国立競技場解体に「天の声」

一番札の業者を外す壮大な圧力。まさか現役閣僚と元首相が? 露骨すぎる「官製談合」疑惑は、本体の序曲か。

2014年10月号 DEEP [五輪利権戦争の号砲]

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解体を待つ国立競技場

Jiji Press

2020年東京オリンピックの巨大な「官製談合」がいよいよ始動したのか。

9月11日朝、東京・霞が関の合同庁舎4号館の掲示板に「政府調達の苦情の処理について」と題する文書が張り出された。内閣府の政府調達苦情処理対策室が苦情を受理したと公示、官報に掲載したのだ。

その苦情とは、神宮外苑に20年五輪のメーンスタジアムとなる新国立競技場を建設するため、築50年の現競技場を取り壊す工事をめぐる一般競争入札で不正があった、とするもの。苦情申立人は解体業者のフジムラ(東京都江戸川区)である。

掲示された文書には「50日以内(10月17日まで)に報告書を作成する」とある。すでに6日前、同対策室内の政府調達苦情検討委員会(委員長・加毛修弁護士)が、この入札の苦情処理期間中は契約執行を停止するよう、競技場の運営母体、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)に要請している。つまり、調査が終わるまで着工できず、9月29日予定の工事開始は延期を余儀なくされたのだ。

「大手ゼネコンは辞退せよ」

異例の事態である。新国立競技場をめぐっては、外苑の景観と不調和な設計や、不透明なコンペ審査、巨額の建設コストなどが批判を浴び、ただでさえ着工が遅れているのに、解体工事までトラブルが起きた。

何が起きたのか。この解体工事は昨年11月、前年度の都の資格審査(格付け)ランキング上位10位までの解体業者が、新競技場のフレームワーク設計を受託した日建設計から呼び出しを受けたことに始まる。フジムラはランキング2位だから、当然その中に含まれていた。工事額の見積もりを依頼された各業者は翌月、JSC宛ての見積書を日建設計に提出。工事の元請けが確実視されていた大手ゼネコン各社にそれぞれ“営業活動”を始める一方、大手ゼネコン側もプロジェクトチームを立ち上げて、解体工事の受注に向けた準備を進めた。

ところが、入札公示の時期が近づくにつれて雲行きが怪しくなる。「安倍政権の現役大物閣僚の周辺から『国立競技場の解体工事は準大手のゼネコンにやらせるから、大手は辞退するように』という“天の声”が下った。その理由は『解体工事を受注できても、工期が予定より延びてしまうと、本体を受注する際のマイナス要因になりかねない』というもので、大手ゼネコン各社はすぐプロジェクトチームを解散させた」(大手ゼネコン幹部)

「天の声」は効果てき面だった。3月24日に入札公告が公示されると、参加するゼネコンは北工区では準大手の西松建設ただ1社。南工区も安藤・間、フジタ、NIPPOの3社と、みごとに準大手だけ。北工区の入札に参加する西松の場合、大型案件の解体工事はフジムラが9割方を受注していたが、蓋を開けてみると、西松の依頼した先は、なぜか付き合いがほとんどなかった関東建設興業(埼玉県行田市)だった。

業界内でさざ波が立つ。フジムラ社主の藤村一人が証言する。

「実は入札公告が公示される少し前、西松の社員から『関東建設興業がうちに営業に来ているぞ』と電話があった。ウチとしては収まりがつかない。4月11日に西松を訪ねると、応対した幹部は『今回は上層部の指示です。外部から何らかの力が働いているのは間違いない』と話してくれた」

フジムラは結局、南工区の入札に参加したフジタとNIPPOから見積もり依頼を受けたが、5月29日に三度繰り返された両工区の入札価格は、別表のようにJSCの予定価格よりかなり高く、6月9日に「不落」(落札業者なし)と決まった。が、その不自然な経緯に藤村は不審感を持った。

「この解体工事は何としても関東建設興業にやらせようという強い意向を感じた」

そこで関東建設興業の須永洸会長と折に触れて接触を図ることにした。

JSC職員が開札前“覗き見”

JSCは約半月後の6月25日、再び入札公告(開札日は7月17日)を公示する。

第1回入札が不調に終わったので、JSCは入札の条件を緩和、一定以上の経営規模を持つ解体業者も単独で入札に参加できるようになった。ところが、6月28日、須永会長との電話で、残土処理費用の一部無償化や残土処分場の場所の変更など1回目とは異なる工事情報を伝えられて、藤村は愕然とする。その情報はJSCから入札書類を入手し、業者側から質さなければ分からないもの。この時点では入札書類はまだ業者に手渡されていなかったのだ。

7月10日の電話では「設計会社から入手した情報」として、第2回入札に参加する業者の具体名を教えてもらった。中には、東京に支店さえ持っていない遠隔地の業者まで入っていた。この情報は驚くほど正確で、北工区の4社、南工区の7社はすべて実際に入札に参加する意向を示しており、例の遠隔地の業者も含まれていた。

このあきれるほどの情報収集力は「出来レース」だったからではないのか。

JSCは第1回、第2回入札とも、参加業者に事前に入札保証金(入札終了後に返金)を支払わせるという、解体工事では極めて異例の措置を義務付けていた。第2回入札で両工区の落札をもくろんだフジムラは7月10日、北工区1億4千万円、南工区分1億2千万円の保証金を振り込み、開札前日の16日午後、両工区の入札書と工事費内訳書をJSCに持参した。

すると、応対したJSC職員(管理部調達管財課の伊藤貴之課長補佐)は「入札保証金が入札額の5%以上あるかを確認する」と言って、開札前に工事費内訳書を開封したのだ。内訳の合計は入札額そのもの。つまりJSCは、第2回入札では開札前日の締め切り時間(16日午後5時)までに各業者の入札価格を把握していたのだ。異例の保証金は“覗き見”のために仕組んだのではないかと勘繰りたくなる。

