小林 栄三 氏
日本貿易会会長 伊藤忠商事会長
2015年2月号
BUSINESS [インタビュー]
聞き手/本誌編集人 宮嶋巌
1949年福井県出身。72年大阪大学基礎工学部卒業、伊藤忠商事入社。北米駐在後、情報産業部門長などを経て、2004年社長、10年会長、昨年5月より日本貿易会の11代会長に就任。
写真/平尾秀明
――現政権が総選挙で圧勝しました。
小林 アベノミクスの推進は、国民の期待に応えるものであり、与党は勝つべくして勝ったと思います。「絶対安定多数」の推進力を得た安倍政権は、真っ直ぐ前を向いて突き進んで欲しい。10年来の懸案である「岩盤規制」を打ち破るチャンスは、今しかないと思います。
――国際情勢をどう展望しますか。
小林 旧知の国際政治学者、イアン・ブレマーさんが唱える「Gゼロ」、即ち「リーダー不在の世界情勢」は説得力があります。G7では世界を牽引できず、G20は数が多すぎて、何も解決できない。唯一の超大国の米国が内政重視へ舵を切り、欧州は政府債務の問題で外をかまう余裕がない。一方で、中国やロシアといった新興国が発言力を強め、世界は混沌としてきました。国土が狭く天然資源が乏しい日本は様々な国と交流を深め、民間企業もより多くの国の政治・経済のリーダーと関係を構築していくべきです。
――アフリカに注目していますね。
小林 「トリプルA」(アメリカ、アジア、アフリカ)の中で、最も伸び代が大きいのはアフリカです。国連の予想では2030年のアフリカの人口は中国、インドを上回る16億3千万人に達し、しかも若年層が57%を占める。人口が減り、市場が縮む日本とは逆のコースを歩みます。ところが今、このフロンティアに駐在する日本人はわずか約8千人。一方、中国人は100万人以上がアフリカに渡り、多くの拠点を築いています。日本は「アフリカの時代」に向けた準備を急ぐべきです。
――折に触れ、「内なるグローバル化」を訴えていますね。
小林 グローバル化といえば、日本人や日本企業が海外に出て行くことと捉える方が多いと思いますが、本来は相互に行き交い、刺激し合い、お互いを高め合う「双方向」でなければならない。日本は不十分とはいえ、外へのグローバル化を懸命に進めてきましたが、内なる国際化は全く遅れています。今、内なるグローバル化の象徴は、急増した外国人観光客です。彼らは年間2兆円ものお金を使ってくれるだけでなく、日本人との交流を通じた文化交流、地方観光を通じた地方活性化の面でも役立っています。
――内なるグローバル化には、観光と並んで人材育成が欠かせませんね。
小林 当会のキャッチフレーズ「つなぐ世界、むすぶ心」が示すように、商社の強みは、世界と日本、或いは企業と企業を「つなぐ」力にあります。商社ビジネスは、ある意味で「川の流れをつくること」です。川上に供給があり、川下に需要があり、川中に物流や金融があって、商社にはそれらをつなぐ力がある。グローバルに商流を構築し、バリューチェーンを形成して物流効果を高め、製品のトレーサビリティを上げて付加価値を高めていく。商社がつないでいくことによって、いわば1+1=3にすることができるのです。こうした商社の強みと世界から集めた情報を基に、日本が国際競争で後れを取らないよう、政府や関係機関に積極的に政策提言をしています。
グローバル人材の養成については、商社ならではのヒトづくり、具体的には国境を跨ぐ新しいビジネスを企画できるような柔軟な発想力を持つ人材の育成に力を注いでいます。文部科学省が推進する留学生支援プログラムにも、当会としてできる限り協力しています。また、傘下のNPO法人「国際社会貢献センター」には、海外の政治・経済・文化・言語に通じた商社などの出身者が約2500人も登録されており、在日留学生への支援、大学講座への講師派遣や小中高生の国際理解のための教育支援などをしています。
――昨年度の米国への各国留学生の総数88万6千人のうち、中国人がダントツ首位の27万4千人(31%)、日本人はわずか1万9千人(2%)でした。ピーク時の97年~98年度に4万7千人だった日本人の米国留学は半分以下になりました。
小林 もっと気がかりなのは内閣府が行った若者意識の国際比較です。「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組むか」という質問に、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」とポジティブに答えた日本人の若者は52%――。仏86%、独81%、英80%、米79%、韓71%と、彼我の差は歴然です。こうした傾向も米国への留学離れの一因でしょう。
私は90年代前半に米シリコンバレーでIT産業を担当し、大きな衝撃を受けました。サン・マイクロシステムズのスコット・マクネリCEOとお会いした時、〈Take a lunch, or be a lunch.〉と言われ、度肝を抜かれました。文字通り「食うか、食われるか」です(笑)。当時、ソフトバンクの孫正義さんはシリコンバレーの投資案件で苦戦の連続でしたが、桁外れのパッションと執念で困難を乗り越えてきました。そこで気づくことは国籍、民族、キャリア、発想の面で実に多種多様な人材が活躍し、互いに刺激し合って革新的な製品やサービスを創り出していたことです。異文化への接触が新しい視点をもたらし、精神的にタフな人間を創り出し、まさにハイブリッド、異種混合がイノベーションを力強く推し進めるのを目の当たりにしました。
――2040年の人口推計では、全国の半数近い896自治体が消滅します。人口減少がいよいよ切迫してきました。
小林 それが一番の問題ですね。我が国の人口は、今までの150年間で1億人増え、2100年には半分以下(5千万人)に減ります。一方、世界人口は2100年まで増え続け、100億人を超えるという。株価や為替の予想はまず当たりませんが、人口推計に大きなズレはありません。外国人がもっと入りやすく、暮らしやすく、学びやすく、就労しやすい環境を作らなければ、日本は早晩立ち行かなくなります。内なるグローバル化に不安を感じても逃げないこと、加速する人口減少に目を伏せてはダメです。