「汚染水対策」をやり抜く 「現場・現物・現実」主義

相澤 善吾 氏
福島常駐・東京電力副社長(原子力・立地本部長)

2013年11月号 BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌 宮嶋巌

  • はてなブックマークに追加
相澤 善吾

相澤 善吾(あいざわ ぜんご)

福島常駐・東京電力副社長(原子力・立地本部長)

1952年東京都生まれ。東大工学部機械工学科卒業。75年東電入社。浜通りの広野火力発電所勤務などを経て、2007年執行役員火力部長。震災後に副社長兼原子力・立地本部長に就任。8月末より、汚染水・タンク対策の責任者として福島に常駐となる。

写真/平尾秀明

――8月末に急遽、汚染水対策の責任者として福島に赴任しました。

相澤 かつて広野火力発電所に単身赴任したことがあり、「浜通り」勤務は2度目です。今は、Jヴィレッジ内の宿泊所と現地を行き来する毎日です。1F(福島第一原発)に常駐して感じたことは、現場は今も「野戦病院」さながら、突発する様々なトラブルに「モグラ叩き」を繰り返しています。それを40年に及ぶ廃炉作業を安定的に続けられる恒久的な現場へと、変えていかなければなりません。

――相澤さんは火力発電の専門家ですね。原子力部門で仕事をしたことは?

相澤 3・11まで火力一筋でしたが、清水(正孝)社長(当時)から「(常務から)副社長にするから原子力部門のトップ(原子力・立地本部長)を引き受けてくれ」と頼まれました。「よし、やるぞ!」と席に戻ったら、社長から「副社長以上は無給だから」と電話があり、何とも複雑な気分でした。

国の沽券に関わる「汚染水対策」

――9月8日の東京五輪の決定を、どう受け止めましたか。

相澤 万一、汚染水の影響で落選したらどうなるのか、とても不安でした。東京に決まって皆一様にホッとするとともに、我々の廃炉作業を世界が注目している。しっかりやり遂げなければならないと痛感しました。翌9日にJヴィレッジで開かれた政府の現地調整会議では、議長の赤羽一嘉・経産副大臣から「フェーズが変わった。汚染水対策は東電単独ではなく、我が国の大事業として取り組まなければならない」と叱咤されました。

――その後、首相が視察しましたね。

相澤 半日かけてご案内しましたが、総理には「オーラ」がありますね。不思議なほど、何でもよくご存知でした。現場がどんな苦労をしているのかもよく知っておられ、言葉の端々に「今までとは違う。国の沽券に関わる大仕事だから、しっかり頼む」と励まされているのがわかりました。

我々からは、これまでの急場しのぎを抜本的に見直し、恒久的な対策を実行し、汚染水対策と廃炉作業に、強い責任感と決意で臨むことをお約束しました。

――しかし、1Fの建屋には毎日400トンの地下水が流れ込み、汚染水がどんどん増え続けています。

相澤 陸側の井戸から地下水を汲み上げる「地下水バイパス」が稼働すれば、建屋への流入量を日に50トンぐらい減らすことができます。さらに、建屋周辺の井戸から汲み上げる「サブドレン」が稼働すれば、建屋に流入する地下水は日量100トン以下に減ります。

――そもそも10級の高濃度の汚染地点でどうやって井戸を掘るのですか。

相澤 コンクリートや土嚢で遮蔽し、無人の穴掘り装置を用いるなど、作業員の安全を第一に考えた工事をします。年内には、再来年の上半期に造成予定の凍土方式の「陸側遮水壁」の実証試験が始まる見込みです。こうした抜本策が成功すれば地下水流入は劇的に減り、タンクを増設する必要は極めて低くなります。

――10月初めに地上タンクから溢れ出た汚染水が外洋に流出したというのに、柏崎刈羽原発の再稼働を申請しました。原発事故の後始末が先ではないですか。

相澤 厳しいお叱りは覚悟の上です。我々は安定供給の責務を負った電力事業者であり、それが欠けたら骨抜きになっ
てしまいます。柏崎刈羽のスタッフは休日を返上して6600ページの申請書をまとめました。本店と力を合わせて、大津波を経験した2Fの協力も得ながら、原子力部門は一丸となって燃えました。こうした前向きなエネルギーは、1Fの現場にも必ず伝わると思います。

敷地境界の1mSv許容限度は酷

――「再稼働申請」を融資条件にする金融機関があります。なりふり構わぬ申請は資金繰りのためではないですか。

相澤 上場企業として、財務の健全性確保に努めるのは当然のことです。すべて国に頼むようになったらおしまい。思考停止の「死に体」になってしまいます。

――世界で一番困難な現場を、どのように勇気づけ、士気を高めていきますか。

相澤 第1に、現場は今、先が見えず、重圧に押しつぶされそうになっています。それを先の見える、重圧ではなく「オレたちは期待されているんだ」と思える仕事場に変えたい。1Fの現場に即した、作業員が納得する現場ロードマップを作成して、実践しながら改善していく仕組みができないものかと思います。先を考えると、穴の開いた格納容器に水を貯め、デブリを回収するのは至難の業です。あと5~6年たったら崩壊熱が下がり、炉心を空冷することもできるようになるかもしれない。現場・現物・現実を見極めないと、廃炉作業は立ち往生します。

第2に、原子力部門だけが踏ん張るのではなく、長年にわたる廃炉作業は国の威信をかけた大事業ですから、営業や配電部門も含め全社一丸となって1Fを支え、何としてもやり遂げなければ――。

第3に1Fに常駐して、こんな過酷な現場で2年半もよく持ち堪えてくれたと、約1千人の社員と約7千人の作業員の皆さんには、本当に頭が下がります。発災当時に比べたら高濃度の瓦礫は撤去され、環境は格段によくなったとはいえ、作業員の安全と被曝の低減を第一に考えなければなりません。今一番訴えたいことは、1Fの敷地境界における年間1m(ミリ)Svの被曝線量の許容限度は非常にハードルが高いこと。この規制のために高濃度の汚染水タンクを敷地中央に集めた結果、周囲の線量が上がってしまい、作業員に無用な被曝をさせる事態を招いています。

4番目は、一日も早く前向きな成果を出して、現場の自信回復につなげたい。やりがいと成功のチャンスを呼び込むことも、私の仕事と考えています。

最後に、長期の廃炉作業はトライアンドエラーの連続にならざるを得ませんが、地元福島の再生や、廃炉技術開発に貢献し、いつの日か、社会から評価される現場になりたいと願っています。

   

  • はてなブックマークに追加