業界2位の「うさちゃんクリーニング」が、たった一人の女性パート従業員の「反乱」にお手上げ。
2015年2月号 BUSINESS
パートたちから中里氏のもとに寄せられたアンケート
東京都千代田区内の店舗
格安クリーニングの最大手「ロイヤルネットワーク」(以下、ロイヤル社)が、たった一人の元女性パートの「反乱」にお手上げだ。同社は、ピンクの看板が目印の「うさちゃんクリーニング」をはじめ数々のブランドで全国69工場、656店を展開。10期連続増収、年商100億円を達成し、「業界の風雲児」と持て囃される。
創業者の仲條啓三氏(77)が中学卒業と同時に集団就職で上京し、東京のクリーニング店で働いた後、23歳の時に故郷の山形県酒田市でクリーニング店を開業したのがルーツだ。街のクリーニング店が激減するなか、「ワイシャツ100円」の格安を売り物に目覚ましい成長を遂げ、富裕層向けの白洋舎に次ぐ業界2位に躍進した。その一方で、爆発する恐れのあるクリーニング溶剤の使用や、通常料金とは別に「加工&付加価値」なる追加料金を求める「トッピング商法」が問題となり、急成長の歪みが露呈した(本誌13年12月号参照)。
総務省が昨年12月にまとめた労働力調査によると、非正規従業員は前年同月より48万も増え、初めて2千万人を突破した。企業の定年後の再雇用やパートに出る女性が増えているためで、雇用者全体に占める非正規の割合は37%に達した。ご多分に漏れず、ロイヤル社の従業員約2600人のうち9割強は女性であり、多くは子育てが一段落した中高年パートとされる。
スーパーマーケット内の「うさちゃん」店舗で2年8カ月間働いたAさん(56歳、福島県在住)もその一人だ。残業代は貰えず、日用品の経費も自費で負担していた。それが不正なことと知ったのは、パートを辞めた後。現場に犠牲を強いて利益をあげる「ブラックパート」に憤りを覚えたAさんは、ネットで調べた合同労組「日本労働総評議会」(以下、労評)に駆け込んだ。
合同労組とは、労働者が一人でも加入できる労働組合だ。企業組合とは異なり(そもそもロイヤル社に労組はない)、企業の枠を超えて組織される。ちなみに労評の設立は1979年。関東、東海、関西に地方本部を置き、組合員は約400人。これまで非正規労働者が残業代や有給休暇などの権利を主張することは少なかったが、ネットの普及で情報取得が容易になり、パート労働者の相談も増えている。
Aさんの訴えを聞き、ロイヤル社との団体交渉に当たった中里好孝東京都本部委員長(64)は「業界2位の企業が時給700円のパートにサービス残業を強いるなんて前代未聞。とんでもないブラック企業だと思いました」と言う。
中里氏は、Aさんへの残業代の支払いなどを求めて、9月18日に酒田市のロイヤルの本社に乗り込んだ。労組側は、この団体交渉で、①会社側は半年ごとの契約更新の時に、時給金額を空欄にしてAさんに渡し、本人と保証人にサインをさせ、後から時給金額を記入して本人に渡していた、②5回の契約更新にもかかわらず時給が全く上がらなかった、③繁忙期やセール期に残業しても残業代が支払われなかった、④店舗の雑用品やセール期間のディスプレー費用の一部をAさんに負担させた、⑤毎月500円徴収する互助会費が従業員のためでなく、会社のイベントに使われたなどと、数々の不正行為を追及した。
一方、会社側は、2代目の仲條啓介社長(44)が元副社長や社長室長、経理部長、弁護士、社会保険労務士らを引き連れて登場。労組側の要求には根拠がなく、残業代の支払いには応じられないと突っぱねた。「Aさんの店舗は売上が低く、ピーク時に1時間当たり46点の品を預かるが、そのくらいは残業せずともこなせる」と、サービス残業そのものを否定したが、「1人体制(ワンオペ)で1時間に預かれるのは25点が限度」というのが、業界の常識とされる。
労組側がいちばん問題にしたのはサービス残業だった。Aさんはシフト表に従い早番、遅番で仕事をしてきた。セール期間や春秋の繁忙期はワンオペではこなせないが、会社は「ダブり時間」(=2人体制で働く時間)を月20時間しか認めず、月50~100時間の残業をしても一切残業代を支払わなかった。長時間残業と休日出勤を強いられても、店舗レジがタイムレコーダーを兼ねているため、早朝や閉店後の実労働時間は記録されない。労組の積算では、Aさんの不払い残業代は87万円にのぼった。
強硬な会社側に、労組は怯まなかった。「ロイヤルネットワークはパート労働者を不正雇用しています。残業代は働いた分請求しよう!」と題したビラを作成し、東北3県をクルマでまわり、約60店舗に配布した。会社側から「ビラ配布は不法な建造物侵入に当たる」と抗議を受けると作戦を切り替え、「組合は皆さんの要求を会社に突きつけ、会社のやり方を改善させます」というレターを約150店舗に郵送。同封した労働時間や労働契約に関するアンケート調査への協力を求めた。会社側は慌ててアンケート用紙の回収を命じたが、店員たちは隠れて必死でコピーを取るなどして抵抗し、中里氏のもとには50通もの回答が郵送やファックスで寄せられた。
「タイムレコーダーを打刻する前、打刻した後に仕事をすることがある」という質問に、全員が「はい」と答えていた。自由記入欄には、「繁忙期にはトイレも行けず食事も取れないのに1時間休憩したことを入力するように指示されている」、「10年以上働いても時給が1円も上がらない」、「1年弱に8人以上が辞め、自分も早く辞めたいが辞められない」などと、ブラック極まる労働実態が、びっしり綴られていた。
Aさんの元同僚の証言もあり、会社側もサービス残業が行われていた事実を認めざるを得なくなった。11月23日の2度目の団体交渉では、一転してAさんの主張を認め、組合の要求額(約88万円)とロイヤル社の算定額(約24万円)の平均55万6902円の残業代支払いを申し出た。さらに、Aさんが負担した店舗雑費(2万2758円)やワイシャツ紛失事故の弁償金(1万3千円)、給料天引きされていた互助会費(1万2千円)も全額返還されることになり、計60万4660円が支払われた。「Aさんは労働者の権利を蔑ろにする会社が許せなかったのです。格安クリーニング店の極悪な労働条件改善に向けた蟻の一穴になるでしょう」(中里氏)