必殺技を磨き上げる「文春砲」のカリスマ

新谷 学 氏
「週刊文春」編集長

2017年5月号 POLITICS [インタビュー]

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新谷 学

新谷 学(しんたに まなぶ)

「週刊文春」編集長

新谷編集長のデスク(顔写真はNG)
1964年東京生まれ。早大政経卒。89年文藝春秋入社。「週刊文春」記者・デスク、「月刊文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長を経て2012年より現職。初の書き下ろし『「週刊文春」編集長の仕事術』がベストセラーに。最新刊『文春砲』(角川新書)も話題。

――新谷さんの編集長の仕事術が、ビジネス書のベストセラーになってます。

新谷 目下、三刷り2万5千部です。

――大手商社の役員は「強い組織のリーダー論」になっているとベタ褒め。

新谷 ローソンの玉塚元一さんからすごい感想文をいただき、それを宋文洲さんがメルマガで紹介してくださったら、アマゾン総合2位になっちゃいました。

――なぜ、ダイヤモンド社からなの?

新谷 文藝春秋から出したら手前味噌になる。ビジネス書のトップブランドが売り出してくれたメリットは大きい。

――出版界には編集者や記者は黒子という価値観が根強い。タブーを冒して、現役編集長が舞台裏を明かしたのは?

新谷 メディアを取り巻く環境が劇的に変わり、「送り手」の「顔」が見えなければ、情報の信憑性が揺らぐ時代になった。お金と手間をかけ、いかに慎重な裏取りを重ねているか、取材のプロセスを見せることも、時には必要です。

――昨年は「ベッキーの不倫」から「甘利大臣の金銭授受」「舛添都知事の公用車私的利用」まで、「文春砲」という言葉が流行るほどスクープ連発でした。

新谷 お陰様で毎週65万部以上刷り、実売部数が前期比15%増になりました。

スクープ狙うフルスイング主義

――「春画」が原因で休養した時は「牙を抜かれる」と、本当に心配しましたよ。

復帰後に4度の「完売」は驚異的です。

新谷 3カ月間の休養を命じられた頃は販売が冷え込んでおり、悪戦苦闘の日々でした。200人近い方にお目にかかり、週刊文春とはどんな存在なのか、何を期待されているのか、虚心坦懐に耳を傾けました。たどり着いた結論は、極めてシンプル。毎週いいネタをバンバンとって来て「フルスイング」する。我々の最大の武器であるスクープ、この必殺技を徹底的に磨き上げ、これまで以上にスクープを狙っていくと決めたんです。

――トランプ的なもの、メディア不信の空気が世界中を覆っています。

新谷 トランプ大統領の衝撃は、「ファクト」というメディアにとって最大の武器が通用しなくなる恐れが出てきたこと。「ポスト真実」などという言葉が罷り通る世界で、我々は何を武器に権力と戦えばいいのか。「自ら見たい事実」しか見ようとしない大統領が「自らに都合のいい事実」だけをツイッターでばら撒き、それに快哉を叫ぶ人々もまた、「自ら見たい事実」しか見ようとしない。こうした風潮は、日本も例外ではない。

――「妻は私人だ」と言い張る安倍首相は、「偽ニュースだ!」といきり立つトランプ大統領と似たり寄ったりです。

新谷 「トランプ現象」が怖いのは、権力者の前では事実か否か、ファクトが争点になっていないこと。さらに、最近特に感じるのは「本人がそう言っているのだから間違いない」と信じ込む人が増えていることです。メディア側と書かれた側の言い分が食い違った場合、どうしたら読者に信用してもらえるのか、極めて切実な問題になっています。

――メディア側に活路はありますか?

新谷 愚直に正真正銘の「ファクト」を権力者に突きつける。そうした積み重ねによって、読者の信頼を取り戻すしかないと思います。我々で言えば、週刊文春という看板、ブランドへの信頼、「週刊文春が書いているから事実だ」「週刊文春にはお金を払う価値がある」と、仰ってもらえるような存在になることです。

全ての原点は「面白いコンテンツ」

――「文春砲」の編集態勢は?

新谷 私を含め総勢56人の部員に、4月から新入社員3人が加わりました。

――「1年生」にはきつくないですか。

新谷 うちはオンザジョブだから1年目から現場に放り込む。「渡辺謙の不倫」(4月6日号)を追いかけ、ニューヨークで地取りをした後、ロサンゼルスに飛び、渡辺さんを直撃したのは、昨年入社の女性記者です。米デューク大卒で4カ国語を話す彼女の突破力は、折り紙付き。畑がいいと、人が育つものです(笑)。

週刊文春は激務でストレスが高いから体調を崩す人が多いと思われがちですが、私が編集長になってから(この5年間に)メンタルで休んだ部員は1人もいません。「スクープを取ることが自分たちの仕事だ」と、みんな毎週全力で走ってますから、編集長の私にとって「部下を休ませる」ことが、極めて大切な仕事になります。

――編集長の仕事術に「『出る杭』のような人材を伸ばせ」と書いてますね。

新谷 ある新聞社では、上司から「訴えられたら書いた記者が自腹で払え」と言われたり、内容証明付きの抗議文が来ただけで「またゴタゴタかよ」と面倒がられるという。現場は萎縮し、リスクを取らなくなる。腕に覚えのある記者は書ける場所を求めて転職してしまう。「出る杭」のような記者を打つのではなく、徹底的に伸ばすべきです。危なっかしい面があっても、相手の懐に飛び込むのがうまくてネタを取る力のある記者を伸び伸び育てる。フルスイングする記者を弾き出したら、スクープは狙えません。

――新たなステージへの挑戦は?

新谷 2016年の週刊文春の戦い方には、将来へのヒントがたくさんあったと思います。それを発展させていけば、誰も見たことがなかった景色が見られるのではないか――。小さくなる陣地にしがみつくのではなく新たな地平を切り開く。雑誌が売れない時代だからこそ、新しい変化を恐れず、前へ、前へと進みたい。

2014年にドワンゴと立ち上げた「週刊文春デジタル」の有料会員(1カ月864円)は7千人近くになり、今年からLINEと一緒に有料記事配信サービスを始めました。週刊文春のコンテンツに魅力を感じてくれる人がたくさんいれば、こちらが主導権を握って面白いことをいくらでも仕掛けられる。全ての原点は「面白いコンテンツを作れる存在であるかどうか」。その生命線をしっかり自覚して守っていければ十分に生き残れるのです。(聞き手 本誌編集長 宮嶋巌)

   

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