読者の声

2015年5月号 連載

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江戸時代の初め、理想郷・アルカディアを創ろうとしたフランス人たちは、現地住民とも平和裏に新大陸の北東部に「アカディ」を建設した。しかし豊かな土地での平穏な日々は英仏抗争の中で暗転、1755年に英総督により財産は没収、農場は焼き払われ、追放の旅の途次、多くが落命した。ミシシッピに追われた人々の料理はケイジャン(アカディの)料理として知られるが、他方、後年故郷に戻ったアカディ人は、跋扈する英国人から隠れるように不毛の海岸線に住み、細々と魚を獲って糊口をしのいだ。名前を英語風に変えて生き延びた人もいる。

有史以来、歴史は勝者が書くのが常であったとはいえ、新大陸やアフリカ現地人の犠牲や、欧州列強同士の覇権争いで敗れた側の庶民のことを知る人はあまりに少ない。けれども彼らの現実は継承され、今なおフランス系カナダ人もオランダ系南ア人も、その場に一人でも英国系が来れば母語から英語に切り替える。時には声なき声に耳を傾け、弱者の正義を思っても良いかもしれない。

国際教養大学客員教授 石川薫

   

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