そして17日の開札セレモニー。南北工区とも、司会のJSC職員が「各社の入札価格を発表したあと、JSCの予定価格と最低基準価格を発表します」と宣告して始まった。JSC職員は両工区とも全く同じ顔ぶれ。4社が入札した北工区はフジムラの16億4140万円が最低価格の一番札、9社が入札した南工区もフジムラの15億4​1​4​0万円が一番札だった。

特別重点調査という「待った」

藤村が注視していた関東建設興業の入札価格は、北工区では18億6千万円で二番札、南工区では17億2500万円でフジムラと関口工業(同16億4千万円)に次いで三番札で、あれだけ事前情報を入手していながら、意外とも言えた。

ところが、ここでにわかに信じがたい事態が起こった。両工区とも開札終了後、JSCの職員が「最低入札価格の会社は『特別重点調査』の対象になりますので、落札結果は保留にします」と発表。JSCの予定価格と最低基準価格を公開しないまま、セレモニーは終わってしまった。

特別重点調査とは、「入札価格が工事の品質を維持するために必要な金額を満たしていない可能性があるので改めて調査する」というもので、北工区ではフジムラ、南工区ではフジムラと関口工業が対象にされた。つまり、関東建設興業より安い業者に「待った」がかかったのだ。

「73年の創業からこれまで400件余りの公共工事を入札してきたが、都格付け2位のウチが特別重点調査の対象にされたのは初めて。膨大な資料をわずか1週間で集めてファイルを作り、コピー機をフル稼働させて工区ごとに5部ずつ提出したら、重箱の隅をつつくような厳しさでチェックされたうえ、ヒアリングの場ではタメにするとしか思えない質問をされ、結局は7月25日に『書類に不備があった』として不合格にされた。屈辱的な思いだ」(藤村社主)

フジムラに不合格が伝えられた25日夜、藤村はJSCに抗議に出向く。施設部長ら5人の職員のうち、開札セレモニーを仕切っていた管理部調達管財課の中塚俊和課長が「この入札は官製談合の疑いがある。公正取引委員会に直ちに報告し、調査部会を立ち上げて調査する」と藤村を宥(なだ)めた。

実際にJSCは28日、官製談合の疑いがあることを公取委に報告し、部会も設置して調査を始める。藤村も通話の録音や疑問点をまとめた書類などを提出し、調査に協力した。だが、8月19日にJSC調査部会が藤村を呼んで伝えた最終結論は「官製談合の事実はなかった」というもの。フジムラが提起した数々の疑問点についてJSC調査部会はこう答えている。

①関東建設興業が工事情報の変更を知っていたのは、新競技場の仕様の変更に伴って担当の設計会社が解体工事費の見積もりを依頼していたためである。

②設計会社が関東建設興業に入札参加業者名を教えた事実は確認できない。

③前日に入札金額が分かるやり方は今後検討が必要だが、今回の予定価格はあらかじめ決められており、その後変更した事実は認められなかった。

藤村は「関東建設興業だけが設計会社の依頼を受けること自体、そもそもあり得ない話」と反論する。とりわけ第2回入札の予定価格が、第1回より両工区とも22~23%、それぞれ4億円以上引き上げられている点が不自然だ。残土処理費用の一部無償化でむしろ価格は下がるはずで、それを逆に引き上げたのは、フジムラを標的にハードルを上げたのではないか。現に中塚課長は、「入札予定価格と最低基準価格は開札前日に決定した」と述べている。

フジムラ側は8月に公取委と独自に接触した。だが、入札談合等関与行為防止法(談関法)第2条の「入札に参加しようとする事業者が他の事業者と共同して落札すべき者若しくは落札する価格を決定」する行為、つまり民・民の談合行為がないので談関法では問えないという見解。「警察や検察に持ち込んでもらう以外にない。JSCの監督官庁の文部科学省に持ち込むことも考えてください」と助言するだけだった。

本体も大手ゼネコンで内定済み

実は関東建設興業も「低入札価格調査」の対象とされた。だが、業界関係者によれば「低入札価格調査は特別重点調査とは比べものにならないほど緩い。対象にされたとしても、まずフリーパス」という。この解説の通り、JSCは8月27日、関東建設興業を両工区の落札業者に決定した。

だが、一番札外しの理由が「書類の不備」だけ、とはあまりに露骨すぎないか。牙を抜かれた東京地検特捜部に官製談合なぞ摘発できないと、足元を見たうえでの「天の声」だったのか。本誌取材では、JSCの河野一郎理事長、東京オリンピック組織委員会の森喜朗会長らがフジムラを「黙らせられないのか」と動いた形跡があった。

また、JSCの調査部会メンバーの公認会計士も、最終結論を伝える席で「関東建設興業は主要な解体業者ですから」と不用意な発言をした。確かにこの業者は「天の声」を発した大物閣僚の側近と近い。JSCは予算官庁を抱き込もうと「外堀を埋める」ために、関東建設興業に落札させることを予め決めていたのだろうか。他の解体業者はカモフラージュで踊らされたのか。

とにかくこれは序章に過ぎない。11月にもJSCは新国立競技場本体工事の入札を行う予定だ。すでに大手ゼネコンの“合意”ができていて、総工費見積もり1699億円を大幅に突破するだろうとか、屋根、スタンド、グラウンドのいずれでも内定済みとか言われている。本誌はその社名をつかんだ。それがあたれば「巨大談合」の証明である。さあ、臨時国会が楽しみだ。

(敬称略)

   

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