公選法違反の噴出は、維新のお家芸。贈収賄事件が絡む、政界関係者への裏献金ばらまきに捜査の手。
2013年11月号 POLITICS
「壊し屋」の汚名を残して消えるのか
Jiji Press
9月29日の堺市長選。大阪で初めて橋下維新が負けた。安倍官邸の配慮も空しかった。「大阪市長は帰れ!」。堺市民は我が町の解体を迫る橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表)を厳しく拒絶した。都議選、参院選の惨敗で全国進出の野望が壁にぶつかり、頼みの綱の大阪に戻って新規まき直しを図った初戦。思いの外の劣勢に全力投球を余儀なくされ、それでも負けた。
橋下神話はついに終わった。力を失い「ただの地方政治家」になった橋下の前には、動かない市議会、進まない大阪都構想、内部崩壊、押し寄せるスキャンダルが待ち構えている。
堺市長選は「大阪都構想反対」を掲げた竹山修身市長(63)が大阪維新の会の西林克敏元堺市議(43)を19万8千票対14万票の大差で破り再選を果たした。自民・民主の市議らが竹山を支え、共産も公明も各々のやり方で竹山に組織票を流した。
橋下は必死だった。地味で抽象論しか話せない西林を抱えた橋下は「お前が市長候補か」と言われながら、「悔いを残したくない」と記者会見も休み堺市に連日入り浸ったが、劣勢を挽回できなかった。維新のお得意の空中戦も人海戦術も全く逆効果だった。集会で「GHQに押しつけられた憲法」と、いつもの石原節を披露していた石原慎太郎共同代表が「堺のことを話せ!」とヤジられ「失礼な。前へ出ろ」と気色ばむ一幕もあった。
「大阪都構想」は堺市民から完全に悪者扱いされた。住み慣れた町、中世の環濠都市、会合衆の自治自由の歴史の町、かつては堺県として大阪府と並び立っていた誇り高い町・堺を分割解体する構想への反発は強かった。橋下の母校・北野高校と旧制一中、二中としてライバル関係にある竹山の母校・三国丘高校の同窓会をはじめ、日頃はクールな「堺人」らが「橋下に堺は乗っ取らせない」と動いた。竹山は「大阪都に組み込まれると堺市民の税金460億円が吸い上げられ、大阪府と大阪市の赤字の穴埋めに使われる」とも強調した。「百害あって一利なし」。この主張に橋下と西林は「堺はなくなりません。市役所をなくすだけです」と防戦に追われた。しかし、この橋下らしからぬわかりにくい反論は全くのデタラメだ。維新が昨年、大阪都構想のために各党に強要するようにして作らせた「大都市地域特別区設置法」は第一条で「関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続き」と明言している。堺市は「廃止」されるのだ。橋下は「ゴジラじゃないから踏み潰さない」「特別区を住民の好きな名前にすればいい」などと口走ったが、住民らの「堺がなくなる」という不安への答えになっていない。逆に「堺なくなる詐欺」と罵倒し、竹山陣営の街宣車に向かって「嘘八百号が来ました」と叫ぶのだから手がつけられない。
「こんなくすんだ町ダメですよ」と言い放ち、大阪と一緒になるしか幸せはないと主張する橋下に堺のプライドは痛く傷つけられた。街頭は「堺はひとつ!堺をなくすな!」の大合唱に盛り上がり、投票率は1971年以来42年ぶりに50%を超え、維新は撃退された。
維新にとっては悪夢のような選挙だった。選挙に勝ってこその橋下だ。一気に求心力が低下した。早くも維新内部から「我慢してきたが、もう橋下に気を使うことはない」の声が上がる。あと1年半を切った15年4月の統一地方選も影を落とす。維新の地方議員は当選回数が少なく選挙に不安を抱える者が多い。自民党大阪府連を飛び出し橋下のもとに走った彼らに自民は復党の誘いで切り崩しをかけるが、「戻っても冷や飯が見えている。行くも地獄、留まるも地獄」(若手議員)と悩みは深い。
橋下の影響力低下を見極めてか、捜査の手も迫る。選挙のたびに公選法違反が噴出するのは維新のお家芸となった感があるが、今度こそ逃げ切れないかもしれない。堺市長選に維新は地方議員や秘書を大量動員、堺市内のホテルが満杯になる騒ぎだったが、そこから出撃した運動員らが尾行され戸別訪問の証拠写真を撮られたという。捜査当局が持つ写真には地方議員の姿もあるらしく、戸別訪問で地方議員が検挙される前代未聞の事態もあり得る。
さらに大型の爆弾は贈収賄事件だ。大阪の歯科医が診療報酬の不正請求の行政処分を逃れるため厚労省の役人に賄賂を渡した事件の立件が近い。この歯科医は詐欺で逮捕されている別の男と一緒に多数の政界関係者に裏献金をばらまいたといい、大型のスキャンダルに発展する可能性があるが、橋下の特別秘書奥下剛光とも親しく、捜査当局も関心を持っているという。
堺市長選で竹山が勝ったことで、堺市の大阪都構想への組み込みは事実上不可能になった。維新は15年4月に大阪都をスタートさせる構えで、大阪府・大阪市の間で大阪市の廃止・再編の協議が進む。しかし、維新の示した具体案は、市営地下鉄民営化など無関係なものまで無理やりかき集めて「統合効果」とした「粉飾案」と批判されている。実際、堺市長選の直後に、この案でさえ94億円もの水増しがあったことが発覚している。維新の錦の御旗の「大阪都構想」は採算の合わない大風呂敷だったことが見え始めた。大阪都実現には府・市の協議会で成案をまとめ、府議会、市議会で可決し、大阪市民の住民投票で過半数の賛成を得なければならないが、パワーの激減した橋下に公明が距離を置き始めたこともあり、住民投票に持ち込める可能性はほとんどないとみられる。大阪都構想は延期か断念しかなさそうだ。
旧太陽の党系ベテラン議員は「橋下に辞任を求めることはしない。橋下が辞めたら維新は終わりだ」という。だが反維新包囲網が意気上がり攻勢を強める現状では大阪市政は動かず大阪都構想も頓挫する可能性が高い。統一地方選で盛り返す可能性も乏しい。大阪が求心力を失えば、維新は野党再編の草刈り場になることも十分考えられる。
4年前の堺市長選は橋下の快進撃の原点だった。しかし、4年たって「改革者」の期待は色あせた。「壊し屋」の汚名を覆せぬまま消えるのか、3年後の衆参ダブルを狙うのか。先は全く見えなくなった。(敬称略)