老舗素材商社KISCOが循環取引で大穴

2017年9月号 BUSINESS

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本誌昨年4月号で報じたスマートフォン用フィルムの循環取引疑惑が弾けた。ATT(東京・両国)の柴野恒雄社長は6月22日付で取引先に送付したレターで「これまでの中国生産品として処理してきたものは、全て(中略)循環取引です。全て私の一人の指示で(中略)実行してきました」(ママ)などと書き残し行方をくらました。

ここまでは本誌の想定内だったが、次にいささか想定外のことが起きた。翌日から素材商社のKISCO(大阪市中央区)が「海外取引の一部で循環取引詐欺事案による被害可能性を認識した」と主力取引先に出向いて説明を始めたのだ。フィルムをATTから仕入れて中国企業に転売する商流で最大70億7700万円もの焦げ付きが出たという。中国がからむ循環取引といえば、東証1部に上場していた江守グループホールディングスの「突然死」が衝撃的だったが、また新たな被害者が出た。

KISCOは非上場ながら1921(大正10)年創業の老舗で、2016年3月期の売上高は978億円に達する。トーマツの会計監査を受けており、有価証券報告書の提出会社でもある化成品業界の有力商社だ。「ATTやそのバックに控える横綱白鵬のタニマチの会社などに循環疑惑があることはファクタが報じたほどだから当然聞いてはいたが、自分には関係のない低次元な話だと思っていた」(総合商社審査マン)。名門KISCOがどっぷり嵌っていたと知れば驚くのも無理はない。

KISCOは17年3月期決算を一旦撤回し、近畿財務局への有報提出を8月末まで延長するとともに特別調査委員会を設置して一連の取引の対象物品の実在等を確認することとなった。

増収で推移してきた過年度の決算訂正も避けられない。「架空売上高は累計で360億円規模らしい」(取引先)と噂されている。資金繰りについては仮に売掛金70億円が全額回収できない場合も「財務状況に照らした結果、お取引先様にご迷惑をお掛けする事は無い」(ママ)と信用不安の払拭に懸命だが、もはや真に受ける者はいない。

「KISCOから保有する未上場株を買い取ってくれないかと泣きつかれた。相当急いでいる印象を受けた」とある在阪企業関係者は打ち明ける。海外企業の買収などに取り組んできた結果、14年3月期以降フリーキャッシュフローは一貫してマイナス。特にATTとの取引が本格化した15年同期からは営業キャッシュフロー自体が赤字というありさまで、昨年9月末の有利子負債は400億円弱に達する。「大阪、東京に保有する自社ビルの売却など大リストラが避けられそうもない」(信用調査会社)。まさに屋台骨を揺るがす一大事だ。

岸本剛一社長は弱冠37歳。7年前に父が胆管がんで急逝し、以来一手に経営を担ってきた。「入社前はタイでキックボクシングをやっていたらしい。会合で見かけてもスマホをいじっている印象しかないが、年商1千億円には強くこだわっており、ATTの柴野社長のことは完全に信頼していたようだ」(別の取引先)。今回の事態を受けてさすがに「社内の全フロアを謝罪してまわった」(関係者)というが、安易な伝票商売の挙句ノーガードで70億円ひっかかるボンボンには社員も取引先も付き合いきれないだろう。

   

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