米大統領選前後に3度も領海侵入。中国海警局の公船の揺さぶり戦術に、12隻の尖閣専従船が立ち向かう。
2017年1月号
POLITICS [11.11尖閣緊迫]
by 岩尾克治(フォトジャーナリスト)
石垣海上保安部での訓練方法
石垣島最北端の平久保崎灯台
海保庁のシンボル「コンパスマーク」
11月8日に行われたアメリカ合衆国大統領選で、新大統領に共和党のドナルド・トランプ氏が選ばれた。当選を伝える新聞記事を読みながら私は同10日朝、羽田から沖縄県・石垣島へ向かった。6日には尖閣諸島・魚釣島周辺の日本の領海に中国公船4隻が侵入している。大統領選を前にしての、不穏な感じのする動きだ。
石垣空港へ到着後、石垣港の海保専用岸壁に立ち寄ると、夕方にもかかわらず、出港準備をしている領海警備専従の巡視船「たけとみ」が目に飛び込んできた。「たけとみ」は桟橋からゆっくり離岸して、船首が石垣港入口を向くと、周りの漁船、レジャーボートに注意しながらゆっくりと前進していった。「たけとみ」が出港した後の専用岸壁には、領海警備専従船「いけま」「いぜな」の2隻と修理中の巡視船「いしがき」が停泊しているだけだ。
石垣港から尖閣諸島の魚釣島までの距離は170㎞。巡視船の巡航速度約20ノット(時速37㎞)で行けば約5時間で着く。沖縄本島からだと2倍の約11時間がかかる。海上保安庁は、尖閣事案に即応するために、最前線に位置する石垣海上保安部に今年3月末、「尖閣領海警備専従」の巡視船12隻の配備を完了させた。職員数も、専従船の乗員500名を加えて689名となり、横浜保安部を抜いて日本最大の海上保安部となった。
石垣港では、尖閣専従船の専用岸壁となっている「逆F字型のバース」も今年3月に完成。5隻の専従船が係留可能で、物資を積んだ車両が乗り込めるよう横幅も広く、頑丈にできている。近くには、乗務員の待合室や会議室、大型荷物の倉庫にも使われる船艇基地2棟も新設された。
尖閣専従体制を構成する巡視船のうち、25年以上前の3100tタイプのヘリ搭載型巡視船(PLH)2隻は、旧式の35ミリ砲を搭載しているが、現実的には役に立たない。残りの10隻の新造巡視船(PL、1500総tタイプ)は「くにがみ」型と呼ばれ、従来の巡視船と大きく異なる特徴がある。それは、巡視船の装備だ。本来なら30ミリ砲を搭載してもおかしくないが、射程距離が短い20ミリ砲を搭載している。これには「尖閣周辺で戦いは起こさない」との海上保安庁の明確なメッセージが込められている。
緊急出港するPL81「たけとみ」
11日朝、ここでも午前8時に動き出す海上保安庁巡視船の行動時刻は守られている。昨夕、出港して帰港したばかりの「たけとみ」に再び、出港準備の船内放送がかかり、主機が起動される。30分後に出港。
「たけとみ」を見送った後、石垣海上保安部管理課職員の案内で、港内取材を始める。逆F字型の専用バースを進み、現在残っている巡視船「いぜな」と「いけま」の間に着くと、突然「いけま」の乗務員の動きが活発化した。問い合わせると「緊急出港がかかった」との返事だった。出船態勢での接岸なので、「いけま」は音もなくサーッと出港する。周りの船舶に気づいてもらえるように電光掲示板には、「巡視船いけま、出港します」と掲示されている。行先はもちろん尖閣諸島だ。
広い専用バースに尖閣専従船は「いぜな」が残っているだけ。昨日と本日早朝からの石垣港を見ていると、専従部隊のあわただしい動きが浮き彫りになった。
11日に、石垣港から巡視船があわただしく出港して対応していたのは、後日の取材で中国海警局の公船である「海警2101」「海警2401」「海警2502」「海警35115」の4隻だとわかった。この4隻が6日に次いで12日にも尖閣周辺の領海に侵入したのだ。さらにこの4隻は14日も領海に侵入。9日間に3度の侵入は異例だ。やはり米大統領選を見据えての中国の揺さぶり戦術では、と思えてくる。
手前は尖閣任務を終えて石垣港へ入港したPL82「なぐら」
