九州電力が怯える「川内原発」差し止め

仮処分が出たら「1日5億5千万円の損害!」と恫喝まがいの担保金まで持ち出した。

2015年3月号 POLITICS

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昨年5月、再稼働が迫っているとして、九州電力川内原発の運転差し止めを求める仮処分を申し立てた住民23人のうち、半数近くが申し立てを取り下げた。九電が再稼働の遅れで生じる損害賠償を持ち出してきたからとみられる。その額は何と1日5億5千万円。脅しとも取れる主張だが、その背景には、裁判への不安もうかがえる。

「原発なくそう!九州川内訴訟」のホームページや関係者によると、川内原発の周辺をはじめ鹿児島、宮崎、熊本各県などの住民計1​1​1​4人は重大事故の危険性があり、人格権と生存権を侵害しているとして、2​0​1​2年5月、九電と国に川内原発1、2号機の運転差し止めと月1人1万円の慰謝料を求める訴訟を鹿児島地裁に起こした。

提訴は第6次まで続き、原告は2​4​0​0人を超えている。

昨年5月の仮処分(訴訟が確定するまで仮の状態を定める手続き)は、原子力規制委員会(規制委)が川内原発を優先的に審査していたので、判決前に再稼働する恐れがあるとして原告のうち23人が申し立てた。

原告約10人が取り下げ

仮処分では、①耐震設計の目安とした基準地震動は実際に起きうる地震を過小評価していないか、②火砕流の危険性を過小評価していないか、③住民避難計画には実効性があるか―の3点に争点を絞って審理が続いた。

①の基準地震動について、住民側は仮処分を申し立てる直前の昨年5月21日、関西電力大飯原発3、4号機の再稼働を差し止めた福井地裁の判決を引用し、次のように主張した。

「判決は2​0​0​5年以降、基準地震動を超える地震が四つの原発に5回も起こっており、従来と同様の手法で策定された基準地震動では、これを超える地震動が発生する危険があると認定した。これはすべての原発にあてはまる本質的な危険性を指摘したものだ」

日本で記録された最大の揺れは4​0​2​2ガルなのに対し、大飯原発の3、4号機は1​2​6​0ガルを超える地震でメルトダウンする可能性があると関電も認めていた。川内原発の基準地震動は6​2​0ガルという。

②の火砕流は、川内原発が五つの活火山と三つのカルデラに囲まれていることから、住民側は重視すべきだと主張。これに対し、九電側は「危険性は十分小さい」と反論している。

③の避難計画について、住民側は「国によって作るように要請されているが、機能するかが問題だ。新規制基準の対象とはなっておらず、原子力規制委員会は考慮していない」と指摘。

例えば、車を持っていない人のためのバスは半径10キロ圏内で4​1​5台(30~50人乗り)必要となるのに、3​0​0台くらい足りない。災害弱者の避難に必要な医療従事者や設備、受け入れ先も不足しているという。

仮処分の審尋(裁判所が公開の口頭弁論ではなく、非公開の場所で当事者らの陳述を聞く手続き)は昨年7月以降に4回あり、11月の最後の審尋では、住民側が福島第一原発事故の被害や要因、新規制基準の問題点などをまとめた映画「日本と原発」(監督・河合弘之弁護士)も証拠として提出した。

その後、住民側、九電側双方がそれぞれ準備書面(口頭弁論などで陳述する内容を記載し、あらかじめ裁判所に提出する)を提出。住民側が今年1月30日に提出した準備書面は通算26通目で、1月26日付の25通目では、九電側の11通目の準備書面に反論している。

賠償の話は九電側の準備書面に書かれていた。「再稼働が遅れれば、1日約5億5千万円の損害が出るので、裁判所は申立人が賠償に備えて担保金を積み立てるよう命令を出してほしい」といった趣旨だった。

鹿児島地裁は命令を出していないが、弁護団が九電側の準備書面の内容を説明したところ、10人近くが申し立ての取り下げを決めたという。

東京都内の弁護士は「地裁が再稼働差し止めの仮処分を認めるときは、訴訟で九電勝訴が確定する場合に備えて担保金を条件にするだろう。これは通常の仮処分と同じ」と解説する。

担保金の額については「原発を差し止めた仮処分の前例がないので分からない。1日5億5千万円は立証された額ではないだろうが、かなりの高額には違いない」と話している。

問題の再稼働はいつか。規制委は昨年9月、川内原発の2基が新規制基準に適合しているとの審査結果を公表。11月までに地元の鹿児島県と薩摩川内市が再稼働に同意した。

大手紙の経済記者は「九電は再稼働に必要な計画書や保安規定などを作成しているが、規制委がチェックして何度も修正させている。3月までに完成するかどうか。完成しても現地が計画書や規定通りか、規制委が確認するので、再稼働は6月か7月ではないか」と話している。

裁判官次第の結論は3月

一方、仮処分について、ベテランの司法記者は「裁判所は1月半ばになって、新規制基準などについて住民側、九電側双方に釈明を求めたという。準備書面のやりとりは1月末も続いていたので、結論は3月になるのではないか」と予想している。

差し止めを認めるかどうかの予想に先立ち、この司法記者は関電高浜原発3、4号機と大飯原発3、4号機の運転差し止めの仮処分を認めなかった昨年11月の大津地裁決定に言及する。

大津地裁は起こりうる最大規模の揺れではない基準地震動や「規制基準に適合しても安全とは申し上げない」という規制委トップの発言、合理的な避難計画がないことなどを指摘した上で「規制委がいたずらに早急に再稼働を容認するとは考えがたいので、差し止めの必要性はない」との判断を示した。

「決定理由を見ると、原発訴訟で住民側敗訴が続いた時代とは明らかに異なり、福井地裁判決とベクトルは同じだ。鹿児島地裁もこのベクトルなら、川内原発は規制委が再稼働を容認しているので差し止めもあり得る」と司法記者。

こうした裁判所の変化について、前出の都内の弁護士は「裁判官次第ではあるが、福島で事故が起きてしまった以上、これまでのようにはいかない。電力会社は怖くてしょうがないでしょう。恫喝のような担保金を持ち出したのも、九電の不安からかもしれない」とみている。

   

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