安倍「対ロ外交」に宗男パワー

鈴木宗男の持論は「二島+α」論。首相は「四島返還を放棄して呑む」との見方が強まっている。

2017年5月号 POLITICS

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首相の懐に入り込んだ鈴木宗男氏

Photo:Jiji Press

北方領土問題決着に意欲を燃やす安倍晋三首相が4月末にロシアを訪問、プーチン大統領との日ロ首脳会談に臨む。だが、今回は、昨年9月のウラジオストクで、首相が領土問題決着の「道筋が見えてきた」「その手応えを強く感じとることができた会談だった」と興奮気味に語ったような言葉を聞くことはないだろう。安倍官邸が見据える着地点は来年秋以降。おそらく、安倍自民党総裁の三選が確定してからだ。昨年は、山口県長門市での会談に向けて煽り過ぎた期待感の反動で、その結末に失望が広がったが、安倍官邸は直ちに体制の立て直しと戦略の修正に着手した。ロシアでは、夏になれば来年の大統領選に向けて内政の季節に本格的に入る。今回の安倍訪ロ後1年余は、首相のパフォーマンスはあっても実質的には地味な実務者協議が中心になるだろう。

昨年暮れの長門会談の「敗戦処理」は、素早かった。安倍官邸の意向によって外務省の林肇欧州局長―徳田修一ロシア課長を交代させ、1年前に新設した原田親仁・日ロ関係担当政府代表(前駐ロシア大使)を事実上解任した。重要な交渉事――特に北方領土問題を抱える対ロ関係の場合、交渉進行中に関係ポストが「全取っ替えする人事は通常あり得ない」(政府筋)。が、実際にそれが起きたのだ。どう解するべきか。

「長門会談の成果」を喧伝

この人事は、外務省最後の四島原則派(段階的ではあっても歯舞、色丹、国後、択捉の四島返還を主張するロシアン・スクール)を安倍対ロ外交から外したことを意味する。同時にそれは、ロシア側に、日本側の姿勢転換―「四島には拘らない」とのシグナルとして映ることをも計算した人事だったと言える。これが、裏舞台での「敗戦処理」だった。

国民向けの表舞台での動きはどうだったか。それは、安倍官邸が得意とする世論誘導の形をもって現れた。首相は、NHK報道番組や民放の人気番組に率先して生出演、「長門会談の成果」を国民に繰り返し説いた。極めつきは、「首相側近がNHKに予(かね)てから働きかけてあった」(関係筋)とされる番組、NHKスペシャル「スクープドキュメント 北方領土交渉」(16年12月18日夜)が長門会談の3日後に早くも放送されたことだ。同番組は、5月のソチ以来ひとつの節目となった長門会談を日ロ平和条約締結につながる第一歩だと位置づけ、日ロ両首脳が合意した「共同経済活動」「元島民の自由渡航拡大」は領土問題決着への大きな成果だと印象付けた。年が明けると、首相の至近距離で取材を許されている記者、ジャーナリストによる「管制」報道が、朝日、毎日などを中心とする活字メディアの辛口評価を一掃し、上記のテレビ報道を裏付けるかのように、後を追って次々発信された。その代表例が、「外交」1月号の記事「『日ロの協力の地』に踏み出した一歩――日ロ首脳会談の成果と課題」と題した記事だ。

その記事は「日ロの間でこの島々を『日ロの協力の地域』とするというような未来志向の共通認識を持つことが、新しいアプローチの一歩だ」と指摘するとともに、プレス向けに発表した声明に「平和条約問題を解決する自らの真摯な決意を表明した」と盛り込んだ点に言及。これは、「二人で解決することへの決意の表れ、つまりぎりぎり事実上の期限を設けたとも見ることができるだろう」と解説した。また、併せて次の件(くだり)が特に注目される。

「日本政府は、あくまでも四島の日本帰属を求め続ける。しかし、今後の交渉の中で、日本、そしてロシア双方とも、それぞれ四島の帰属という原則的な立場を離れ、妥協しなければならない状況も起こりうる。仮に妥協したとしても、お互い確保するものがあるという枠組みを作る。そのスタートラインに立ったのが今回の合意という位置づけになるのだ」

