LIXIL陥れた中国「魔窟」

662億円も丸損させてどこ吹く風。そもそも「買ってはいけない」会社の本拠地、福建省侖蒼鎮をルポ。

2015年9月号 BUSINESS [ 「毒饅頭」ジョウユウの町]

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南安市侖蒼鎮にある中宇衛浴の本社ビル

「破産? さあ、会社からは何の説明もないが、工場は開いているよ。でも最近はほとんど仕事がない。この先一体どうなることやら」――。

通用門から出てきた男性工員は、憂鬱な顔でタバコをくゆらせながらそう語った。すぐ隣に立つ寮の窓を見上げると、どの部屋にも室内に洗濯物が吊され、今も多数の工員が暮らしているのがわかる。他にも複数の工員をつかまえて話を聞いたが、会社が存続しているのは間違いなかった。

福建省東南部の大都市、泉州から、高級中国茶の鉄観音の産地として有名な安渓に向かう路線バスに揺られること約40分。四方を山に囲まれた川沿いの農村風景のなかに、突如場違いなツインタワーや建設中の高層マンションが姿を現す。この町の名は南安市侖蒼(ルンツアン)鎮。日本の住宅設備大手LIXIL(リクシル)グループの中国子会社で、不正会計の発覚により最大662億円もの損失をもたらした「ジョウユウ」(Joyou)の本拠地である。

法的整理と私的再生が同時進行?

創業トップの蔡建設

息子の蔡吉林

本誌記者がわざわざ侖蒼鎮を訪ねたのは、そこが8月号のカバーストーリー「怪しすぎるLIXIL『丸損』」で報じた異常事態の震源地だからだ。詳しくは後述するが、実は侖蒼鎮は中国の住設業界で知らぬ者のない特異な町でもある。そこで本誌は、ジョウユウおよび侖蒼鎮の現状をこの目で確かめる必要があると判断した。

まず経緯を振り返ろう。ジョウユウは水栓金具や衛生陶器などを手がける中国の企業グループ「中宇衛浴」の持ち株会社で、登記上の本社をドイツに置き、2010年にフランクフルト証券取引所に上場。その後、欧州の水栓金具最大手のグローエがTOB(株式公開買い付け)や中宇の創業者一族との株式交換を通じて発行済み株式の72.3%を取得し、ジョウユウを子会社化した。さらに13年、LIXILが総額29億3500万ユーロ(約4千億円)でグローエを買収したのに伴い、ジョウユウも一緒にLIXIL傘下に入った。

ところが今年4~5月にかけて、巨額の簿外債務、売り上げの水増し、費用の過少計上などの不正会計が露呈、大幅な債務超過であることが判明する。5月22日、ジョウユウはドイツの裁判所に破産手続き開始を申し立て、同時に中宇の創業者でジョウユウCEO(最高経営責任者)の蔡建設と、息子でCOO(最高執行責任者)の蔡吉林を解任したと発表した。

だが、ここから事態は仰天の展開を見せる。翌23日、ジョウユウの中国語ウェブサイトに「中宇は破産しておらず、全管理職が職務を継続している」という内容の声明文が出現したのだ。事実なら、ジョウユウの実体である中宇に蔡親子が経営トップとして居座り、ドイツの管財人による資産保全などを無視する構えと解釈できる。そんな無法が許されるのか。7月初旬の本誌の取材に対し、LIXILは子会社の中宇を制御できない状況にあると認めた。

その後、事態はさらに混迷の度を増している。7月17日、中宇は「地元政府と銀行の支持の下、投資家から3億元(約60億円)の運転資金を調達する契約に調印した」とウェブサイトで発表。これは、中国のステークホルダーと蔡親子が債務繰り延べなどに合意し、中宇は経営破綻を回避して再建に動き出したことを示唆する。

一方、LIXILは5日後の22日、ドイツの裁判所に申し立てていた破産手続きが開始されたのに伴い、ジョウユウは管財人および裁判所の管理下に移り「当社の子会社ではなくなった」と発表した。しかしジョウユウと中宇は本来一体のはずだ。にもかかわらず、持ち株会社はドイツの倒産法に基づく法的整理のプロセスに入り、実体企業は中国のステークホルダーと協議して私的再生に動くという、前代未聞の珍事が進行しているのである。

「我々がどうこう言う話ではない」

もっとも、ウェブサイトの情報だけで中宇が経営破綻していないと判断するのは早計だ。同社の簿外債務は1千億円を超えると見られる。いかに法治がおざなりな中国でも、これだけの借金返済が滞れば普通の経営者はタダではすまない。本誌は独自ルートを通じて蔡親子に取材を申し込んだが、なしのつぶてだった。ウェブサイトで虚偽の情報を流して時間を稼ぎ、蔡親子は夜逃げ、工場やオフィスはモヌケの殻というケースも想定する必要があった。

