「東京ビッグサイト」五輪転用で展示会が悲鳴

20カ月もの長期にわたり展示場の利用を制限。モーターショーもコミケも会場が足りず、経済損失は甚大。

2017年5月号 BUSINESS
by 千葉利宏(ジャーナリスト)

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東京ビッグサイトで開催されるコミケに向かう人たち(16年12月)

Photo:Rodrigo Reyes Marin/Aflo

2020年の東京オリンピックによって、首都圏の大規模見本市・展示会の開催が崖っぷちに追い込まれている。有明の「東京ビッグサイト」が五輪のメディアセンターとして使用され、20カ月間も利用が制限されるからだ。その経済損失は1兆2千億円に達するとの関係団体の試算もあり、展示会ビジネスに依存する数百もの中小事業者からは悲鳴が漏れ始めている。

3月、安倍晋三首相は独ハノーバーを訪問、100カ国から20万人が訪れる欧州最大のIT見本市「セビット2017」で講演した。これまで日本企業の出展は10社程度だったがメルケル独首相の要請に応じ118社・団体に拡大。日本企業幹部が大挙して同行、現地ではホテルの値段が例年以上に跳ね上がるなど大きな経済効果をもたらした。

セビットが開かれたハノーバー国際見本市会場は、展示会場面積が約47万㎡で世界最大(日本展示会協会調べ)。国内最大の東京ビッグサイト9.7万㎡の約5倍の規模だ。ドイツが第二次世界大戦に敗れた直後に建設され、巨大展示会の開催で企業の製品開発意欲が高まり、経済の再生と輸出促進のきっかけになったことは「ハノーバーメッセの奇跡」ともいわれる。

「利用者に相談ない」と憤り

見本市や展示会は、会場の規模が大きく立地が良いほど来場者が集まり、出展者も増える。経済効果が「入れもの」に比例するといわれるが、日本ではビッグサイトでさえ広さで世界ランキングの50位にも届かない。一方、隣の中国はハノーバーに次ぐ広さの上海を筆頭に、ビッグサイトをはるかにしのぐ規模の会場がごろごろしている。

かつて千葉・幕張メッセで隔年開催されていた「東京モーターショー」は09年にリーマンショックの影響で出展者数が減り、来場者数も約60万人と前回の半分以下に激減。「中国の北京モーターショーの台頭で東京が地盤沈下」とのニュースが世界を駆け巡った。11年からはビッグサイトに会場を移し、19年には東京から世界に向け自動運転などの最先端技術を発信する場となるはずだが、予定時期に利用できるのは5万㎡弱で従来の4割減になる。「外国メーカーからは立地が良いところでの開催要望が強い。どうやって会場を確保するか」(日本自動車工業会)と頭を悩ます。

主催者以上に深刻なのは、展示場ビジネスに大きく依存している中小事業者だ。年2回開催される「コミックマーケット」(コミケ)は、20カ月の利用制限により3回連続で影響が出る。ビッグサイトのほぼ全ホールを使用し同人誌や漫画・アニメ・ゲームコンテンツの展示即売、コスプレイベントなどを開催、3日間で約60万人が訪れる。若手の発掘・育成の場にもなっており、世界に日本のオタク文化を発信する重要なイベントだ。コミケとともに歩んできた広島県福山市の同人誌専門印刷会社「栄光」の岡田一社長は「会場が縮小すれば大幅な売り上げ減は避けられない。なぜ利用者に事前に相談せずに、ビッグサイトをメディアセンターに決めたのか」と憤りを隠さない。

展示会のブース装飾などのディスプレイ業界への影響も甚大だ。東京ディスプレイ協同組合(組合員数208社)の理事長を務めるトーガシの吉田守克社長によると、組合員のビッグサイト関連売上高は1社平均で年間7億円。「仮設工事なので通常の建設工事とは職人の技能も違う。中小事業者ばかりで、大阪や名古屋で売上をカバーするのも難しい」と話す。

東京都は展示会場対策としてビッグサイトの拡張(2万㎡)、東京テレポート駅前の仮設展示場(2.4万㎡)の新設などを打ち出しているが、仮設展示場は搬入時の問題も指摘され、業界団体の日本展示会協会は「それでは解決にならない」と主張する。取材すると、国も東京都も展示会の経済効果を把握しておらず、ビッグサイトの利用制限による経済損失も分析していないことがわかってきた。

展示会戦略はないも同然

政府は16年3月に策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」で、ビジネス訪日客を増やすためにMICE(企業の会議・研修旅行・国際会議・展示会)を積極的に推進する方針を盛り込んだ。しかしターゲットは「MIC」までで、E=展示会は蚊帳の外。

12年からMICE国際競争力強化委員会を設置している観光庁では「展示会の所管は経済産業省なので、ほとんど議論していなかった。17年度から経産省と協力し展示会の経済効果に関する調査を始める予定で、結果が出るのは1年後」(国際観光課)と認める。国の展示会戦略はないも同然なのだ。

展示会の経済効果でこれまで参考になる資料は、06年度にビッグサイトで開催された展示会を対象に、運営会社と民間シンクタンクで行った共同調査のみ。それによると、交通・宿泊・会場設営などの消費行動による効果は7500億円、商談機会の増加、広告宣伝効果などビジネスチャンス拡大の効果が約5.8兆円で、合計年間約6.5兆円。だが、今回のビッグサイトの会場縮小や分散化による損失の分析が行われた形跡はない。

東京都では3兆円を超えると試算された五輪開催費用を削減するため競技施設の見直しを行い、幕張メッセもフェンシング会場として利用することを決めた。そうなれば経済損失はさらに拡大するが、「現時点で新たな対策の予定はない」(東京都担当者)。日展協が要望する5万~8万㎡の代替施設の建設も、実現には時間切れ目前だ。

打つ手なしか。実は逆転満塁打の秘策がある。「メディアセンターをビッグサイトから豊洲新市場に移しては」――。日展協が、そんなアイディアを提言したのだ。ビッグサイトは放送機材用に新たに強力な冷房設備を導入する必要があるが、豊洲新市場なら冷房設備は万全。スペースも充分だ。「安全性の確認や環境アセスメントに時間がかかれば、築地市場の移転は20年に間に合わないはず。これなら施設を生かすこともできるのでは」(トーガシ・吉田社長)

今後、国による展示会の経済効果の詳しい分析が明らかになれば、展示会場問題でも事業者への損害賠償に発展することが予想される。小池百合子都知事が一石二鳥の解決策を検討しない手はない。

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千葉利宏

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