これは、共同経済活動のルールづくり(「国際約束の締結」)に向けた協議を推し進めるという「新しいアプローチ」の結果、「四島返還」の原則論を放棄し、「二島返還+α」論で妥協するという解決の道を強く臭わせたものだ。長門会談での日ロ首脳合意の政治的意味合いについて、ここまで断言できるのは、安倍首相の心の襞まで分け入って読み取れるライターだからこそではないか。この記事は安倍官邸の雰囲気をストレートに反映したものだろう。

今井に取り入り「原田外し」

今後の平和条約交渉を展望するにあたって、もう一つ注目していいのは、公民権を回復する17年4月以降、国政選挙への立候補が可能になった鈴木宗男元衆院議員(新党大地代表)の存在だ。宗男氏は、森喜朗政権時代に東郷和彦(現在、京都産業大教授)、佐藤優(同、作家)ら外務省ロシアン・スクールと連携、北方領土問題に深く関与した政治家だ。永田町では、「利権の臭いを嗅ぎ分ける能力に長けており、これぞという時、権力者に食い込むのがうまい」(政界関係者)と評されている。元々、田中角栄を源流とする竹下―金丸系の政治家との縁が濃く、岸―福田系の政治家との縁は薄かったが、今では安倍首相に急接近、北方領土問題の決着に向けた同政権のプロパガンダ的役割を買って出ている。

宗男氏が首相官邸に出入りするようになったのは昨年春。直接の切っ掛けとなったのは、同年4月の北海道5区補選で苦戦していた自民党候補支持に回った時だ。援軍を得た自民党候補は野党統一候補に勝利。首相が謝辞を伝えるために会談した際、持ち出された話題が日ロ問題だった。ロシア南部ソチへの訪問を間近に控えた首相の懐に、宗男氏は首尾よく入り込んだ。以後、ほぼ月に1回は会って、領土問題に関して話をする関係を築いたのだ。宗男氏の対安倍接近が深まるのと反比例するように、原田氏の首相との距離は遠のいていく。宗男氏と原田氏は、森政権時代から対立関係にあったが、ポスト新設の時から原田政府代表を快く思っていなかった首相側近・今井尚哉首席秘書官(政務担当、旧通産省)に、宗男氏が取り入った結果が「原田外し」につながったとも言える。

安倍官邸の対ロ外交に宗男パワーが絡む。宗男氏の持論は「二島+α」論。歯舞・色丹の二島で交渉の区切りをつけて、国後、択捉の残り二島については、引き続き協議を並行して進めて行こうというものだが、首相周辺で広がっているのも、「二島返還+α」で決着できないかという構想だ。 

では、安倍首相自身の本音はどこにあるのか。なお謎の部分はあるが、その戦略は来年に向けた重要な政治日程を吟味してみれば、およその察しはつく。ロシア大統領選が予定される18年3月、プーチン大統領が再選されれば、5月に就任式が行われ、24年までの2期目がスタートする。一方の日本側はと言えば、プーチン政権の2期目前半に照準を絞る。安倍首相の場合、自民党総裁として3選(任期満了は21年9月)される18年以降が具体的な決断の起点だ。とすると、18年後半が、決着に向けた大きな転換点になる可能性がある。その時、共同経済活動のルール作りを進めて行った結果として、領土問題に関するどんな秘策・具体案が飛び出すか。「四島返還」というオプションが、とても考えにくい中での「二島+α」論を、安倍首相は呑む用意があるとの見方は強まっている。政府内には「右バネを抑え込めるのは安倍総理しかいない」(外務省幹部)との期待がそもそもあるが、北方領土問題に「取り組む姿勢」を政権の浮揚力、求心力に使おうという「私心」が、政治家・安倍の気持ちに少しでも入り込めば、領土問題の軟着陸は国内的にも失敗するだろう。プーチンが最重視する56年日ソ共同宣言に明記された「引き渡し」は必ずしも「返還」を保証したものではない。「(日本の主権を認める)返還ということで言えば、歯舞・色丹の二島『返還』すら怪しいと思っている」と本音を漏らす高官もいる。首相にはこうした「冷静な目」が必要であることも忘れてはならない。(敬称略)

   

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