる筋書きだ。