後出し「伊勢志摩サミット」急浮上

安倍官邸とのパイプを生かした鈴木三重県知事の売り込みが奏功。軽井沢と一騎打ち。

2015年5月号 POLITICS

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摩観光ホテル・クラシック(手前)と新館のベイ・スイート

来年の夏、我が国で開かれるサミット(主要国首脳会議)の開催地選びが大詰めを迎えた。昨夏までに名乗りを上げた長野県軽井沢町など七つの自治体に出遅れること半年、1月22日に、三重県の鈴木英敬知事(40)が突然、志摩市英虞(あご)湾に浮かぶ賢(かしこ)島(じま)を候補地として立候補。海に囲まれた警備のしやすさと、伊勢神宮や熊野古道からの伝統文化の発信をアピールした。

警察庁関係者は「サミット加盟国を標的にしているイスラム過激派組織のテロ対策が最大の課題。確かに伊勢志摩地域は、天皇陛下をはじめエリザベス女王、ゴルバチョフ元大統領、ジスカールデスタン元大統領などの多くの海外要人警護をやってきたから適地といえる。しかし、こんな『後出しじゃんけん』をやられたら、長年、サミット招致活動をしてきた他の自治体は収まらないだろう」と言う。

安倍首相に取り入る

鈴木英敬三重県知事

開催地選びは早くから行われてきた。昨年8月までに仙台市、新潟市、長野・軽井沢町、浜松市、名古屋市、神戸市、広島市の7自治体が、主催官庁である外務省に誘致計画書を提出し、立候補を表明。外務省と警察庁は、昨年末までに現地視察を終えていた。官邸詰め記者は言う。

「警察庁は、警備面を重視した前回(08年)の北海道洞爺湖サミットにならって、周囲を山に囲まれ、外敵が侵入しにくい軽井沢、次に浜名湖畔の浜松市が適地と見ていた。特に長野県警は長野五輪を経験し、軽井沢における皇室警護が評価されていた。一方、外務省は各国首脳をもてなす施設の格式を重んじ、近くに随行団の宿泊施設やメディアセンターがある神戸、軽井沢、名古屋を推していた」

結果、外務、警察双方から高い評価を受けた「軽井沢が本命、神戸が追走」と囁かれた。神戸の久元喜造市長は、震災からの復興都市を、世界にアピールする絶好のチャンスと、闘志を燃やし、「警備上の難点をなくすため一計を案じた」と、警察庁詰めの記者は言う。

「今年1月に警察庁長官を退任した米田壮氏を、神戸市の顧問に迎える異例の人事を断行したのです。両氏は灘高、東大法の同窓。おまけに、米田氏と親しい首相官邸の北村滋氏(内閣情報官)も兵庫県警本部長経験者であり、地元を熟知している」

2人の大物警察OB「応援団」の登場で「神戸が有力になった」と見る向きもあった。

ところが、三重県の「後出し」立候補によって風向きが変わる。実は、三重県の鈴木知事は、昨年の夏、サミットに連なる関係閣僚会議の誘致に手を挙げており、逆に言えばサミット誘致は念頭になかった。その鈴木知事が、方針を転換したのはなぜか。

実は、そこにも大物警察OBの関与が取り沙汰される。首相官邸にパイプを持つ官僚OBが打ち明ける。

「サミット警備の責任者となる内閣危機管理監の西村泰彦氏(前警視総監)は、三重県の名門伊勢高校の俊才で伊勢志摩エリアの魅力を熟知している。各国首脳を皇室の氏神である、荘厳な伊勢神宮に案内すれば、安倍首相にまといつく歴史修正主義者のイメージを払拭できるという思惑があるようだ」

鈴木知事は、地元出身の西村氏や、三重県警本部長経験者で首相のご意見番でもある作家の佐々淳行氏らに働きかけて、険しいリアス式海岸に囲まれた賢島が警備に最適地だと売り込むことに成功したようだ。

実は、鈴木知事が食い込んだのは警備当局ばかりではなかった。自民党幹部が明かす。

「鈴木君は第1次安倍内閣の官房参事官補佐として働き、首相官邸とパイプを築いた。そのお蔭で、奥さんの武田美保さん(女子シンクロナイズドスイミングの五輪メダリスト)が、現政権の教育再生実行会議や政府税制調査会の委員に指名された。安倍首相と夫人同伴で食事をしたり、最近では菅義偉官房長官の『お気に入り』に収まっている」

その成果が、年明けの「駆け込み誘致」だったというわけだ。しかし賢島にはネックがある。メーン会場とされる「志摩観光ホテル・クラシック」は客室120室程度と狭いこと。08年に開業した新館もオールスイートで50室しかない。

「志摩観は6月から改修工事を始めるというから十分間に合う。実は、1月に三重県が出したサミット誘致計画書は、昨年8月に提出した関係閣僚会議の計画書とは比べものにならないほど完璧なデキだった。三重県の役人に書けるレベルではない。官邸の意向を受けた霞が関の役人がテコ入れしたに違いない」と、官邸ウオッチャーは言う。

伊勢志摩開催は、野党の受けもよい。三重県知事選への独自候補擁立を見送った岡田克也民主党代表は三重県選出。経産省出身の鈴木知事は、通産省出身の岡田氏の後輩に当たる。伊勢志摩招致の感想を聞かれた岡田氏は「要人警護に非常に適しています。シマカン(志摩観光ホテル)で美味しいアワビステーキを食べすぎてお腹をこわした記憶がある。そうなったら名誉なことですね」と相好を崩す。

首相に「広島」の切り札

自民党の閣僚経験者が語る。

「2000年の沖縄サミットは、小渕首相が、反米感情や台風が心配だと反対する野中広務官房長官(当時)を押し切り、決断しました。8年後の洞爺湖サミットも、高橋はるみ道知事が受け入れを断ったのに、福田康夫首相が決断している。サミットは首相の一世一代の晴れの舞台であり、誰が何と言おうと、開催地を決めるのは首相です」

目下、軽井沢と伊勢志摩の一騎打ちの様相だが、気になるのは「隠し球」の広島だ。

「広島に決まればオバマ大統領はじめ核保有国の首脳が揃って被爆地を訪れることになる。広島には地元の岸田文雄外相の強い推しもある。安倍首相にとっても、核廃絶と日本の平和主義を訴える絶好のチャンスになる」と、外務省OBは言う。

広島開催は、日本独自の提案ではない。戦後70年を迎え、安倍首相の歴史認識が問われるように、原爆投下という「ジェノサイド」(大量虐殺)に踏み切った米国側にも総決算を促す動きがある。オバマ政権に助言する立場にある有力大学の教授陣は「大統領がいつかは被爆地に行くものと信ずるが、安倍首相が真珠湾を訪れる時と同じリアクションがあるだろう。来夏、広島でサミットが開かれ、大統領が被爆地を訪ねるのが、外交上最も成功するタイミングだ」と発言している。安倍首相が「広島」の切り札を出さないとは限らない。

   

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