信用ならん「いい病院ランキング」

朝毎読日経の医療ムックは看板倒れ。ジャーナリズムの衣をまとった金儲けだ。

2014年6月号 LIFE

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朝日新聞出版刊・714円(税別)

テレビの病院ドラマが相変わらず人気だ。『ドクターX』に続き『アリスの棘』。医療ミスや病院の複雑な内情を描く物語が高視聴率を得ている。

現実の事件も多い。先日も千葉県がんセンターのすい臓がん手術で、同じ医師が3人以上の死亡者を出していたと週刊朝日がスクープ。真相は依然不明だ。

その週刊朝日の名を冠したムック『手術数でわかる いい病院』が2003年から毎年発行されている。2月発行の14年版では12種類にも及ぶがんの調査が目を引く。なにしろ日本人の2人に1人ががんになり、死亡者の3割はがん。こうしたムックをがん病院探しの頼りにする人は多いが、本当に道標になっているのだろうか。

表紙には「全国&地方別ランキングTOP40」と謳い、独自の調べで12年の手術数が多い順に病院が並ぶ。これでいい病院がすぐわかるかといえば、肩すかしを食う。ランキングと謳うからには、「なぜこの病院が1位なのか」などの理由や個別病院の動向を読みたいのに、全く触れていないからだ。

独自調査がない毎日・日経

読売新聞東京本社刊・648円(税別)

毎日新聞社刊・648円(税別)

日本経済新聞出版社刊・933円(税別)

例えば、急増している大腸がん。肺がん、胃がんに次いで第3位の死亡者数だが女性では第1位。原因は洋食の普及によるとされ、近々首位に立つ。

誌面では、がん研有明病院が手術数602でトップ、以下、県立静岡がんセンター、大阪医科大学病院、虎の門病院、都立駒込病院と続く。がん専門といえば、国立がん研究センター中央病院ががん研有明と並んで双璧といわれてきた。なのに国立がん研の手術数は355と7位。「なぜ」と疑問が湧く。手術数の順位に何の意味があるのか、わからなくなる人も多いだろう。

さらに大腸がんのランキング表をよく見ると、「開腹」と「腹腔鏡」に分けて手術数をわざわざ載せている。がん研有明の腹腔鏡手術率は94%、4位の虎の門病院は98%だが、虎の門と並ぶ4位の都立駒込は38%、7位の国立がん研究センターは52%、8位の恵佑会札幌病院にいたっては6%しかない。

誌面では腹腔鏡の利点を挙げながらも「国が腹腔鏡手術を標準手術として推奨していない」と腰が引けた記述。これでは、読者は戸惑うばかりだろう。

手術数ランキングが「いい病院」の目安になるのは、実は当然のことだ。同ムックも「『手術数が多いのは経験が豊富なこと』と医師たちが口をそろえます」と根拠を披露している。また、大腸がんで多くの現場の流れは腹腔鏡に軍配を上げている。出血や苦痛などの患者負担が著しく少ない。言い換えれば、腹腔鏡を多く行うのは新しい技術を取り込む意欲をもち、患者の立場に立つ病院といってよい。

個別の病院の手術方針や医師の考えなどを示し、「なぜ」の疑問に応えるのが、新聞社系出版社の発行する媒体の責務だろう。読者の期待もそこにある。ところが、これだけ役立つデータを示しながら、朝日は肝心の読み方をはっきり伝えないのだ。

これは朝日だけの問題ではない。読売新聞が2月に発行したムック『病院の実力2014 総合編』を開いてみる。やはり12年の調査で、都道府県別のがん手術病院の一覧表は、手術数の多い順にきちんと並んでいる。しかしまず目に飛び込むのは冒頭の文句だ。「実績を一覧表にしたもので、医療機関をランキングするものではありません」。

さらに戸惑うのは全国ランクの表がないこと。読者は各都道府県別のページを何回も繰ることになり、不便極まりない。

読売新聞には他紙にはない「医療部」があり、家庭面の「医療ルネサンス」は連載6千回に迫る看板記事である。それをベースにした作りだから、執筆者も医療部記者が名を連ねている。ただ残念ながら個別病院の動向はノータッチ。腹腔鏡については、がん研有明の医師にその優位性を語らせ、読者に「腹腔鏡率の高い病院ほど実力がある」と匂わせているようだが、はっきり書かないのは朝日と同じだ。

毎日新聞はどうか。昨年10月発行の『患者目線の病院選び 病院最前線2014』は、何とも頼りない内容だ。国立がん研究センターが収集し発表している「がん診療連携拠点病院」についての臓器別がん患者診療数を再録しているに過ぎない。都道府県別に総数の多い順に並ぶだけ。独自調査でないから手術数をはじめ腹腔鏡手術率や胃がんの内視鏡治療数など朝日、読売版で分かるデータもなく、がん患者の目線からはほど遠い。

日本経済新聞も夕刊で「日経実力病院調査」を臓器別に掲載している。それをまとめたのが昨年6月発行の『日経実力病院調査2013年版』。胃がん、大腸がんなど5臓器の11年4月から12年3月の手術数が都道府県別に多い順に出ている。

日本医療機能評価機構のデータを100点満点で換算して掲載しているのが他と違うところだが、腹腔鏡手術などに踏み込んだ独自調査はないため、朝日や読売と比べ見劣りするのは否めない。もちろん、個別病院の動向にはほとんど触れていない。

広告主病院のご機嫌が大事

業界ランクの作成はどの新聞社でも日常茶飯事。決算時には企業ランクが紙面に載る。下位企業が上位に躍進すればその原因を取材するのは記事作りのイロハである。なのに病院ランクではなぜできないのか。医療側に情報公開の義務や強制力を迫る制度がないためだ。とはいえ、収入源の医療報酬には税が投入され、医療法人の公益性は強い。

医療通の識者たちは「業界全体が『医者は命を扱う神様』の体質。取材者は『有り難いお話』を拝聴し、書き写すのが仕事と信じている」と断じる。対等に取材できる環境ではないらしい。

その上、「朝日や読売のムックは会社の稼ぎ頭のひとつ。重要な事業だから、広告主の病院のご機嫌を損ねられない。広告掲載料だけでなく大量購入にもつながる。個別病院のランクに踏み込めないのは当然」(関係者)。確かに、双方とも病院広告が相当のページ数を占める。

11年11月に週刊朝日は「いい病院」の過去5年間の病院ランクの変遷について記事を掲載。国立がんセンターの麻酔科医が大量退職し手術数が激減したこと、がん研有明が診療科間の壁を取り払い、進取の気風が患者を集めたことなどを書いた。「大量の病院広告がない週刊誌だからできた」と話す事情通は「ムックはジャーナリズムではなく事業ですから」と断言した。

医療の実情を知りたいというニーズは切実だが、各新聞系のムックはせっかくの素材をジャーナリズムの衣をまとった商品にしてしまっている。医療と企業の癒着が問題になり、医療費増大の今こそ、真っ当な医療ジャーナリズムが必要なのに。

   

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