強権発動にひれ伏す業界の雄「ライオン」。庁内で「天下り強要」 が常習化の疑い。
2016年5月号 BUSINESS
雪印の社外取締役に天下った阿南久・前消費者庁長官
Photo:Asahi Shimbun
徳島県への移転問題で揺れる消費者庁が、健康増進法をテコに広告規制を強化しようと狙うなど、移転阻止と組織防衛のためにあえて存在感をアピールする動きが目立ってきた。
一方で、幹部が取り締まり対象企業への天下りを要求していたことが次々と発覚し、組織の緩みと驕りも指摘される。新興の小粒官庁にもかかわらず、消費者保護を御旗に「大消費者庁」への変身をうかがう姿勢に警戒が必要だろう。
安倍晋三政権が検討していた政府機関の地方移転を巡り、焦点だった消費者庁の徳島移転問題は、今夏以降に結論が先送りされた。板東久美子消費者庁長官ら数人がお試し移転した3月に続いて、今夏に第2弾のお試し移転を行った後、本格的に議論される段取りという。
もし移転が実現すれば、「東京一極集中」の是正の目玉となる。経済政策アベノミクスの地方版、ローカルアベノミクスのてこ入れに躍起の安倍首相は実績をアピールできそうで、河野太郎消費者相も相変わらず徳島移転にやる気満々である。
これに対し、消費者庁を全面支援する消費者団体や、消費者の権利を声高に主張する日本弁護士連合会は徳島移転に反対する。河野消費者相に睨まれた板東長官ら幹部職員は、渋々と移転問題に取り組んでいる様子だが、本音は東京残留だけに、大臣への面従腹背のポーズと見たほうが正しい。
「消費者行政の一元化」を目指して、消費者庁が2009年9月に発足して約6年8カ月。内閣府、経済産業省、公正取引委員会、農林水産省、厚生労働省など各府省からの寄せ集めの200人強の体制で、弁護士や公認会計士、金融などの民間からの任期付き職員も多い。霞が関では異例の組織だ。
生え抜きがおらず、当初は各府省からの出向職員も腰掛け気分的で帰属意識が薄かったが、奇しくも徳島移転問題で結束力がにわかに醸成されてきた。
というのも、消費者行政の攻勢が目に付くからだ。なかでも注目を集めたのが3月1日の「ライオン狩り」事件だった。
ライオンが発売する特定保健用食品(トクホ)の「トマト酢生活トマト酢飲料」の新聞広告は、健康の保持増進効果について著しく誤認させるような表示だったとして、消費者庁は健康増進法(誇大表示禁止)違反で再発防止などの措置を勧告した。人気のトクホの広告がやり玉にされたのは初めてだった。
その広告とは15年9~11月にかけて、全国紙や地方紙に「毎日、おいしく、血圧対策」「薬に頼らずに、食生活で」「臨床試験で実証済み!」などと記載していたものだ。
健康増進法は従来、「抜かずの宝刀」とも言われ、勧告が発動されることはなさそうと産業界が高をくくっていた面がある。ところが、業界の雄であるライオンを狙い撃ちにしたショックは大きかった。
ライオンは濱逸夫社長名で「勧告を真摯に受け止め、お客様にわかりやすく誤認されない表示になるよう、広告出稿時の管理体制をより一層強化し、再発防止に努める」との談話を発表し、消費者庁にひれ伏した。
これには伏線もある。消費者庁は健康増進法のガイドライン改正についての意見募集を2月から行っており、ガイドラインを大幅に強化する内容の改正に最も神経質に反応していたのが新聞業界だったからだ。
日本新聞協会は、ガイドライン改正案で「適用を受ける対象者」として、「新聞社、雑誌社、放送事業者等の広告媒体事業者等も対象となり得る」と明記された点を問題視し、「広告に対する責任が広告主と同時に媒体社にもあると解釈されかねない」「広告の責任は広告主にあるという原則に反する」と反対意見を表明した。
消費者庁が過剰な広告規制に乗り出すと、広告主が新聞などへの広告出稿を躊躇しかねず、ただでさえ広告が減っている新聞業界への逆風が強まる。加えて、広告を掲載した新聞社なども一蓮托生で連帯責任を問われそうな非常事態に業界は震え上がったと言えよう。
ライオン狩りはトクホへの勧告にとどまらず、「マスコミの広告ビジネスへの揺さぶり」(関係筋)というわけで、自らの威力を示し、「徳島移転構想をマスコミは容認するな」と暗に報道を牽制した効果に消費者庁幹部がニンマリしたといわれる。
ただ、一方で、消費者庁の締まりのなさを浮き彫りにしたのが天下り強要問題である。
内閣府の再就職等監視委員会が3月末に発表したもので、昨年退職した消費者庁の元課長補佐が、同庁の取り締まり対象企業に天下りを要求していた。監視委員会は国家公務員法の再就職等規制違反に認定し、「違反を未然に防ぐ機会を逸したことは問題」と消費者庁を批判する異例の意見も付けた。
河野消費者相は記者会見で「お叱りをいただいた。反省したい」と陳謝するとともに、元職員が退職していて処分できない点に関し、「何も処分されないのはいかがなものか」と失態に苦虫を噛み潰した。
消費者庁では、消費者団体から登用された前消費者庁長官の阿南久氏が在職中に大手乳業メーカーへの天下りを約束していたことが昨年10月に発覚した「前科」がある。阿南氏も再就職等規制違反に認定され、やはり退職後だったため、処分なしの大甘で幕引きされた。
監視委員会が今回、異例の批判意見を付けたのは、阿南氏に続いて発覚した天下り強要とかその種の動きが庁内で常習化しているという疑念が消えず、クギを刺したと見るべきだ。
消費者庁が消費者保護の大義名分のもと、行政処分などの規制権限を強めるほど、産業界は萎縮する。その反面、天下りポストの確保や組織防衛のために、規制強化をちらつかせているとすれば本末転倒である。
消費者庁幹部らは、天下り問題への批判が広がらないよう火消しに必死で、官邸だけでなく、自民・公明の与党や野党に説明に回っている。これを機に、徳島移転ムードに拍車がかかる事態を警戒しているためだ。
ヒヨコ官庁だったのに、ガバナンス体制も緩いまま規制強化に突き進むと弊害は大きい。消費者庁の肥大化と天下り強要問題は、消費者行政の在り方を厳しく問いかけている。