DeNA医療子会社で「脱法行為」

制度の欠陥をついて介護報酬と診療報酬を二重請求。「永久ベンチャー」の病理再び。

2017年5月号 DEEP

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モバイルゲーム大手のディー・エヌ・エー(DeNA)が「まとめサイト」で著作権侵害や医薬品医療機器等法違反の可能性のある記事を多数掲載した問題で、3月に第三者委員会(委員長・名取勝也弁護士)による調査報告書が公表された。

この報告書の優れた点は、DeNAの「永久ベンチャー」という基本理念が「自らが欲することを行いやすくするための免罪符」になってしまったと指摘し、不祥事が企業風土そのものに根ざしていると鋭く分析した点にある。

南場智子会長の代名詞ともいえる「永久ベンチャー」とは、組織の硬直化、意思決定の鈍化といった「大企業病」へのアンチテーゼだったはずだが、いつしか独特のベンチャースピリットのもとで、「速ければ易きに流れてもよい」(報告書)と、自らの未熟さを容認する甘えへと変質していたようだ。

南場会長が2015年に復帰してから「もっとも力を入れている」(関係者)とされる新規事業のヘルスケア事業も例外ではない。本誌の取材で、その存在意義そのものを否定するような重大なモラルハザードが発生していることが明らかになった。

請求内容「突合なし」

ヘルスケア事業を担う子会社「DeNAライフサイエンス」(以下ライフ社)は、14年4月に設立された。DeNA執行役員の大井潤氏が社長で、消費者向け遺伝子検査サービス「MYCODE」を展開している。

Webサイトにアクセスして1~3万円程度の検査キットを購入し、自分の唾液を採取して返送すれば、結果がWebで閲覧できるという手軽さが売り。

それだけで、肺がんや胃がん、糖尿病など最大150の「疾病発症リスク」と、血圧や肌質、髪質、肥満など「体質の遺伝的傾向」がわかるサービスなのだがまるで軌道に乗っていない。

世の中ではやはり、究極の個人情報である遺伝子情報を提供してしまうことに抵抗感があるのだろうか。ライフ社の16年3月期の決算公告によれば、設立2年で、累積赤字が10億円に達し、わずかながら債務超過に陥ってしまっている。

DeNAは、医師会の反発を恐れて公表を見送ってはいるが、ライフ社の事業のテコ入れ策として、15年12月、訪問診療に特化した都内の「医療法人A会」を買収した。買収後も創業者の理事長は留任させ、法人名も変更されていないため、知っているのは限られた関係者のみだ。

ライフ社は医療法人A会から渉外支援、車両管理、物品発注代行などの業務を受注しているほか、従業員を派遣して経営指導料の名目でも報酬を得ている。が、16年春、事件は起きた。

「診療情報提供料(医療保険)」と「居宅診療管理指導費(介護保険)」の二重請求を行ったのだ。

「診療情報提供料」とは、保険医療機関が居宅介護支援事業者等に対し、診療状況を示す文書を添えて、患者の保健福祉サービスに必要な情報を提供した場合、月1回を上限に診療報酬を請求できるもの。

一方、「居宅診療管理指導費」とは、医師等が居宅介護サービス計画の策定に必要な情報を介護支援専門員等に提供することで月2回を上限に所定の介護報酬を請求できるもの。

両者は実質的に同じ内容のため、厚生労働省保険局より社会保険事務局長などに出された通達「医療保険と介護保険の給付調整に関する留意事項及び医療保険と介護保険の相互に関連する事項等について」(06年4月28日)によって、同一月に請求してはいけないと、明確に規定されている。

しかし、医療関係者によると、「両者の請求内容は突合されない」ため、制度上の欠陥を衝いて、二重取りする余地があるのだという。

DeNAは本誌の取材に対し、傘下の医療法人A会が、「診療情報提供料(医療保険)」と「居宅診療管理指導費(介護保険)」を二重請求したことについては、「昨年4月に約50万円弱の誤請求をしてしまい、昨年9月までに全ての患者様に対し返金とお詫びをしている」と、事実であると認めた。

「ちょっとグレーだけど」

しかし、「二重請求に関しては、(ライフ社社長の)大井氏が昨春、指示して実行させたと聞いているが」との問いには、「A会に対し指示する権限もなく、指示して実行させたわけではない」と全面否定したうえで、「正確な知識と確認が不足していたことによる誤ったアドバイスが原因」と、制度に対する無知で二重請求が起きてしまったと説明した。

しかし、本誌は、ライフ社から医療法人A会に派遣されたK氏という人物が、A会のプロパー職員に対し、「今は居宅療養(ママ)管理しかとってないけど、医療で診療情報提供書もとっちゃおうと考えてます。ちょっとグレーだけど、NGじゃないので」と伝えた通信アプリのやりとりの記録を持っている(写真は本誌に掲載)。

制度への無知から「誤請求」したのではなく、事前に「グレー」すなわち脱法行為と知りながら「NGじゃない」と強行したとしか考えられない内容だ。

大井氏の関与についても、「昨年5月に二重請求の事実が発覚した後も、何カ月も返金しなかったのは事務方が大井氏の指示を待っていたため」という関係者の話を得ている。大井氏が二重請求を指示していないなら、なぜ発覚時に直ちに返金するよう指示しなかったのか疑問だ。

興味深いのは、大井氏の義父は訪問診療の医療法人社団美加未会(東京・芝浦)の東薫理事長で、大井氏自身も美加未会に一時勤務していたという事実だ。

大井氏はもともと東大法学部卒の総務省キャリア官僚で、医療とはあまり縁がなかったと考えられる。だが、12年に退職し、翌年DeNAに入社するまでの間は、妻の実家の訪問診療を目の当たりにできたことになる。なお、ライフ社は美加未会の渉外支援業務も受託している。

DeNAの南場氏は11年に社長を退任し、夫(16年12月に死去)の看病に専念した経験がヘルスケア事業に目覚めたきっかけと話している。

「旦那が病気になった当初はパニックで何も考えられなかったけれど、少し落ち着くと『なんで病気にしちゃったのかな』とばかり考えていた。自分たちは健康に良いことを一つもしていなかった。何かケアしていたならここまで悔しくなかったと思う。『シックケア』から『ヘルスヘア』で医療費、介護費の削減に貢献したい」(15年5月「グロービス」での講演録から抜粋)

こうした崇高な志がいつしか二重請求という脱法行為に化けてしまうところが「永久ベンチャー」を掲げてきたDeNAの病理なのだろう。

   

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