「マジきら」論議で追求! 百年後も続く「良い会社」

永野 毅 氏
東京海上ホールディングス社長

2015年9月号 BUSINESS [インタビュー]
聞き手/本誌編集人 宮嶋巌

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永野 毅

永野 毅(ながの つよし)

東京海上ホールディングス社長

1952年高知県出身、62歳。慶應義塾大学商学部卒業。75年東京海上火災保険入社。6年間の米ロサンゼルス駐在員を経て、2000年商品・サービス開発部長。生損保一体型「超保険」の生みの親となる。11年東京海上ホールディングス専務取締役、13年より現職。座右の一冊はサミュエル・スマイルズ著『自助論』。

写真/吉川信之

――2年前の社長就任以来「良(い)い会社を創ろう!」と言い続けていますね。

永野 当社は1879年の創業以来、幾多の経営危機を乗り越え、今年で136年を迎えました。ところが、日本には200年以上の歴史を刻む会社が3100社以上もあり、世界の半数以上を占めています。私は、これから百年後も存続できる良(い)い会社を創りたいのです。

――4月から、新経営ビジョンとして「良(い)い会社を目指してTo Be a Good Company」を掲げました。

永野 私が言う「良(い)い会社」とは、単に売上や利益、株価、ROEなどの経営指標が見栄えのする会社ではありません。グローバル資本主義の中では「如何にして利益を出すか」「如何にして株主に貢献するか」が目標であることは間違いないでしょう。しかし、当社にとっては、利益はあくまで通過点であり、最終目的ではない。真の目的は利益の先にあります。

大切なことは「如何に選ばれるか」

――利益の先に何がありますか?

永野 私は、長く存続する会社は「如何に自分たちの商品を売るか」ではなく、「如何にすればお客様から選ばれるか」を愚直に考え、それを実践してきたのだと思います。当社の商品・サービスの根幹は、万一の時の損害サービスにあります。お客様が本当に困られた時に「あなたを頼りにしている」「あなたがいてくれてよかった」と思っていただくこと。そこで大切なことは如何に売るかではなく、如何に選ばれるか――。それが百年後も存続できる唯一の道だと思います。

――永野さんは会社人生をかけ、「超保険」の開発・推進に成功しました。

永野 2002年に発売した生損保一体型の超保険は「バラバラでわかりづらい様々な保険を一つにまとめる」という、お客様本位のコンセプトが注目を集めたものの、販売システムの複雑さゆえ全然売れません。「このまま超保険を続けていたら会社が潰れて、年金が出なくなる!」と非難囂々(ごうごう)でしたが、私はお客様のためにも、全国の代理店さんのためにも、そして会社のためにも、超保険は未来を切り拓くために必要不可欠だと信じていました。その後改良に改良を重ねた超保険は、今では190万世帯ものご加入をいただき、当社の基幹商品に育ちました。これは全国の代理店さん、社員、そして商品が育つのを忍耐強く待ってくれた歴代の経営陣のおかげです。

――6月に米保険大手HCCの買収を発表しました。円ベースの買収額9413億円は、日本の金融機関による海外M&Aの中で過去最大級です。

永野 HCCは米国内で専門性が高い企業向け保険を取り扱う、知る人ぞ知る優良企業です。当社は07年に海外事業企画部を立ち上げ、08年に英キルン(950億円)と米フィラデルフィア(4715億円)を、12年に米デルファイ(2150億円)を傘下に収めました。当社の03年度の海外保険事業の利益は42億円で、グループ全体利益の4%に過ぎなかった。それが14年度には1455億円、実にグループ利益の35%を占めるまでに成長しました。HCC買収で利益を480億円ほど上乗せできる見込みです。グローバル化にはエリアや事業を分散し、相互に支え合うことにより、グループ経営を安定させる大きな意味があります。

欧米企業のM&Aの場合、私たち日本人は種を蒔き、耕して、収穫する農耕民族であるのに対し、欧米人は狩猟民族に例えられます。彼らのゴールは、いくら利益が上がり、それによっていくら報酬をもらえるかです。私たちは、彼らの文化やこれまでの強みを一切否定しません。私たちの持っていない素晴らしい文化が混ざり合うことでシナジーを起こし、私たちのグループをさらに良いものにしてほしいのです。

真面目な話を気楽にできる社風

――欧米の買収企業とも「良(い)い会社」という新ビジョンを共有できますか。

永野 欧米のグループ社員にも「私たちは海外事業に投資しているのではない」と話しています。投資であれば利益がゴールになるが、私たちの最終目的は「Look Beyond Profit」、即ち利益の先にあるものだと言っています。保険会社のビジネスは、お客様が事故や災害で本当に困られた時に如何にお役に立てるかが生命線であり、私たちが大切にしたいのは、お客様に「安心」をお届けし続けることで、百年後もその地域になくてはならない会社であり続けることだと、常に説いています。

当社ではシニア・グローバル・リーダー研修と称して、海外を含むグループ企業から経営幹部候補を選抜し、1年近くかけて日米欧で研修を実施しています。日本でのプログラムの一つは東北の被災地で行います。3・11後の復興支援や保険金の査定に当たった社員や代理店さんの話を聴き、当時の活動を収録したDVDを見せます。映像を解説するのは震災で身内を亡くされた代理店の方であり、ところどころ涙をこらえながら説明してくれました。その後、「奇跡の一本松」を訪ね、被災現場の空気を感じ、私たちの存在意義と使命を肌で感じとってもらいました。外国人の彼らに「良(い)い会社を創ろう」と言っても、最初は全く理解できなかったはずです。しかし、被災地を訪ねた彼らは、その真意をつかみました。「地域社会にとって保険が如何に大切なビジネスかがよくわかった」という感想を残して本国へ戻ると、「Good Companyとはこういう意味なのだ」と、自分たちの言葉で仲間に熱く語ってくれるようになりました。日本発のグローバル企業として経営理念を共有していきます。

――「マジきら」論議を唱えていますね。

永野 私は形式主義ではない、「真面目な話を気楽にできる」自由闊達な社風を大切にしたい。「どうすれば、良(い)い会社を創っていけるのか」という「マジきら」論議を様々な場面で、何度でも繰り返し行って、お互いを高め合うことです。職場のそうした雰囲気なしには、決して「良(い)い会社」はできないのです。

   

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