女性管理職比率がこの10年で4倍以上に。女性活躍の先端を走る日産自動車のダイバーシティ哲学。
2016年4月号
INFORMATION
取材・構成/編集委員 上野真理子
管理職候補の女性と面談する三田村真希子さん(左)
女性の活躍を経済成長の重要な柱として推進する現政権。しかし、伝統的に男性が多い業界では、4月の女性活躍推進法の施行に身構える企業も少なくない。
その中でダイバーシティに積極的に取り組んできたのが、日本のものづくり企業の代表選手、日産自動車だ。社内託児所の設置、ファミリーサポート休暇の設定、間接部門の全従業員を対象にした在宅勤務制度の導入など制度改革を続け、これまでダイバーシティに関する数々の賞を受賞。東証の「なでしこ銘柄」にも選出されている。
技術開発や製造現場の従業員が多いことから、全従業員約2万2千人のうち、女性在籍比率はまだ約13%(2015年時点)。ところが管理職の女性比率はこの10年間で4倍以上に伸び、15年に214名、8.2%となった。製造業では非常に高い数字だ。17年までに10%を目指す。
こうした成果の原動力となっている部署がある。「ダイバーシティ ディベロップメント オフィス(DDO)」だ。
横浜市の日産本社
DDOは人事部からは独立した専門組織で、04年に設置された。現在は室長のほか、キャリアアドバイザー兼マネジャーが2名、担当が4名の計7名体制である。
注目したいのが、キャリアアドバイザーの存在だ。管理職候補者の女性やその上司と面談し、一人一人の育成状況を把握、それぞれに合ったキャリア開発支援を行い、女性管理職の比率アップにも大きな役割を果たしている。
キャリアアドバイザーは他の部署でさまざまな職務経験を経ている。現在着任している2名のうちの一人、三田村真希子さんは、昨年4月に異動する前はR&D(開発・研究)部門に所属していた。
「米国の燃費や排気などの環境規制の動向調査に携わっていました。環境の面で自動車メーカーが果たす役割は大きくなっていますね」(三田村さん)
自分自身、現在中学生と小学生の二人の子どもを育てながら、夫の単身赴任の留守を預かった時期もある。そうした経験を現在の職務に生かせると感じている。
管理職候補者の女性との面談では管理職になることに躊躇する声が少なくない、と三田村さんは話す。「一般的に男性の場合はヒエラルキー志向が強く、組織に貢献して認められたい傾向にあり、結果を重視します。一方、女性は地位よりも自分らしさに重きを置き、プロセス重視。そのため、自信が持てないことに対して『まかせてください』とは言えない、という傾向があります。本人が不安に感じる要素を掘り下げ、課題があれば研修などを提案し、家庭との両立が不安ならロールモデルになる方を紹介するなど、キャリア形成のヒントを提供し、モチベーションが高められるようサポートしています」
キャリア育成においては、上司の存在も大きなポイントだ。そのため、管理職候補者本人の面談とは別に、年に2回「キャリア開発会議」の機会を設けている。会議では本人の上司とその上司、人事部、キャリアアドバイザーの4人が一緒になって一人一人のキャリアについて議論し、育成計画を策定。育成計画と本人の強み、弱みを踏まえ、研修についても検討する。
こうしたキャリア開発会議を数多く重ねる中で、女性の昇進に際しての課題も見えてきた。「男性が多い組織では女性は一歩下がってサポーターになり、リーダーシップが弱いと見られてしまう傾向があります。また女性は目の前の仕事をきちんとやっていれば誰かが見ていてくれると思いがちですが、大きな組織では自分がやっていることを周りに伝えていくのも大事です」
そこでDDOでは、男性と女性の思考やコミュニケーションスタイルの違いを男性の上司に理解してもらうよう啓発する一方で、女性の管理職候補者に向けた研修も行っている。マネジメントやリーダーシップについて学ぶことで、女性のキャリア意識の向上と成長につながるよう、外部講師の講義のほか、プレゼンの練習やロールプレイングも盛り込まれているそうだ。
「初めは、なぜ女性だけの研修やキャリア開発会議をするのかという声もありました。でもDDOの設置から10年以上経ち、男女の思考の違いも含めて理解が進み、今ではそうした声はもうないですね」(同)
日産はグローバル行動指針「日産ウェイ」に「異なった意見・考えを受け入れる多様性」を掲げ、カルロス・ゴーンCEO自ら「ダイバーシティは競争優位にたてるチャンス」とメッセージを発してきた。クルマを購入する人は男性の方が多いが、実際は妻など周囲の女性の意見が6割入るといわれる。買う人のニーズに応えるためにも、「製品・サービスの開発にも女性の視点を取り入れることが不可欠。経営戦略として女性の活躍がある」と三田村さんは語る。
製造現場や海外出向の場面でも女性の姿は当たり前になってきた。だが、ただ役割を与えることで活躍が広がるわけではない。キャリアアドバイザーは、言葉にしなければ気づけない社内の壁を見える化してお互いに乗り越えさせることで、会社の中に新たな活力を生み出しているようだ。
最近では介護世代の増加も見据え、1日8時間を意識した働き方を奨励する「Happy8」プログラムを導入、働き方改革を全社的に進めている日産。その先進的な取り組みを多くの日本企業が取り入れたとき、社会全体も大きく変わるのかもしれない。