しかし7月下旬、本誌記者が侖蒼鎮を訪れると、冒頭で触れたように中宇の工場や本社ビルには人が出入りし、工員の証言から会社の存続が確認できた。ある工員は、「未払いだった給料が数日前に支給された」と語った。これは中宇が3億元の運転資金を調達したという発表にも符合する。

LIXILの藤森義明社長兼CEOにとって、中宇の私的再生はさぞかし不都合な現実だろう。持ち株会社の法的整理と矛盾するだけではない。ジョウユウの“破産”による損失662億円のうち、半分の3‌30億円は債務保証。LIXILがジョウユウのために日本のメガバンク3行に斡旋し、保証をつけた融資に伴うものだ。

この保証の履行により、LIXILは中宇に対して求償権を持つ大口債権者になった。ところが、中宇の経営トップには不正会計の張本人である蔡親子が留まり、LIXILは私的再生のプロセスから完全に排除されている。この実態を株主にどう説明するのか。本誌が改めて質問状を送ったところ、LIXILの回答は「ジョウユウの管財人とも協議しつつ、債権回収に向けて最大限の努力をしております」(広報部)という空疎なものだった。

中宇の工場には今もグローエのロゴが掲げられている

南安市侖蒼鎮の遠景

また、8月7日の四半期決算会見で同様の質問を受けた藤森は、「我々(LIXIL)がどうこう言う話ではない。それ(私的再生)がちゃんと行われれば、我々の債権回収にとってもいいのではないか」と、まるで他人事のような口ぶりだった。これで「プロ経営者」とは聞いて呆れる。

LIXILがドツボにはまった背景は複雑で、不運と言える要素もある。だが原因を突き詰めれば、ジョウユウ(中宇衛浴)という絶対に「買ってはいけない」企業に手を出した藤森の判断ミスに尽きる。

なぜ買ってはいけないのか。それを歴然と示すのが、巨額の債務返済が滞ってもなお、創業家の蔡親子が中宇の経営トップに留まっているという現実だ。これは中国の地元政府や銀行が、蔡親子を排除すれば中宇の再建は成り立たないと認識していることを意味する。要するに中宇は蔡一族の“私物”であり、そもそも資本の論理で制御できる相手ではないのだ。

このことは侖蒼鎮という特異な町の発展史と深い関わりがある。もともと山間の貧村で、住民たちは昔から中国各地に出稼ぎに出ていた。そして1970年代末、文化大革命の終結後に個人企業の設立が認められると、出稼ぎ先で水道の蛇口の修理技術を身につけた職人が住居を改造して工場を立ち上げ、出稼ぎよりはるかに多くのカネを稼いだ。それを見た他の住民がこぞって模倣し、やがて侖蒼鎮は中国最大の「水栓金具の郷」へと発展を遂げる。

侖蒼鎮とその近隣には、水栓金具や衛生陶器を手がける大手メーカーが中宇を含めて4社あり、中国市場でのシェアは合計60~70%に達するという。いずれも町工場からのし上がったオーナー企業で、創業者一族は地元の「四大家族」と呼ばれている。彼らは中小の下請けを含めて地元最大の雇用主であり、政府にとっては最大の税源、銀行にとっては最大の顧客だ。

先進国の常識が通じない世界

四大家族は市場ではライバルだが、同時に地縁による強い連帯感で結ばれ、資金調達で相互に債務保証するなど助け合ってきた。また、地元のインフラ投資などで政府に協力する見返りに、補助金や工場用地確保などの優遇を享受してきた。そこでは家族と会社、自社と他社、政府と企業などのカネの区別があいまいで、帳簿の改ざんは日常茶飯事。土着性が極めて強く、先進国の企業会計の常識が通じない世界なのだ。

中国の住設業界では侖蒼鎮と四大家族の素性は有名であり、外国企業でも調べればすぐにわかることだ。中宇を買収すれば、遅かれ早かれ問題が噴出するのは目に見えていた。にもかかわらず、LIXILはなぜ買収に踏み切り、あまつさえ債務保証までしてしまったのか。

この謎について本誌は有力な情報を入手した。ジョウユウへの融資斡旋と債務保証は、実は13年9月にLIXILがグローエ買収に合意した時点からの約束だったのである。その半年前、グローエ株を100%保有していた米投資会社のTPGとクレディ・スイスの投資銀行部門は、蔡一族が保有していたジョウユウ株(36.5%)とグローエ株(12.5%)を交換し、ジョウユウをグローエの子会社にした。その際、TPGとクレディ・スイスは、将来グローエを第三者に売却する場合は必ず同意を得るという協定を蔡一族と結んだ。そしてLIXILが売却先として浮上した時、蔡一族は当初は難色を示したが、最終的には融資斡旋を条件に同意したという。

逆に言えば、当時のLIXILは蔡一族が首を縦に振らなければグローエを買収できない立場だった。それに焦って目が曇り、ジョウユウという「毒饅頭」を喰った可能性が高いと見るべきだ。(敬称略)

   

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