中国海警局は、北海分局、東海分局、南海分局からなる。尖閣諸島を担当しているのは、浙江省から福建省まで管轄している東海分局だ。4隻の所属とt数を調べると、2101は東海分局所属で1千t級の新造船。2401は東海分局所属で4千t級のヘリ1機搭載型新造の1番船。2502は東海分局所属で5千t級のヘリ1機搭載型新造の2番船。35115は、東海分局福建所属の1千t級の新造15番船で30ミリ砲を装備していると判定できる。
2012年9月11日の日本の尖閣三島国有化を口実に、中国の公船が多数、継続的に日本の領海に侵入するようになった。13年3月には、「海洋強国」政策を掲げる中国政府は「五龍」と呼ばれる海上法執行機関を統合して、国家海洋局に中国海警局を創設した。人員1万6296人、1千t級以上の船舶数114隻の巨大な組織が誕生した。
この動きに対応するため、海上保安庁は急遽、尖閣専従体制の構築に着手した。急ごしらえで新造された専従船は「10隻で12隻相当」というアクロバティックな使い方をしている。3隻の船に4クルーの乗組員をあてがう「複数クルー制」を採用、一つのクルーが休暇を取っている間も巡視船を休ませず別のクルーが使うことで、3隻を4隻相当に使うのだ。この複数クルー制の船が石垣と那覇に計2組(計6隻)配備されているので、これで8隻相当。石垣配備の固定クルー制の4隻と合わせて「12隻相当」となる。海上保安庁政策評価広報室の大達弘明報道官は「複数クルー制で運用するのは、尖閣諸島周辺に常に巡視船が哨戒している状態を保つための苦肉の策です」と解説する。
ただし、そのような工夫を凝らして完成した専従体制だが、16年8月には中国漁船最大300隻と、中国公船最大15隻が尖閣周辺の日本の接続水域に侵入するという予想外の事態が起きた。この時はとても専従部隊だけでは足りず、保安庁は地元の第十一管区(本部は那覇市)以外の管区も含め、全国から巡視船艇を尖閣に応援・派遣させてしのいだ。集まった巡視船の数は公表されていないが、事情通は「少なくとも30隻は下らない」と見る。
その後、幸い、中国公船の大量侵入はないが、かつては「1度に3隻」の領海侵入が通常パターンだった中国公船は、今では「1度に4隻」が常態化している。取材に訪れた石垣でのあわただしい巡視船の動きを見ると、今が対応の限界で、これ以上、中国船が増えれば、海保も「第2次尖閣専従部隊」の創設に動かなければならないのではと思える。
尖閣警備だけではない。14年秋には、沖縄から遠く離れた東京都の小笠原諸島でも中国サンゴ漁船群が貴重なサンゴを乱獲する事案が発生した。10月30日には最大212隻の中国サンゴ漁船が、日本のEEZ(排他的経済水域)内の伊豆諸島から小笠原諸島にかけての広大な海域で確認された。海保は動員できる全ての大型巡視船を出動させたが、数で圧倒する中国サンゴ漁船の乱獲を許し、その後、法律を改正して罰金を10倍に引き上げ、厳正に対処してようやく鎮静化させた。
国土面積の約12倍に相当する470万㎢のEEZを持つ日本は、世界第6位の海洋大国だ。海上保安庁は、その広大な海域を巡視船艇452隻、航空機74機、定員が1万3522人で守っている。東アジア各国の沿岸警備隊の定員は、13年時点で中国は1万6236人、韓国は1万400人、台湾は約1万5千人、フィリピンは約8千人、ベトナムは約7千人だ。自国のEEZの広さに比べ、日本の海保の規模がまだまだ小さいのがわかる。
中国に関して言えば長期間活動できる1千t級以上の海警船は現在114隻。海保の巡視船は64隻で半分に過ぎない。また東京オリンピックが開かれる20年には、中国は26隻増強して140隻に拡大させると見られている。おまけに海保の巡視船艇は、約35%が使用対応年数を超えて活動している老朽船だ。
もしも中国が「二正面作戦」をとり、尖閣周辺と小笠原周辺に同時に大量の公船や漁船を侵入させたら……と考えると、背筋が寒くなる。今こそ、海保の老朽化した巡視船艇の代替と、太平洋の警備救難にあたるため、新規の1千t級以上の巡視船新造が急務ではないか。
海上保安協会常務理事の鈴木洋氏(元海上保安監)は「緊急即応体制が組める余裕のある巡視船の数が必要だ。小笠原のサンゴ船事案では、休暇中の巡視船も動員して対応した。日本のEEZ内を24時間監視、管理するシステムと、事案に柔軟に対応できる余裕をもった即応体制を持つ必要を感じる。そのためにも航空機、巡視船の増強が必要だ」と強調する。