「貿易赤字」恐れるに足らず

貿易赤字が10兆円を超えても経常黒字で穴埋めできる。まず為すべきは財政支出の抑制である。

2014年2月号 POLITICS [特別寄稿]
by 原田 泰(早稲田大学教授・東京財団上席研究員)

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「貿易赤字」で日本経済の命脈が尽きる、などという議論が盛んになっているが、大げさである。貿易赤字が問題であるという議論は二つのことを問題にしている。

まずは、アベノミクス批判である。すなわち、大胆な金融緩和で円安になっても、輸出は伸びず、貿易赤字が拡大しているではないかという批判である。

次は、貿易赤字は、日本の財政を危機的な状況に陥らせるという批判である。もちろん、この場合に重要なのは貿易赤字ではなくて経常収支赤字である。過去に海外投資した資産からの収益などがあるので、経常収支は、まだ黒字である。しかし、貿易収支の赤字が拡大していけば、いずれ経常収支も赤字になるというのである。

経常収支は赤字にならない

経常収支が赤字であるとは、国内貯蓄だけでは財政赤字を賄えないということであり、外国からの借金に依存していることになる。すると、海外投資家の投機的な思惑で国債が売られ、金利が高騰し、ギリシャ危機のような状況になるという批判である。だから、例えば、赤字拡大の主因である原燃料輸入の増加を抑えるために、一刻も早く原発の再稼働をしなければならないというのである。あるいは、日中関係を改善して輸出を拡大しなければならないという議論もある。

まず、事実を確認しよう。図は、国際収支ベースの輸出、輸入、サービス収支、所得収支を示したものである。図に見るように、円安にもかかわらず、輸出が伸びていないのは驚くべきことかもしれない。

ただし、輸出が伸びないというより、輸入が伸びていると解釈すべきかもしれない。円高修正以来、まず、輸入額が円建てで増加する。これは当たり前のことである。輸入原燃料の価格はドル建てで決まっていて、円安になれば、円建てでの価格が上がる。価格が上がったからと言って、原燃料の輸入を減らすことは難しい。しかし、継続的に輸入が増える訳ではないから、水準が上がってそのままになる。2013年の初期から8月までは理屈通りの動きをしていた。ところが、9月、10月と輸入が急増して、貿易赤字が膨らんでいる。

一方、輸出の方は、円高が修正されるとともに、徐々にだが増加している。8月までは、こちらも理屈通りの動きだったが、9月以降、輸出の伸びが減少した。その結果、輸出と輸入の差額、貿易収支は赤字が続き、直近では、赤字が拡大している。

ただし、所得収支の黒字は安定的なので、9月、10月の輸入急増が続かなければ、経常収支は赤字にはならない。では、貿易収支の赤字が続くことを、どう考えたら良いのだろうか。

まず第1に、前述のように、貿易収支ではなくて、経常収支が大事だということ。年間14兆円程度の所得収支黒字と2兆円程度のサービス収支赤字を足した貿易外収支は安定的なので、貿易赤字が10兆円を超えても経常収支は赤字にならない(経常収支≒貿易収支+所得収支+サービス収支という関係がある)。

原発停止による原燃料の輸入増加額は3~4兆円であるが、これは一度増大すればそのままで、継続的に増える訳ではない。なお、外国人旅行客を増やして貿易外収支の黒字を拡大すべきだという議論もあるが、旅行収支の受取は1兆円程度なので、あまり大きな額にはなりえない。

過去の金融政策の責任

第2に、問題とするならば、政府支出が大きすぎることである。経常収支が赤字とは国内の投資を国内の貯蓄で賄えないことで、経常収支と国内の貯蓄とは、経常収支=財政収支+(民間貯蓄-民間投資)という関係がある。したがって、巨額の財政赤字を減らせば、経常収支の赤字は減少するはずだ(現在はまだ黒字なので、黒字が増加する)。アベノミクスの第2の矢、財政拡張は早く止めるべきだ。もちろん、(民間貯蓄-民間投資)の項の民間投資が減っても黒字は増加するが、それは成長率が落ち、将来の日本が貧しくなるということである。

次に、円安にもかかわらず、輸出が伸びないことについてだが、第3は、円安が実質輸出の増加に結びつくまでには時間がかかるので、いずれ輸出が伸びるということである。前述のように、これは昨年の8月までは正しい見方と思えたが、直近では分からなくなっている。

第4に、過去の急激な円高によって生産の海外移転が進み、国内からの輸出を伸ばそうとしても伸ばすことが難しいのかもしれない。これは、国内の生産基盤を立て直すまでに多少時間がかかるのか、あるいは永久にできないのか。どちらであるかはまだ、分からない。私としては、前者であって欲しいと望むばかりである。

ただし、これまで貿易黒字を計上してきた、電気・機械の輸出輸入差額が、直近ではほとんどゼロになっていることなどを考えると、既に後者になっている可能性があるかもしれない。とすれば、異常な円高を招き、生産基盤の国外流出を招いた過去の金融政策の責任が大きいことを、再度、確認したいと思う。

第5に、輸出が伸びないのは、海外景気の停滞のためで、円安とは関わりのないことなのかもしれない。そうであれば、アメリカ、中国、欧州の回復とともに、いずれ輸出が伸びることになる。

要するに、貿易赤字は経常黒字で埋めることができる。心配ならば、まず為すべきことは財政支出の抑制である。さらに、過去の異常な円高が日本の生産基盤を破壊した可能性が強いので、そのようなことを二度と繰り返してはならないということである。

著者プロフィール
原田 泰

原田 泰

早稲田大学教授・東京財団上席研究員

   

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