トランプ氏来日前に買いたいが、森友で国民は国有地の問題に敏感になり、一転慎重居士に。
2017年5月号 BUSINESS
鹿児島県の大隅諸島にある馬毛島
Photo:Jiji Press
防衛省が森友学園問題を巡る余波で右往左往している。稲田朋美防衛相、その夫である弁護士と、籠池泰典前理事長の関係が疑われているためだけではない。同省を悩ませている問題がもう一つあるのだ。
「くれぐれも慎重にやるように」。今年3月、防衛省幹部は、部下にこう指示を出した。「慎重に」とは、鹿児島県西之表市にある馬毛島(まげしま)の土地価額の鑑定のことを指している。
防衛省は昨年11月、米空母艦載機の離発着訓練場(FCLP)の移転先の候補地として、馬毛島を所有する会社と、島を買い取る交渉に入ることで合意した。
ただ、島を所有するタストン・エアポート社が、これまでの整備費を含む約150億円で買い取るよう要求したのに対し、防衛省側は「価値は数十億円」との判断を示し、両者の隔たりは大きく、交渉は難航していた。
ある防衛省関係者は「数十億円どころか本当は数億円程度ではないのか。ふっかけるにも程がある」とこぼし、「交渉がまとまる見通しは厳しい」とも語っていた。
ところがその後、状況は一変する。今年1月、米国のトランプ大統領と安倍首相との会談が成功を収めたのがきっかけだ。トランプ氏への警戒を依然として緩めない欧州や、ライバル国の中国とのスタンスの違いは明確で、二人の握手シーンは日米が強固な同盟関係にあることを世界に示した。
そのトランプ氏が今秋、日本に初来日する。11月を目途に日程を調整中だが、そのときに持たせる「手土産」の一つが、この離発着訓練場の移転先決定の知らせなのだ。
関係者によると、防衛省のスタンスに変化が見え始めたのは今年2月のこと。島を所有する会社の要望に沿い得る可能性を見せ始め、国会議員らへの説明も、「島の整備には意外とカネがかかっている」「訓練場としてほかに代えがたい島」と変わり始めたという。
そして現在は、土地の鑑定を業者に依頼し、その結果を待っているところだが、その変化の矢先に、大きく立ちはだかったのが「森友問題」だった。
森友問題の核心は、財務省が管理する9億円といわれる国有地を約1億円で売却し、学園側に差額8億円の利益供与をはかったとみられる疑惑だ。通常は公表される売却額を財務省が非公表にしていたことで疑いは加速した。
その後、名誉校長だった安倍昭恵夫人の学園への100万円寄付疑惑や、学校法人が運営する幼稚園での右派思想教育、補助金不正請求問題も浮上しているが、国有地の評価の差額については、依然として財務省から納得のいく説明はない。
馬毛島の買取交渉は、民間への国有地の売却ではなく、民間の土地を国が買い取る(国有地にする)交渉で、手続きは正反対だ。
しかし、さる防衛省関係者は、「税金を国に納める庶民からすれば、問題の本質は変わらない」と言い、省内は馬毛島の買取価格でナーバスになっていると声をひそめる。
馬毛島の土地取引・開発の歴史はキナ臭く、利権にまみれてきた。馬毛島は、種子島の西側に浮かぶ面積8㎢の無人島。島の99%を会社1社で保有しているため、政府や防衛省は「交渉しやすい」と話に乗ったが、事はそう簡単に進まなかった。
もともと島はバブル経済時に不正融資事件が発覚して経営破たんに追い込まれた平和相互銀行の子会社、馬毛島開発が所有していた。
1970年代、馬毛島にレジャーランドを建設する目的で買収したが、頓挫。国の石油備蓄基地の候補地にもなったが、この計画は鹿児島県の志布志湾に決まり、幻に終わった。
80年代には、平和相銀の伊坂重昭監査役が右翼の豊田一夫氏を使い、自衛隊の超水平線レーダー用地として当時の防衛庁に売却する話を計画して政界にカネをばら撒いたという疑惑も持ち上がった。が、これも実現せず、平和相銀は住友銀行に救済合併された。
95年に馬毛島開発の経営を立石勲氏が引き継いだ後も、様々な利用計画が浮かんでは消えた。99年には使用済み核燃料の中間貯蔵施設の建設計画が浮上。沖縄の普天間基地の移転先候補として名前が取りざたされたこともあった。
島の開発を巡っては、複数の訴訟も起こされている。鹿児島県から岩石採取の許可を得た開発会社は、島東部の森林開発に乗り出した。ところが森林伐採で泥水が海に流れ込み、周辺の海域で漁業を営む漁師らが被害弁償を求めて鹿児島地裁に訴えを起こしている。
米空母艦載機の離発着訓練場について、地元は誘致反対の声が強く、今年3月の島を管轄する西之表市の市長選挙では、前市長に続き、訓練場の誘致反対を唱えた候補者が当選した。
とはいうものの、立石氏による森林開発はすでに島の全面積の半分近くに及び、中央に夜間離発着訓練(NLP)を念頭に置いて造られたとみられる、十字型の飛行用滑走路も出来上がっている。
同氏は民主党政権時代の2010年、約3億2千万円を脱税したとして法人税法違反の罪に問われたが、同政権時代の日米両政府の共同文書には「(馬毛島は)米軍の空母艦載機離発着訓練の恒久的な施設として使用されることになる」と盛り込まれるなど、地元反対という逆風をものともせず、政府による買い取りの検討は進んだ。
ただ、土地の買い取りには、権利関係の複雑さという問題もあった。島の登記簿謄本を見ればわかるが、それほど広くない土地が網の目のように分割登記され、それぞれに抵当権がベタベタと張り付いている。
登記にからみ、本誌2月号が報じた物騒な係争もある。昨年10月、馬毛島の土地6haに付けられた極度額5億円の根抵当権設定の仮登記を巡り、11年、馬毛島開発からタストン・エアポートに名前を変えた開発会社が、偽造印が使われた可能性が高いとして抹消を求めた5億円の根抵当権をつけたのは、東京都町田市在住の男性で、タストン側は「(暴力団の)極東会系の元組員と同一人物と思料される」としていた。
政府が土地の買い取りに逡巡を重ねたのもこうした背景があったからだが、そこに今回、森友学園の問題が新たに加わった。果たして防衛省は国有財産問題に鋭敏になった国民に、どのように馬毛島買い取りを説明するのだろうか。